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カナタは団長室にて就寝していた。
急にドアが開いたと思ったら、飛び込んできた団員が叫んだ。
「だんちょ~~~!!! ヤバいっす!!! ああ゛あ゛あ゛ーー!! どうしよおおおーー」
叫び声でカナタ覚醒する。
団員の切羽詰まった声で、緊急事態だと判断する。
いきなり団長室へ突撃してきたことをとがめることなく声のする方へと向かう。
何を叫んでいたかの説明は無かったが、現場へ向かうとそこには信じたくない事実があった。
医務室の薬品庫だ。
「……こりゃ終わったな」
電源設備をいじった際、なにかの拍子に薬品冷蔵庫の電源が落ちてしまったらしい。
電源が落ちていたことに気づくのが遅れてしまった。
幾つか手に取るが、中の薬品がかなりダメになってしまっている。
その中に、今シロ必要な24時間かかさず投与し続けている薬も巻き添えだ。
「ホンットにすみません!! 切腹します!!」
カナタを呼びに来た団員が、泣きながら頭を床にこすり付けて謝罪してくる。
しかし、謝罪の念が強いからといって時間が戻るわけではない。
「今切腹するな。面倒なだけだ。それに、お前の命は俺のものだ。切腹したいなら俺がしてやる。勝手にするな。今からシロの薬を作り直す。手伝え」
(失ったものを嘆いても仕方ねェ。また作り直すしかない)
シロの薬は、温度調整が微細なものだった。10度温度が上がると、成分が分離してしまうのだ。
点滴で投与する薬は煎剤から作る。
煎剤はハーブから作る必要がある。
(ハーブの在庫、足りるか? 足りなきゃ調達する場所を探さねェと……)
足りなくなれば、折角回復に向かっているのにシロの完治が遅れてしまう。
症状が治まれば再発は少ないため、一刻を争う問題にないにせよ不安は可能な限り排除したい。
まずは今日の分の薬を早急に作に作らなければ……。
カナタは早急に免疫抑制の薬の調合に取り掛かった。
■
<数日後>
ハプニングの末要らぬ仕事が増えてしまった為、カナタは寝る時間を失った。
よってシロの世話はクロが大方請け負っていた。
「なぁ、団長は?」
「なに、シロ。だんちょーのこと気になるの? あれ? 世話されるの嫌だったんじゃなかったのー?」
クロはシロに、不安にさせるようなことは言わなかった。
■■
シロは現在、1日のほとんどを過ごしているベットの上には居なかった。
順調に回復していて、ついぞ歩くこともできるようになっている。
しかし本来、まだ誰かに着いてもらうべきだところを一人で歩いていた。
(ホームって……あらためて歩きづらいなぁ……)
普段は意識しないのだがホーム内部は非常に歩きづらい所であると、身に染みて感じていた。
左右で麻痺の度合いが違く、びっこを引くような形で壁を伝い歩く。
途中、足を踏み外してしまった。
(しまった!)
そのまま態勢を崩し硬い床に頭を打つ。
「痛っ……」
打った状態からほんの数秒、シロは魂が抜けたかのようにトリップした――。
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シロが目を開けると、薄暗い世界がそこにあった。
身体が触れる底は冷たい。
(え? あれ?)
「……ん……う、うぅぅ……」
(頭いってぇ……ガンガンする……)
痛みに耐えつつ周りを見渡す。材質など、ここは見慣れたその場所のようだ。
次第にホームの廊下に、なぜか自身がうつ伏せで寝転がっていることが分かった。
手を頭に添えようとしたら、腕が思うように動かないことに気が付いた。
なんだか身体全体が重力が変わってしまったかのように重い。
(自分の身体じゃないみたいだ……)
なにがどうして自身がホームの廊下でうつ伏せになっているのかわからなかった。
「おい、シロ……トイレか? 誰か呼べって言ってるだろ」
カナタの声が聞える。
なぜか怒ってるような声質だ。
「いえ、頭を打ったみたいで……それよりもなんか変なんです。……それに……すごく、身体の感覚が鈍い」
顔も上げられず目線だけカナタの方を向けるよう努力するが、うつ伏せのままなので見ることはできない。
会話してみて分かったが、しゃべりにくい。
自力で起き上がろうと悪戦苦闘していたら、カナタにバッと体を起こされた。
あまりに乱暴で早く、雑な扱いに戸惑う。
「え、ちょ、どうし……」
急に近いカナタの顔が目の前に現れる。
「!!」
シロの方が驚いたと思っていたのに、カナタの顔も驚愕の一言だった。
その表情がくしゃっと歪む。
長年一緒にいても、見たことのない表情だった。
なぜカナタがそんな表情をするのかまるで状況が把握できず理解不能だった。
ただ、自身を労わってくれているのだと分かった。
顔をずっと見続けていたからだろうか、カナタは急に照れたように目線をそらされた。
そのカナタの表情をもう一度見たいと思ったが、生憎腕が鈍くて動かない。
例え動いたとして顔をわざわざ除くなど、そんな生意気なマネはできるようなずうずうしい性格を持ち合わせていなかった。
カナタは何も俺に言わずベットへと運ぶ
「シロ。質問に答えろ。倒れていた場所より以前の、一番新しい記憶はなんだ?」
カナタに質問される。
記憶を探りながら答えると、カナタからは淡々と自身の身体についての事情を聞かされた。
俺は驚くことに記憶喪失だったらしい。
それ以外にも、病に伏せっていたから身体が重いのだと知った。
■
「記憶がないシロさあ! 不憫なくらい、かなあ~~~~り悩み苦んでたよお?」
カナタに大方説明された後、クロがそんなことを言う。
(そうなのか……)
記憶喪失が治ったら最中の記憶を失うと言うが、本当だったらしい。記憶亡き俺が頑張ってくれたようだ。
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<数週間後>
「シロ、ずいぶん歩けるようになったじゃん! はっやいな~~ 記憶戻ってからの方が、順調だよ」
クロが言うに、記憶障害回復後のリハビリは、急激に好転しているらしい。
記憶を失っていた自覚がないので、何とも微妙な感覚だった。
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「カナタ」
綻ぶよう口元を緩ませ、大切な人の名を呼んだ。
END