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境界線の先の僕らにしか見えない隣人  作者: 伊勢海老
【第二章】赤い糸のおまじない
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第35話

深夜にも関わらず、佐倉はすぐに板井に電話を掛けた。何度目かの着信に彼は漸く出たが『急にどうしたの?』と眠たそうな不機嫌な第一声を佐倉に投げ掛ける。


「夜分に申し訳ありません。今、手元に白檀はありますか?」


『あるけど···』


「すぐにありったけ焚いて下さい。原因は呪詛だけではない様です」


『···わかった』


電話越しでも分かる緊迫した佐倉の声音に納得したのか、実際に首の傷が消えた事で多少の信頼を寄せているのか、彼は予想以上に素直に応じて白檀の香に火を付ける。


佐倉に言われるまま煙を出す白檀を灰皿ごと持ち上げると、部屋を香で満たす様に一周。その間、片手の携帯電話から彼は佐倉から先程起きた事の説明を受けた。


「僕に対して『違う』と言ったので、きっと彼女は板井先輩の事を探しているんだと思います」


その言葉に板井の身体を鳥肌が立つ感覚が巡る。時刻はとっくに深夜を回っていて、隣の女はすっかり夢の世界の住民だ。

一人きりという訳ではないが、敵陣の中に残された様な恐怖心がじわりと板井の心を支配する。


コン、コン、コン。


その音は何の前触れもなく突然訪れた。


まるで入室の許可を取る様なノックの音は、カーテンで隠れた窓の外から室内に小さく響く。

此処は六階の角部屋だ。音のする窓の外にベランダがない事を知っている板井は、絶対に人間が居ない筈の場所からのアプローチに頭が真っ白になった。


少なくとも、目の前の事実は来訪者がこの世の者ではない事を示している。


「板井先輩?」


急に黙り込んだ彼の様子の変化を察知した佐倉は電話越しに声を掛けるが、返ってくるのは荒い息遣いのみ。


「落ち着いて。白檀の香で満たされている間は相手はその空間に入ってこれません。兎に角、香を絶やさないで」


佐倉の言葉に彼は正気に戻ったのか『わ、わかった』と小さく応答する。

彼は完全に恐怖すると極端に口数が少なくなるタイプの様だ。おかげで全貌が上手く把握出来ない。


「夜明けまで、あと二時間です。大丈夫。明るくなると相手は退きます」


一言ずつ言葉を区切り、彼の心を鎮める様に佐倉は話し掛け続ける。

彼の行動に勇気づけられたのか、板井はなんとか震える手で香を繋ぎ、二時間を堪える事が出来た。


やがて東の空から待ちわびた太陽が昇る。朝日がカーテンの色を明るく染めると、窓を叩いていた音は次第に小さくなっていく。


漸く恐怖に満ちた夜が開けたらしい。

『終わった···』と疲労を隠せない板井からの言葉に佐倉も安堵する。電話越しに心を同じくして、二人して同時に大きな息を吐く。


何も知らない女だけが幸せそうに寝返りを打った。

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