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境界線の先の僕らにしか見えない隣人  作者: 伊勢海老
【第一章】徒歩15分のアパート
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第19話

気温が上がり始めて暑い日々が続いていたある夜。

机に向かっていた彼女は風を取り込もうと、ほんの少しだけという気持ちで窓を開けて、そのままにしてしまった。


何時も訪れる時間ではないのにも関わらず男は現れる。二階にも関わらず、その微かに開いている窓から。


こけた頬の顔の痩せ型の男は、一見すると普通の会社員の様に見えたが、薄暗い表情は狂気を秘めていて、おおよそ正気ではない人間だとよく分かる。


彼が部屋に侵入した時に彼女は運の悪い事に入浴中だった。


やがて脱衣所の扉が開くと、入浴を済まし着替えを終えて彼女が頭をバスタオルで乾かしながら姿を現す。男を見て戦慄した。


男は彼女を見つけ嬉しそうな顔をしたが、その表情を見た途端に憤怒に変わる。

咄嗟に悲鳴を上げる事も許されず、掴みかかった男に奪われたバスタオルで口を覆われた。


「どうしてなんだ、美沙子を愛してるんだ。どうして分かってくれないんだ、美沙子は俺の事が好きなんだろう?どうしてなんだ、おかしい、そんな顔をするなんておかしいよ、どうして···」


口の覆っていたバスタオルは彼女の細い首を締め上げる道具と化す。

解放された口からは悲鳴の様な息が漏れ、それと同時に必死に酸素を求める。

目を血走らせ「殺さないで」と喘ぎながら、助けを求めて手足を必死にバタバタとさせてると、辺りにあった家具が大きな音を立てた。


【殺さないで】という言葉が頭に木霊する。


思わず「やめろ!」と叫び、男の行動を押し留めようとするが祐介の拳は空を切るに終わる。人が襲われているのに関わらず、声も届かない、何も出来ない絶望感が身を切る様だ。


やがて口の端から泡を出して彼女が動かなくなると、男はかろうじて生きているその姿を手持ちの携帯で何度も撮影した。画面の中で何も言わない彼女の様子にうっとりとした表情を浮かべる様が常軌を逸している。

そのまま部屋中の情景を写真に収めると、動かない彼女を抱え玄関まで運んだ。


バスタオルで輪を作り、気を失っている彼女の首を支える要領でドアノブに引っ掛ける。玄関を開き外側から彼女の身体を自殺の様に整えた。

男は自分の行動に満足したのか、彼女を愛しい者を見る目で眺めるとズボンのポケットから無断で作ったであろう鍵を取り出し施錠した。


あまりの光景に吐き気がして、口を覆い蹲った祐介。


『嘘だろ···』


彼女が亡くなった原因は自殺ではなかった。その事実が信じられず床に向かって呆然と呟く。

目の端がぼんやり霞んだので、慌てて手で擦るが一向に治まらない。

それもそのはず、正体は涙ではなかった。セピア色の風景そのものが霞んでいる。


慌てて蹲ったまま顔を上げると、霞がかっている部屋の真ん中で白いワンピースの彼女が此方を向いて立っていた。口が動き何かを伝えようとしているが、言葉はまるで聞こえない。


『聞こえないよ!君は何が言いたいんだ!』


無表情な彼女が三文字の言葉を口で大きく示す。


【に つ き】


その瞬間、大きな破裂音が聞こえたと思うと、目映い閃光が祐介の視界いっぱいに広がった。

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