4.現世の出会い
前世の記憶を思い出して、私はため息をついた。
あの時、あの男との結婚を拒否していれば、エディトは殺されたりしなかったのにと後悔する。でも、そうしたらリタはどうなっていたのだろう。
私は仮死状態で産まれたらしい。医師にも見放されてしまい、両親が嘆き悲しんでいる時にいきなり産声を上げ、奇跡が起こったと皆で手を取り合って喜んだと教えられた。
本来のリタの魂が離れてしまった後にエディトの魂がこの体に入ったのか、元々この体に入る魂が前世の記憶を思い出したのか、私には判断できない。
もし前者ならば、エディトが死ななければ、代わりにリタは死んでしまっていたかもしれない。
それとも別の魂がこの体に入ったのだろうか。
私にはわからないことばかりだった。唯一わかっているのは、この体で生きていかなければならないことだけ。私はリタなのだから。
私が小さい頃は、あの男に殺される場面を夢で見るだけだった。その記憶が強烈過ぎたのか、他の記憶を思い出すことはなかった。
私が物心ついた頃に悪夢を見ることを両親に話すと、産まれる時に死にかけたせいだと随分と泣かれた。それ以来、家族や使用人を悲しませたくはないので、悪夢には触れずにいた。
エディトのことを思い出したのは、父の上司である産業局長のシェーンベルク侯爵の屋敷を訪れた時だった。シェーンベルク侯爵の令嬢は十五歳になり成人を迎えるので、盛大な祝いのパーティが開催されていた。その時の私は令嬢より一歳下の十四歳。悪夢のせいで人が怖く、ほぼ引きこもり状態であった私は、初めてパーティに参加してとても緊張していた。
きらびやかな会場に着くと、兄にエスコートされて両親の後ろをついていき、主催者であるシェーンベルク侯爵のところへ挨拶に行った。挨拶が終わり顔を上げると、そこには悪夢に出てくる男が立っていた。
驚きと共に頭の中に様々な記憶が一気に入り込んで、私は悲鳴を上げる間もなく気を失ってしまっていた。
私が目覚めた時は、自分の部屋のベッドの上だった。外はすっかり暗くなっている。
「リタ、目が覚めたか。良かった。体の弱いリタをあのような場に連れて行って、本当に済まなかった」
私の手を握って心配そうに私の顔を見つめているのは優しい父。後ろには母と兄、そして、弟の顔も見える。
「ごめんなさい。あんなところで倒れてしまって」
「リタが心配することは何もないよ。安心しなさい」
父はそう言ってくれたが、娘の祝いのパーティを台無しにされたと、シェーンベルク侯爵は父を閑職に追いやったらしい。
エディトを殺し、父を閑職に追いやったシェーンベルク侯爵が許せなかった。だから、できうる限り彼のことを調べてみた。
エディトが殺された日と私が産まれた日は同じだった。エディトは公式には病死とされていたが、社交界では愛人に殺されたとまことしやかに噂されている。
娘を亡くして意気消沈した前シェーンベルク侯爵は、娘婿であるロビンに家督と産業局長の座を譲り、夫人と共に領地に引きこもってしまった。
新しくシェーンベルク侯爵となったロビンは、エディトの死後半年もたたずに再婚した。そして、後妻はすぐに女子を出産する。ロビンとよく似た美しいその娘は彼の実子で間違いないと言われている。
不義をしていたのはロビンの方だった。愛人に子どもができてしまったが、それが前シェーンベルク侯爵にばれるとエディトと離婚させられてしまい、爵位や局長の地位が手に入らないかもしれない。だから、ロビンはエディトを殺した。しかも、愛人に殺されたように工作して、裏切られた可哀想な夫を演出したんだ。
エディトの両親である前シェーンベルク侯爵夫妻は領地ですでに亡くなっていた。病死とされているが、ロビンが殺した可能性もあると私は思う。
父に前世の記憶があることを相談すれば、真面目に聞いてくれると思う。でも、力のある侯爵の罪を暴こうとしたりすれば、父は確実に職を失うだろうし、爵位さえなくしてしまうかもしれない。兄や弟のためにもそんなはできない。父はシェーンベルク侯爵家縁の子爵で、先祖代々から産業局の局員を務めている。私は子爵家の娘として、家を守らなければならない。
悶々としながらも、私は何もできずにいた。
私たちの国ブランデスは隣国を滅ぼしたカラタユートと戦争状態だったので、大きな舞踏会などは自粛されていた。
体が弱いことになっている私の成人のお披露目は、家族とごく近い親戚だけで行われた。私が社交界に出ることもなく一年が過ぎた頃、戦争は我が国の完全勝利で終結したと知らされた。
祝勝会や舞踏会への招待状が届き始めたが、私は全て断ってもらった。
私はエディトの初恋の人ハルフォーフ将軍が三年前に戦死していたことを知ってしまった。そして、長男のディルクが新しいハルフォーフ将軍となり、青碧の闘神呼ばれるほどの活躍で戦争に勝利したことも知らされた。
ひと目だけでも前ハルフォーフ将軍に逢いたかったと思うと、涙が流れるのを止めることができなかった。
それから一年、エディトがハルフォーフ将軍一家に出会った時から二十年の時が流れていて、私は十六歳になっていた。
そんなある日、護衛の一人から前ハルフォーフ将軍の墓が一般に公開されていると聞いた。誰にも言えない前世の辛い記憶を彼に聞いて欲しいと思い、私は墓のある英雄広場に行きたいと父にねだると、家にこもりきりだった私が外出したいと言ったので、喜んで許可してくれた。
筋肉質で背が高く顔もい厳ついが、笑顔は思ったい以上に可愛いかったハルフォーフ将軍。
騎士服を着たハルフォーフ将軍夫人は、颯爽としていて本当に格好良かった。
三歳の長男ディルクと、一歳の次男ツェーザルのことを思い出すと、あまりの可愛さに身悶えしそうになる。
彼らのことを考えていると、ロビンの怖い記憶を追い出せそうな気がした。
侍女と護衛を一人だけ連れて、小さな馬車で英雄広場に行く。
前ハルフォーフ将軍の墓は、人の三倍ほどの高さがある塔だった。私は話を聞かれたくなため、姿は見えるけれど声は届かない距離に護衛と侍女を残して、一人で歩いて墓に近づいていった。
墓の前には前ハルフォーフ将軍の像が設置されていた。エディトの記憶にある彼よりもかなり若い頃の像は、まるで生きているような素晴らしい出来栄えで、私は泣きそうになりながら大きな像を見上げていた。
「どうかされましたか?」
「えっ! 像が喋った」