第12話
顔色は悪いながらも落ち着きを取り戻した祐介はゆっくり立ち上がるとバックヤードが見える位置で清掃の作業をする事にした。
すぐにバックヤードから出て来ない彼女の事が気掛かりだ。
情けないが何をしているのか覗く勇気はない。
そわそわと店内のモップ掛けをしたり、客が来た際はレジ打ちをしていると奥から彼女が出て来たのが見える。
そのまま彼女は何事もなかった様な顔でレジカウンター内に入ると暑かったぁ、と一息吐いた。
「さっきはすみませんでした」
「ん?大丈夫大丈夫。ついでにストックも出しておいたから安心して」
こっそりと客に気遣う様に、しかし楽しげに「でもゴキブリは逃がしたみたい、ゴメン」と嘯いた。
「まだ顔色悪いけどそんなにアレ苦手なの?」
彼女の指すアレと、自らの認識しているものは違うが否定をせず祐介は大きく頷いた。
「はは、情けない話ですけど···。凄い苦手なんだなと改めて実感中です···」
小さな声で話していると自動ドアが開き来客を知らせるメロディが鳴る。
いらっしゃいませ、と声を掛けるとピンク色のジャンパーを着た子供が店内に駆け込んできた。
まだほんの小さな子供なので親子連れかな、と思うが一行に両親と思わしき人物が見えない。
「子供の親、入ってきませんね」
不審に思い藤崎に話し掛けるときょとんと見つめ返された。
「子供?いつの間に入って来たの?」
子供はカウンターの目と鼻の先のお菓子の棚の辺りを行ったり来たりしているので見えない筈はない。
心底不思議そうに祐介を見る二つの瞳には嘘はないのがわかった。
自分が可笑しな発言をしているのだろうか、噛み合わない会話に頭が混乱する。
二人のやり取りを知ってか知らでか、子供は来店時と同じ様に自動ドアから走って出て行った。
「ドア不調っぽいね。たまにあるのよねー」
たった今駆け抜けて行った子供の事は一切触れずに彼女は自動ドアの不調を指摘する。
それに先程の子供、この初夏に親はジャンパーを着せるものだろうか。
まさか、と祐介は口を被う。
全身の血の気が引いた。気付いてしまった事実に怖くて震えが止まらない。
「ちょっと!祐介くん?大丈夫?」
心配そうに祐介の顔を覗き込んだ彼女の声に返事を返す気力は今の祐介に残っていない。