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「ねぇシロ、だんちょーに何したの?」
部屋から出ると、そこにはクロが居てそう聞かれた。
多分、この部屋から団長が出てくるところを目撃したのだろう。
「えっと……何も……。俺、団長のお気に入りだったのか?」
「……まさかおまえ、それ、だんちょーに言ったのか?」
クロが問う。
「ああ、だってクロが団長と仲良くなれって言ったじゃないか」
「……そういうことじゃねーよ」
なぜかクロに当たられた。
一体なんなんなんだ。ダブルで嫌な目にあった。
(おれが悪いのか? もうどうすればいいか分からない)
シロはふて腐れて寝た。
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<翌日>
シロは眠りから覚めた。
(あ゛ー、頭が痛い、二日酔いか?)
頭が覚醒してきて昨日の事を思い返した。
(あー……覚えてる……あー、やらかした……)
気まずい、団長にどんな顔を合わせればいいのか。
しかし悲しいかな、逃げ出すわけにはいかないし、そこまでアホである自覚はない。
善は急げと思い団長室に出向いた。
3回ノックをして反応を待つ。
(団長は寝ているだろうか?)
すぐに「入れ」という声が聞えたので入出した。
団長は起きていたようだ。入ると、寝ていた様子は見られず机の前の椅子に座っていた。
特に団長が起きていたことには触れずに、前振りもなしに単刀直入に話題を切り出した。
「昨日は無礼な口を聞きました。申し訳ありません。バラされようが何されようが受け入れます」
「そうか。ならまず事実を受け入れろ」
団長が俺の目をしっかり見て、パシっ言い放った。
「……わ、かりました」
鈍器で頭を殴られた気分とは、こういうことを言うのだろう。
昨日の団長のあの去り方は、怒ったんだと思った。
団員たちが『キャプテンは怒るとバラす!!』と口をそろえて言うものだから、気が済むまで俺もバラされようと思ったのだ。
しかし記憶喪失なこと、『色のこと』、パニックを起こしたことすべてを受け入れろと言う。
俺は罰を受けるつもりで言ったのだが、団長はそれを見越して自分自身に向き合えと言う。
精神的なことは言葉で言うより難しい。
「元をたどれば記憶喪失はオレを庇ったせいだ。オレも責任を取る」
団長が俺から目をそらして言う。
(団長は俺に対して負い目を感じているのか?)
「……」
シロは言葉に詰まった。
『団長を庇った』記憶を、今の俺は持たない。
だからどうしてもその実感が湧かず、困ってしまう。
「ま、お前がバラされたいのならそうするさ」
ニヤっと口角を上げ団長が目を合わせて言う。
「え、ちょちょちょちょ」
シロが止める間もなく団長は『ROOM』と瞬時に能力を発動させ、見事に俺の首をぶった切り、その後さらし首にさせられたのだった。
団員に見世物にされる。
俺にとっては初めてのことで怖いし、恥ずかしいしでぐちゃぐちゃな気持ちでただただ焦せっていた。
そんな俺の姿を見た団長が、いたずらっぽい笑みを見てなぜだか心が暖かくなるのを感じた。
団長のやんちゃな幼さを垣間見た。
俺より2つ年下なんだと感じた瞬間だった。
なんだか救われた気分になった。
きっと俺は助け船を出されたのだろう。
団長の優しさを受けてしまった。
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色が分からないという重要な問題が発覚してから数日後のこと。
(なんだか手が痺れる……)
シロは両手の痺れを自覚していた。
痺れ以外にも身体と心に不可解なことがいくつもあったため、これも記憶喪失の一つの影響だと思っていた。
それ以外でも、ハプニングの連続だった。
団長に生首にされて心臓が痛んでいるんじゃないかと思うくらい驚かされたり……まぁ、とにかくいろいろなことがあった。
だから、たかだか痺れと自覚症状がありながらも不調を黙認してしまった。
食中毒事件が徐々に落ち着いてきた今、名乗り出にくかったということもあるかもしれない。
気にしても仕方ないと無意識に深刻に考えないようにしていた。
そして、両手の痺れがあっても動かないわけではないし、力も入るため仕事は行えた。
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痺れは連日続いた。
(治らないなぁ……)
今日も両足も足の裏がチクチクするように痺れる。具体的には手が悴んだ感じがするのだ。
四六時中しびれており、シロ自身も当然おかしいと分かっていたが、検診してもらうことはなかった。
「俺には就かなくていい」と言われた日以降、相変わらず団長とは一定の距離を置いていた。
実に2週間しびれが続いている。
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ある夜のことだ。
シロ自身の担当業務が終わり、さて就寝の準備をして寝よう――という時だった。
歯磨きをするためにコップに水を入れようとした。
「……わっ!」
しかし指に力が入らず、水の入ったコップが重さで手が持ち上がらずガチャララランと洗面所の中にコップを落としてしまった。
すぐさま慌ててコップを持ちなおす。
ただ意識が逸れていただけだったのか、問題なくコップを持つことができた。
(びっくりした……)
不安だったが、深く考えたら鏡を見てパニックになった時のようにまた良くないと思った。
しびれくらい気にすることないと思っていたのだが、今は明らかに握力の低下を認識した。
(仕事上がりで気が緩んだのか?)
ただ疲れていただけなのだろうか……。
もしかしたら対処せず隠し続けているせいで、悪化しているのかもしれない。
今日寝て良くならなかったら、見てもらおうとやっと決心し就寝した。
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<翌日>
「ん…………」
眠りから脳がゆっくりと覚醒する。
覚醒と共に、昨日までは両腕だけだったのに痺れが全身まで広がってっている。
(ヤバい……)
恐ろしくなり、すぐさま身体を持ち上げようとしたのだが、できない。
両手両手足に力が入いらず起き上がれなかった。
それでも全く動かないわけではなかったので、もがき続けた。
助けを求めようとベットから出るために無理に動かす。力は上手く入らないが、必死に動かしていると、そのうち転がるようにベットからドシンと地面へ転倒してしまう。
「……シロ? 寝坊なんてめずらしいじゃーん?」
物音に気付いたのか、起こしに来たのか、クロがやってきた。
「ク……ロ……か、らだ……う、ごかない……」
喋ってみて分かったが、顔が麻痺し呂律が回らない。
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クロはすぐさま団長を呼びに飛んで行った。
その後団長が迅速に行動し、処置をしてくれた。
原因の特定はすぐになされた。なぜなら団長が能力で手っ取り早く調べてくれたからだ。
でなければ、もっと対応は遅れていただろう。
シロの病気はギラン・バレー症候群だということが分かった。
ギラン・バレー症候群は、体内で作られた抗体が誤って自分の神経を攻撃する病気だ。
薬は用意できる準備が必要だったため、調合から行われた。
その後すぐに治療薬の投与が始まったが、効果が表れるまでには時間がかかる。
それまでシロの症状は着実に進行し続けた。
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治療薬の投与が無事に始まってから半日。
かなり麻痺が進んでしまった。朝はしゃべれたが、口の筋力が麻痺してしゃべれなくなった。
食事もできなくなった。
なぜなら口の中の感覚が無くて、物を食べられないのだ。
「シロ……水だ。ゆっくりそそぐぞ」
団長が吸いのみで水を飲ませようとしてくれるが、飲みこめなくて激しくむせる。
「ゲホ、……ゴホ、……ぁ、……」
そのまま呼吸困難に陥った。
「まずい! クロ! 酸素マスクだ!!」
酸素マスクをつけてもらうがもはや自力で呼吸ができない。
(苦しい、苦しい、くるしい……)
自発呼吸ができない為、人工呼吸をつける。
急速に病状は進行し、寝たきりとなった。