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「あ、シロ! 目が覚めたのか! 絶対安静だろ?なんでここにいるんだよ」
クロと遭遇し、シロに声をかける。
「被害状況は? あとあの男はなんだ」
シロがクロ問う。
「え? 誰のこと?」
クロはあの男とはだれの事かわからなかった。
「後ろにいるやつだ、目が覚めたらなぜか目の前にいた」
視線を寄越しながらクロに尋ねる。
「やだなぁシロ! だんちょ~じゃん」
クロが答える。
「…………団長はクロだろ?」
シロが戸惑ったように言う。
「……シロ? とりあえず、あの人は危険じゃないから敵意締って。頭を負傷してるから一度ベットに戻ろう」
シロがとぼけてるわけじゃなく、本当に様子がおかしいとわかったクロは、気を引き締めて真剣な表情でシロに言った。
何より、ずっとシロはカナタに対して敵意を向けている。
こんなことは初めてだ。
敵と間違えて敵意を向けることはまぁなくはない。
だがいま敵と間違えているとは思えない。
「……」
クロの言葉を信じたようで、少しは警戒心を解き、クロ、シロ、カナタはもといた医療室に戻る。
カナタは今の会話を聞いて、嫌な予感がした。
この状況を俺が把握しないわけにはいかないと思い、カナタも同行した。
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「シロ。起きる前に起こったことを説明してくれ」
シロに、バイタルチェックや水を飲ませて落ち着かせた後、クロが問診した。
「敵と出くわし戦闘になり、俺はクロをかばって銃弾を浴びた。……違うのか?」
クロがハートの盗賊団長だろう? と、廊下で言ったのと同じ言葉を繰り返す。
いくつかの質疑応答の結果、クロは認識できるのにカナタだけはじめから存在しなかったようにシロの記憶から抹消されていた。
シロの記憶ではどうなっているかというと、アサギをいじめていて助けたのは見ず知らずの医者だったという。
その医者の顔名前は思い出せないが、戦闘や医療……技術ノウハウを学び、3人で盗賊になったという経緯らしい。
(そりゃまた都合のいいように改変されてんな……)
記憶障害のうち、部分健忘というものがある。特定の人だけを忘れてしまうのだ。大切な人ほど、大事な人ほど忘れやすい場合がある。
記憶障害に万能薬はない。
シロは術後で疲労している。
おまけに自身が知らない人がおきた瞬間にいて、神経を張っただろう。
休ませることにした。
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「うーん……ど、どうします?」
シロの病室を去り、クロがカナタに問う。
団長室で、二人は頭を抱えた。
「お前が団長ってことで辻褄を合わせろ。いきなり俺が団長だ、俺に従えといったらストレスだろう」
カナタが提案する。
「まぁ言う通りっすけど……」
クロが口籠る。
シロにはその方がいいんだろうけど、カナタはそれでいいの?
クロは思考する。
カナタが団長だと、シロは記憶喪失だと、そう伝えた場合を想像してみた。
最高の場合は事実だと認め、受け入れ、記憶を戻す努力をしてくれるだろう。
最悪の場合は……。
認めず、受け入れず、騙されていると思い、カナタを殺そうとするかもしれない。
どちらに転ぶかはわからない。
なら言わず、黙して自身で気づくのがいい。
今は町から離れており情報は少ないが、島に上がればおのずとシロなら自分で気づくことになるだろう。
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団員を食堂に集め、シロが目覚めたことを報告した。
そして、シロが記憶喪失でカナタのことを忘れ、クロが団長だということにシロの記憶ではなっているので、シロの話に合わせることにしたと団員たちに伝えた。
団員たちに波乱を呼んだが、カナタが決めたことだ。
誰も逆らう者はいない。
記憶喪失になったのがシロでなければ状況は違った……はずだ。
暗黒盗賊団はシロが統括していると言っても過言ではないから。
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カナタに対する警戒心を解くために、敵と戦闘した後、すれ違った医者であるカナタにシロの手術をしてもらった。
助けてもらったお礼に、目的の地まで同船する許可を下した、という話で辻褄合わせをした。
そうしたら、シロが目を覚ました病室にいても不自然ではない。
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「なぜ彼を団長だなんていったんだ?」
シロがクロに問う。
「めっちゃ警戒してたからほぐそうと思ったんだよ」
シロにクロがいう。
「トラファルガーさん助けてくれてありがとうございます」
クロから事の顛末を聞いて、助けてもらったお礼をシロがカナタに言う。
「気持ち悪りィカナタでいい」
カナタが答える。
「分かりました。頭部ですが、もう、治りました。御客人なのですから、あとはゆっくりしてください。」
シロがカナタに言った。
「お前は俺の患者だ。最後まで診せろ」
治ったと言ってもオペをしたばかりだ。
シロの頭の傷はきちんと縫われているが、完全に塞がったわけではない。必要なら抜糸もする。
術後の経過を見るのは医者の務めだろうと言って、食い下がった。
「これ以上ご迷惑はかけられません。それに、クロも執刀したと聞きました。ならクロに経過観察を頼みます」
しかしシロは、カナタを警戒しているらしい。承諾しなかった。
「…………わかった」
そこまで言われたら返す言葉がない。
自分はただの通りすがりの医師、そういうことになっているのだから。
カナタは引き下がるしかなかった。
俺だけを忘れたことに、寂しいと思うのは仕方いと云鋳ざる負えないだろう。
記憶喪失はいつ戻るかわからない、一生戻らないかもしれない……。
人が急に変わったかのように態度が変貌したのだ。あれだけ慕ってくれていたのだから突っぱねられるとそれが露骨に感じ、虚しくなった。
簡潔に言うならショックだ。
人から忘れられることはこんなにさびしいものなのか。
十数年一緒にいたんだ。そりゃそうか。
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また、カナタが我慢しがたかったのは、アサギとスキンシップが取れなかったことだ。
「キャプテン、シロの記憶が戻るまで、一緒に居ちゃダメなの?」
アサギが寂しそうにカナタに問う。
「ああ、そうだ、我慢しろ」
カナタが無愛想に答える。
「うええええん~~~やだよ……。クロがキャプテンなんてやだよー!!カナタがキャプテンだよおお!!」
とアサギが駄駄をこねる。
シロに合わせるということは、団員全員にも辻褄合わせをしてもらうために制迷惑をかけることになる。
カナタはアサギにも悪いと思ったが仕方ない、何とか説得させた。