6.リタの幸せ
「また、父に会いに来ていただけますか?」
この場を去ろうとした私の背中から、野太い声が聞こえてくる。
「はい。前ハルフォーフ将軍は私の恩人ですから。何度でも参ります」
そう答えながら振り返ってみると、ツェーザルが私を見ながら微笑んでいた。
「あの…… 私は三のつく日が休みなのです。休日のこの時間はここに来ておりますので」
大きな体の彼が小さな声で恥ずかしそうに言う姿は、やはり可愛いと思ってしまう。
「また、お会いできればいいですね」
エディトの能力を認めてくれた前ハルフォーフ将軍とそっくりな彼は、私のことを認めてくれるのだろうか。
「お嬢様、屋敷にお帰りになられますか?」
馬車止めまで戻ると、待たせていた御者が聞いてきた。
「お店までお願い」
そう伝えて、侍女と共に馬車に乗り込んだ。
父の仕事は、地方領地の特産品や名産品を王都や他領地に紹介する国内流通の振興であった。一時私のせいで書類整理の閑職にまわされていたけれど、今は許されて元の仕事に就いている。
私は各地の特産品や名産品を集めた商店を開き、王都の人々にそれらを知ってもらったらどうかと父に提案したところ、面白い試みだと興味を持ってくれた。
家族は私に甘い。男に殺される悪夢を見るせいで、結婚するのが怖いと父の伝えると、無理して結婚しなくてもいいと言ってくれた。そして、店を経営したいと言えば、開店資金を援助してくれて、長年我が家に仕えてくれた下働きの夫婦を店員に寄越してくれた。
もちろん、利益が出たら開店資金は父に返却する予定にしている。父も兄も返さなくてもいいと言ってくれるけれど、私はお遊びで終わらせるつもりはない。絶対に利益を出して、一生の仕事にしなければならない。そして、自立して生きていくと決めた。
王都の東側、下級貴族や富裕層の平民が訪れる商店街の外れに私の店がある。普通の商店は取り扱う品物によって、八百屋、魚屋、雑貨屋などに別れているけれど、私の店は地方の特産品や名産品ならば何でも取り扱う。
商品は領地ごとにまとめられていて、日持ちのする甘い芋や干した魚の隣に織物が置いてあったりする。
我がソルヴェーグ子爵領は海に接しているので、美しい真珠や貝殻のボタンを仕入れた。まだ、協力してくれる領地は少ないけれど、父のおかげで十数の領地の物品を取り扱うことができるようになった。
店内に入ると、店員となったミルコとテア夫妻が忙しそうに働いていた。
「お嬢様、今日はボーメ領から美しい磁器が届きました。こちらへ並べればよろしいのですか?」
「ええ、テアさん、お願い」
「お嬢様、ロイター領から籐の家具が届いています。軽くて儂のような年寄りでも移動することができます。中々いいものですよ」
「ミルコさん、本当に綺麗な家具ですね。それは壁際に並べましょう」
開店は十日後に決まっている。地方から次々と商品が送られてきて、広かった店内には多くの商品が並べられていく。
ここが私の城になるんだ。
今は店員の他にも護衛と侍女がソルヴェーグ家から応援に来てくれているけれど、将来は店の売上からお給料を出したいと思う。
幸い、前世で経済の知識を叩き込まれていたので、帳簿をつけることができる。計算なら誰にも負けない自信があった。
今度ツェーザルに会ったら、領地の特産品や名産品を取り扱わせてもらえないか頼んでみたいけど、厚かましいかなと悩んでしまう。
でも、彼はとても優しそうだったので、怒ったりしないのではないかと思い頼んでみることに決めた。
次のツェーザルの休日は十日後で、開店の日と重なる。忙しくて英雄広場に行く暇はなさそうなので、それまでに彼に逢いたいと思った。
「お兄様、シェーンベルク卿は明後日に開催されるハルフォーフ家の夜会に参加されるでしょうか?」
屋敷に戻った私は、夕食時に産業局の職員である兄に訊いてみた。父は地方へ出張中で不在である。
「なぜ、そんなことを訊く?」
「お店のためにも少し人脈を広げたいと思うので、夜会に参加してみたいのですが、以前シェーンベルク家でご迷惑をかけたので、卿がいらっしゃるのならば、私は参加を見合わせようと思うのです」
ハルフォーフ将軍夫人の誕生日を祝う夜会が開催されると、我が家にも招待状が届いていた。父の代わりに兄が婚約者と参加予定だったので、私も一緒に連れて行ってもらおうと思ったけれど、ロビンがいるのならばとても参加できない。また倒れてしまい、ハルフォーフ家に迷惑をかけてしまう。
「それならば大丈夫だ。明日より局長は領地へ行くので五日間留守にする。夜会には参加しない筈だ。安心して」
兄は優しそうに笑った。兄はあの男の本性を知らない。
父にも兄にも、エディトを殺したのはロビンだとは伝えていない。言ってしまいたいけれど、妻を殺すような男と知って、一緒に仕事をするのは辛いだろうし、証拠もなしに告発などすれば、父も兄も職を追われてしまう。爵位や領地さえ失ってしまうかもしれない。
家族の笑顔を守るために、私はあの男を憎みながらも耐えるしかなかった。
「明後日の舞踏会へ行きたいですって! 何て嬉しいこと」
母はとても喜んでくれて、夕食後に私のために用意してくれていた深い緑色のドレスを持ってきてくれた。まるでツェーザルの目の色のようなドレスで、少し恥ずかしいと思う。
「明後日は楽しんできなさいね。お友達ができるといいわね」
私をそっと抱きしめる母の目から、涙がこぼれている。
私はずっと屋敷に引きこもり、結婚しないと宣言して店を始めたいとわがままを言った。貴族の娘としての役割を果たせない私に、母は歯がゆい思いをしていたに違いない。
「ごめんなさい」
「謝ることなんて何もないわ。どんな形でもリタが幸せになること。私たちが願うのはそれだけなのよ」
私は幸せにならなくてはならない。そう思い母の背に手を回して大きく頷いた。




