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8.颯爽とヒーローは現れる

「私の成人の祝いをぶち壊したのだから、もう夜会なんかには参加しないと思っていたけれど、結婚相手でも探しに来たの?」

 別人だとはわかっているけれど、ロビンとそっくりの嘲笑を見ていると、エディトが殺された日を思い出してしまう。

 上手く呼吸ができなくなり、私は彼女から逃げたい一心で、下を向いて目をつぶった。

 しかし、それは間違いだった。

 目を閉じると、短剣を振りかざしたロビンの皮肉な笑顔が生々しく浮かんでくる。

 呼吸が乱れ、脚が震えて立っているのも困難になった。

 壁に手をつこうとしたが、握りしめた手は汗で濡れていて、手を広げようとしても動かすことができない。

 倒れていはいけない。ハルフォーフ家に迷惑をかけてしまう。

 私は大きく息を繰り返して、何とか落ち着こうとした。


 

「リタ嬢、どうかされましたか?」

 低い落ち着いた声が頭の上から聞こえてきた。思わず上を向くと、大柄なツェーザルが私を心配そうに見下ろしていた。

 隣国の騎士に馬車から無理やり連れ出されそうになった二十年前、颯爽と現れてエディトを助けてくれた前ハルフォーフ将軍と同じように、ツェーザルも私を助けに来てくれた。

 もう何も怖くない。


「何か揉め事でもあったのでしょうか?」

 ツェーザルが令嬢たちにきつい口調で尋ねている。そんなことをすれば、ツェーザルの評判がまた悪くなってしまう。それでなくても怖いと言われているのだから。

「違うの。夜会に慣れていないので緊張して、気分が悪くなったの。以前も同じことがあって、シェーンベルク卿とお嬢様に迷惑をかけてしまったから。あの時はごめんなさい」

 ロビンのことは絶対に許せないし、あの時倒れたのはロビンのせいだから私は悪くないと思うけれど、娘にとっては晴れの舞台を台無しした憎い女だろうだから、とりあえず謝っておいた。

「謝ってくれたらそれでいいのよ。それではごきげんよう」

 ロビンの娘は不機嫌そうだったけれど、取り巻きの令嬢らしい女性を連れてその場を去って行った。



「大丈夫ですか?」

 ツェーザルは膝を曲げて私の顔を覗き込むようにしてそう尋ねた。その目は思った以上に優しい。

「はい。お気遣いありがとうございます」

 そう答える私は、ちゃんと息ができるようになっていた。

「休憩室を用意していますので、そちらに行きませんか?」

 ツェーザルが腕を差し出してくれたので、彼の腕に掴まるとちゃんと歩けるような気がして、足を一歩前に出してみた。あれほど頼りなかった私の脚は、普通に私を支えてくれた。

「ありがとうございます。休憩室へ連れて行ってくださいますか?」

 満足そうに頷いたツェーザルは、ゆっくりと歩き出した。



「兄上、どちらへ行かれるのですか? 今帰宅したばかりで、義姉上への挨拶も済んでいないのでしょう」

 ダンスホールを出ようとしたところで、背が高く容姿の整った若い男性が声をかけてきた。その男性は不審そうに私を見ている。

 彼が悪いわけではないけれど、美形は苦手だ。私は思わずツェーザルの大きな背中に隠れてしまった。

「こちらの令嬢が緊張して気分が悪くなったので、休憩室へお連れする。ヴァルター、悪いが、兄夫妻への挨拶は後にさせてもらう」

 ツェーザルは私を背中に庇うようにしてそう告げた。彼がハルフォーフ家の三男ヴァルターらしい。

「失礼ですが、その方はどちらの令嬢なのでしょうか?」

 ヴァルターの疑問はもっともだった。私は社交界に顔を出したことがない。顔が知られていなくて当然だった。

「あの……、私はソルヴェーグ子爵が娘、リタと申します」

 ツェーザルの背中から少し顔を出して、ヴァルターに挨拶をしようとしたけれど、やはり少し怖くて小さな声になってしまった。

「ヴァルター、それでは後を頼む」

 私の恐怖心を察してくれたのか、ツェーザルは私の背中に手をまわしてダンスホールから連れ出してくれた。



 休憩室はいくつか用意されていたが、談話室にもなっている大きな部屋を通り過ぎ、四人がけのソファが二組置いてあるだけのそれほど広くない部屋に案内された。

「こちらにどうぞ」

 ツェーザルが優しく手を引いてソファに座らせてくれた。そして、自分も向かいの席に座る。


「リタ嬢のドレス、とても似合っていますね。本当に美しい。そのドレスの色はまるで私の目の色のようだ。今夜のために選んでくださったのですか?」

「ち、違うの。このドレスは以前から母が用意してくれていたもので」

 ツェーザルは笑いながらそう訊いたので、冗談だとわかっていたけれど、私は恥ずかしくて慌てて否定する。

「わかっています。初めて逢ったのは一昨日、いくらドレスに詳しくないとはいえ、そんな短時間でドレスを仕立てることができるとは思っていませんよ」

「ドレスに詳しくないのですか?」

「そりゃ、母はドレスなど着ませんし、贈る相手もいないとなれば、詳しくなる道理がありませんから」

 一緒に夜会に参加するため、恋人や婚約者にドレスを贈るのが慣例となっている。ドレスを贈る相手がいないということは、ツェーザルに恋人はいない。

 少し嬉しいと思ってしまったのが顔に出たのか、

「ようやく微笑んでくれましたね。とても辛そうにしていましたので心配していたのですが、気分は良くなってきましたか?」


 ツェーザルの優しい笑顔を見て、私の心は限界に達した。

 エディトの死のことを誰かに聞いて欲しかった。

 ロビンがひどい男だと知ってもらいたかった。

 もう、私一人の胸に留めておくことは無理だった。

 このまま家に帰れば、エディトを殺した時のロビンの夢を見てしまうに違いない。それが何より怖かった。


「ツェーザル様、相談したいことがあるのですが、お話してもよろしいでしょうか?」

 私の切羽詰まった様子にツェーザルは不安になったのか、私の顔をじっと見つめてきた。

「私で良ければ何でもお話ください。無理をなさらずにゆっくりで結構ですので。どうせ兄夫妻はお互いのことしか目に入っていないでしょうから、私が会場へ行くのが遅くなっても気にしないでしょう」

 そう言いながら、ツェーザルはソファに深く座り直した。


 私は意を決して話し出す。

「私には前世の記憶があります。私は前シェーンベルク侯爵の娘エディトでした。そして、夫に殺されてしまい、リタとして転生したのです」

「……」

 ツェーザルは随分と戸惑ったようで無言で視線を彷徨わせているけれど、私の話を止めなかった。

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