表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

7.夜会

「リタ、とても綺麗よ。いつかは夜会に行きたいと言い出すかもしれないと思って、ドレスを作っておいて本当に良かったわ」

 朝から侍女たちに体中を磨かれて、深い緑色のドレスを着せてもらった。髪を軽く結い上げて化粧をすれば、いつもの私とは違い華やかな雰囲気にる。

 部屋まで見に来た母に褒めてもらって、やはりとても嬉しいと感じた。

 偶然だと思うけれど、母の用意してくれていたドレスは、ツェーザルの目の色にとても似ている。彼の兄であるディルクの目の色はもう少し白っぽい。前ハルフォーフ将軍は晴れた日の空のような青色だった。


 母に手を引かれて玄関ホールに行くと、三歳上の兄と二歳下の弟が夜会服を着て待っていた。

 弟は初めての夜会。まだ成人前の弟は二時間ほどしか参加できない。私も弟と一緒に帰る予定なので、兄とは別の馬車でハルフォーフ邸へ向かうことにする。


 ブランデス全土の騎士や直属の兵士を束ねる将軍を代々務めているハルフォーフ家の敷地は、想像以上に広大だった。王都に敵が攻め入るようなことがあれば、王宮の門を固く閉ざし、ハルフォーフ家の敷地が軍事拠点として使われることになるらしい。代々産業局長を務めるシェーンベルク侯爵家の敷地も広かったが、ハルフォーフ家はそれを大きく上回る。


 屋敷の中も広かった。玄関ホールの華美ではなく重厚な装飾に目を奪われる。大柄で厳つい前ハルフォーフ将軍の人柄が忍ばれるようだった。長い廊下には塵一つなく、美しく磨き上げられていた。

 広いダンスホールはさすがに華やかな雰囲気の装飾が施されていた。

 弟に手を引かれて中に入ると、一際背の高い男性が目についた。優しそうなその顔には二十年前の面影がある。あの時三歳だったディルクに違いない。

 天使のようだった一歳のツェーザルは、全く別人のように厳つい男性となっていたから却って違和感がなかったけれど、小さくて可愛かったディルクが大男に成長しているのは少し残念な気がする。あの騎士の挨拶は本当に可愛かった。


 大きなディルクが大切そうに腰を抱いているのは夫人に違いない。珍しいプラチナブロンドの髪を緩く結い上げ、清楚な白のドレスをまとっている彼女は、今日で十八歳になるという。白いドレスにはたくさんのリボンが縫い付けられて、その色はディルクの目の色と同じだった。

 時々目を見合わせて微笑み合っているハルフォーフ将軍夫妻は、ツェーザルが言うようにとても甘い雰囲気で、微笑ましいと同時に少しいたたまれない思いを抱きながら、私は弟を伴い彼らに近寄っていった。


「ハルフォーフ将軍閣下、奥様、お誕生日おめでとうございます。私はソルヴェーグ子爵が娘、リタと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」

「僕はソルヴェーグ子爵の次男、ヴィリーです。奥様、お誕生日おめでとうございます」

 伝説の将軍に挨拶するというので、弟はかなり緊張していたが祝いの言葉を何とか口にすることができた。

 ディルクは嬉しそうに微笑んでくれたので、弟の緊張はかなり緩和されたと思う。

「リタ嬢、ヴィリー殿、我が愛しい妻の誕生日のためにようこそおいでくださった」

「妻のリーナと申します。本日はご足労いただきありがとうございます」

 近くで見るとリーナさんは本当に美しい女性で、ディルクが惚れ込むにも仕方ないと思った。


 前ハルフォーフ将軍が戦死した後、ディルクが何をしたのかツェーザルは詳しく語らなかったけでど、尊敬していた父親に顔向けができないと思ったのならば、騎士道に背くような行いをしたのに違いない。三歳の時ですら騎士であろうとしたディルクが好き好んでそんなことをするはずはない。卑怯な戦法で攻め入ってきたカラタユートに敗戦濃厚だったところを、ディルクが勝利に導いたという。

 ディルクは国のために戦場で騎士道を捨てなければならなかった。そして、仰々しい二つ名を背負って生きている。彼がいなければこの国の平和はなかった。

 ディルクは三歳の時の想いを叶え、彼だけのお姫様を手に入れた。ディルクが幸せになって良かったと本当に思う。けれど、少し暑苦しい。


 私と弟は軽く会釈をしてその場を離れた。広い会場を見渡すが、ディルクより少し背が高いツェーザルの姿は見当たらない。彼ならばどこにいても目立つはずだから、見つけ出せないということは会場にはいないに違いない。ハルフォーフ家の夜会ならば逢うことができると思ったのだけど、考えが甘かったようだ。


 私は弟と一緒に壁際に行くことにした。そこには大きなテーブルが置かれていて、色とりどりの料理やデザートが用意されていた。参加者には騎士が多いからか、料理は驚くぐらいに多種で多量である。食べ盛りの弟は目を輝かせながらそれらを見ていた。

「お食事をいただいてくれば。早く食べておかないとすぐに帰る時間になってしまうわよ」

 弟にそう言うと、嬉しそうにテーブルの方に行ってしまった。


 私は柱の陰の目立たない所に移動する。久々に着たドレスのせいで食欲がなかったし、ダンスも踊るつもりはない。馴れないきらびやかな雰囲気に、ここへ来たことを後悔し始めていた。


 一人でいると時間が経つのが遅い。私は手持ち無沙汰に佇んでいると、若い女性の集団が近づいてきた。

「ハルフォーフ家は名家だけど、四兄弟は結婚相手としては、微妙よね」

「確かに。長男のディルク様は侯爵でとても優しそうだけど、本当は闘神とか破壊神とか言われるぐらい怖い人らしいし」

『ディルクはこの国のため、命をかけて戦ったの。普段のディルクはとても優しいわ。それに、最愛の妻がいるのだから、貴女たちが相手されるわけがないわよ』

 失礼な彼女たちの言いように、私は心の中で反論した。屋敷に引きこもっていた私には、直接言えるほどの社交術がないのが悔しい。

 令嬢の集団は柱の陰になっている私に気づかずにおしゃべりを続けている。


「次男のツェーザル様は伯爵位をお持ちだけど、顔が怖いし体も大きすぎるわ。夫にするにはちょっとね」

「あんな怖そうな大男に触られたら骨が折れてしまいそうよね」

『男らしくてとても素敵じゃない。お父様とそっくりだし、見かけは少し怖いけど笑顔は可愛いのよ。それに、貴女たちみたいな女に触らないから安心して』

 彼女たちは失礼なことを言いながら楽しそうに笑っていた。陰口を聞いているともやもやしてくる。やはりこんな所に来なければ良かった。


「三男のヴァルター様は、お兄様たちのように筋肉質ではないし、背が高く容姿も整っていて話術も洗練されているけれど、子爵なのよね」

「残念よね。伯爵ならば結婚を申し込んでも良かったのに」

「まぁ、他に良い人がいなかった時は、彼で妥協してもいいかな」

『たぶん、ヴァルターは貴女たちで妥協しないから』

 ディルクとツェーザルの弟のヴァルターには会ったことはないけれど、どうかこんな女たちに騙されないで欲しい。


「四男のマリオン様は天使のように可愛いけれど、まだお子様だしね」

「あの方だって、大きくなったらお兄様のようにごつい人になるかも」

『その可能性は否定出来ないわね。だって、天使のようだったツェーザルはあんな感じになってしまったし』


 格好良く騎士服を着こなしていた前ハルフォーフ将軍夫人は、あの後も二人の男の子を出産したらしい。

 共に戦うことを許されるほど夫に認められていて、四人の子どもにも恵まれた彼女が少し妬ましかった。




「君は私の妻になったのだから、仕事には口出さないでもらおう」

 エディトと結婚したロビンは、産業施策については素人だったけれど、エディトに口出されるのを極端に嫌っていた。それでも、エディトは夫の役に立ちたくて自分の知識を伝えようとしが、頑なに拒否された。

 確かに彼は優秀であったが、司法局の職員だったためか少々融通がきかなかった。エディトの父親である前シェーンベルク侯爵もロビンの能力に疑問を持ち始めていたので、エディトは得意な計算や書類整理で彼の手助けをしようとしたのだけど、ロビンはプライドを傷つけられたと感じていたらしい。

 結婚当初から二人の仲は冷え切っていた。


 嫌なことを思い出してしまった私は、飲み物でももらおうと柱の陰から出て行くと、

「あら、ソルヴェーグ子爵家のリタ様ではないの。私の成人の日以来ですわね。あの時は急に倒れてしまって、大変でしたのよ」

 嘲笑を浮かべたその令嬢は、たった一度だけ会ったことのあるロビンの娘だった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ