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境界線の先の僕らにしか見えない隣人  作者: 伊勢海老
【間章】自動販売機
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第26話

「私、カルラさんの言いたい事がちょっと分かったかも」


「ははは、君は素直な子だね」


「さて、そろそろ行かなければならない」と、カルラが向こう側で立ち上がったのが、ベンチがたてたギシリと嫌な音で分かる。


ふと見上げると自動販売機のはるか上に彼の頭が位置していた。その体長は優に二メートル以上はあるだろう。

麗奈が驚きに目を丸くしていると、此方を見る事なく彼は口を開いた。


「久し振りに楽しい時間を過ごす事が出来た。ありがとう」


ばさりと、鳥が翼をはためかせる様な音が闇を切る。彼の方から発せられた強い風に晒され麗奈は咄嗟に目を瞑った。


ゆっくりと目を開くと既に其処に彼の姿は見当たらない。

代わりにカラスよりも遥かに大きな黒く美しい羽が一つ、外灯の下にポツンと落ちていた。


「何かあれば真言を唱えると良い。迦楼羅の加護が君を守るだろう」


姿の見えないカルラがそう言うと、まだ近くで感じていた彼の気配が消える。


今まさに目の前で起こった事を脳内で処理をしようとするが追い付かない。暫くぼんやりとしていると東の空がうっすらと明るくなってきた。

慌てて手元の携帯を覗き込むと、時間は明け方5時を示している。


「ウソ···」


たった数十分話をしていたつもりだった彼女は、黄金色に染まる朝焼けを呆然と眺めて空しく呟いた。


あれから数日。


毎日の様に催されている暇人達の集まりに、麗奈は足繁く通い詰めているが、カルラと邂逅したあの日から祐介に会う事が出来ずにいる。


目の前のお好み焼きがパチパチと音をたてながら、ふんわりと焼けていく様を彼女はイライラと眺めた。

店の入り口から入れ替わり立ち替わり入ってくる同期の顔を、その度に素早く確認する行為にいい加減疲れたのだろう。


既に数える事を辞めてしまった来店を知らせるメロディーが店内に流れる。

彼女はもう諦めて、顔を上げずにお好み焼きを食んでいると、他の同期達が来店した人物を囲む。


「おう!祐介!なんか久し振りだな!」


「そうかな?バイトが詰まってたんだよ」


先程諦めたばかりの人物の名前が突然聞こえて麗奈は咳き込んだ。手元にある飲み物で喉の支えを取り除く。

そろりと視線を上げて声のする方向を見ると、薄手のシャツを着た祐介が数人の同期に囲まれていた。


「コイツ此処に来てばっかりだから感覚狂ってるんだよ」


「みたいだね」と、談笑しながら此方の席に彼らは近付いて来る。彼女は慌てて体裁を整えると、何食わぬ顔をしてグラスを傾けた。此方に来ても準備は万全だ。


だが、彼らの目的地は隣の席だった。


肩透かしを食らうが、祐介を囲んでいた同期達は暫く話すと早々にターゲットを変えて、違う同期の方へ行く。一人取り残された彼は携帯のチェックをしている様で視線を落としていた。


このチャンスを邪魔をされては堪らないと、数日前と同じ様に彼女は自分のグラスと共に彼の目の前の席を陣取る。


「久し振りじゃん」


「ん、···麗奈か」


「久し振りだね」と、祐介は携帯から顔を上げると愛想笑いを浮かべる。


「あのさぁ、この間の話の続きなんだけど」


「あぁ、【アレ】ね」


「私、信じるから」


テーブルに肘を突き、そっぽを向いたままぶっきらぼうに言い放つ。言動と表情が伴っていない麗奈の様子に、訳も分からず祐介はきょとんとした。

彼の顔が癪に触ったのか、彼女はじとりと彼を見つめる。


「なんか変な事言ってる?」


「いや···。あんまり興味なさそうだったから意外だっただけだよ」


「興味はないのは確かだけど。そういう感覚っていうの?それって大切なんだなって思ったから信じる事にしたの」


照れ隠しか、彼女は彼が頼んでいたツマミを横取りするとニヤリと悪戯っぽく笑んで続ける。


「そう教えてくれた人が居たんだ」


そう言った麗奈の顔は固い蕾が綻び始めた様に綺麗で、少し大人びた表情をしていた。

【間章】完

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