第20話
名前を呼ぶ声でハッと目を覚ますと、其処は祐介の自宅ではなく、煌々と明るい佐倉の寝室だった。彼は心配そうな顔で上から見下ろしている。
恐ろしい程に身体は寝汗で濡れており、快適な睡眠ではなかった事を物語っていた。彼に起こされたという事は端から見てもそうだったのだろう。
喉もひどく渇いており、身体中から水分が失われている事が分かる。
ゆっくりと祐介は身体を起こすと膝を抱え、夢で見た光景を佐倉に伝えた。
流石の彼も動揺が隠せない様で無言のまま拳をきつく握る。暫し沈痛な空気が部屋を包むが、寝汗で身体が冷えてしまった祐介がくしゃみをした事で佐倉も我に返った様だ。
「もう一度風呂に入った方がいい」
そうさせて貰おうと、風呂場に行く為にダイニングを通る。掃き出し窓のカーテンの隙間から見える外はまだ暗い。時計の針は午前4時を示していた。
浴室に入ると頭から思い切り熱いシャワーを浴びると、無意識に硬直していた全身の筋肉の緊張が解け、ぎこちなかった身体の動きも幾分か楽になる。
すっかり身体が暖まったところで身支度を整えダイニングに顔を出すと、佐倉が二人分の珈琲を淹れる用意をして待っていた。
「流石に寝る気分でもないだろ?」
祐介は「あぁ···」と苦笑いをすると有り難く席に着く。
既に湯も沸かされていたのか珈琲が手早く出てきた。息を吹きかけ少し冷まし、一口珈琲を啜る。
「俺さ、あの人を初めて【見た】時に殺されるって思ったんだけど···あれ、あの人の想いだったのかな」
ふと、夢で見た彼女の事が口をついて出た。
彼女の最期を思い出し薄暗い気持ちになる。モヤモヤとした言葉にならないその気持ちは、怒りにも似た感情なのが分かった。
バンっと痛い位に背中を叩かれハッとする。
先程の怒りは嘘の様に胸の内から霧散し、消えていく。
「···痛かったけど効いたよ」
「寝てる時に【彼女】が姿を現さないから、もしかして、と思ってたが···憑入されてるな」
難しい専門用語は解らないが要は既に彼女が身体の中にいる、という事を意味するらしい。
彼女自身が祐介を害するつもりがなくても身体の中で一体化している為に、感情が引き摺られた状態になった様だ。
「でも、おかげで【彼女】の固執しているモノが判った」
夢の中で彼女が台所の戸棚に入れていた日記。
本当にあるかどうかは確かめないと分からないが、見つける事が出来れば今後の身の振り方が決められるだろう。
夜が明けて電車が動き出すのを待って祐介の自宅へ向かう事にした二人は、ダイニングに設置されているテレビを眺めて芸能人のスキャンダルや、天気予報を見ながら寝不足の頭を使って時折ぼんやりと言葉を交わした。
やがて無機質な朝のニュースが流れ出す。今まで気にも留めてなかった死亡事故や殺人がやけに耳につく。
死というものから縁遠かった祐介は、ニュースキャスターが淡々と死亡人数を口にしているのを見て、人は簡単に死んでいくのだと初めて身に染みた。
夢の中の彼女が脳裏に浮かぶ。




