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16.二十年ぶりの抱擁

「ハルフォーフ将軍閣下、被疑者の自白を確認した。殺害現場に残された指紋の一致と合わせて、十分罪に問えるだろう。シェーンベルク邸の捜索をして、自供通り偽造した手紙が発見されれば完璧なのだが、それは騎士団に任せよう。被疑者は司法局預かりとするので、護送してもらえるか?」

 司法局長がディルクにそう問うと、ディルクは明らかに不機嫌になった。

「ウェラー卿、ロビンは元司法局職員で貴方の親戚でもある。罪を軽くしようと思っているのではないだろうな」

 今度は司法局長の機嫌が悪くなる。

「私は法の番人だ。身内だからといって減刑するようなことはしない。そんなことをすれば、この国の秩序を守ることができないだろう」

「この国を護った我が剣に誓うことができるか?」

 ディルクは剣を抜き、天に向けて掲げた。

「もちろん誓おう。妻を殺して侯爵位と産業局長の地位を得たような男を庇う意味があると、閣下は本気で思っているのか?」

 睨み合うディルクと司法局長。折れたのはディルクの方で、剣を静かに収めた。



「ロビンを司法局まで護送しろ」

 部屋のドアを開けて、ツェーザルが騎士を呼ぶと、縄を持った騎士が部屋に入ってきてロビンを拘束しようとする。

 ロビンは虚ろな目で私を見ていたけれど、騎士に腕を捕まれ正気に戻ったようだった。

「ウェラー卿、私は…… 何を?」

「ロビン、君は罪を告白したんだ。私と将軍閣下が聞いていたから間違いなどあろうはずがない。これ以上醜態をさらさずおとなしく司法局まで来るんだ」

 司法局長の声はとても冷たく、ロビンを気遣っているようにはとても感じなかった。

「違う。この女が悪いんだ。エディトが私を陥れようとしているんだ」

 ロビンはこの期に及んでもエディトのせいだと言い張っていた。

 

 ロビンが私に殴りかかろうとするが、もちろん騎士の手を振り切ることはできない。それでも、ロビンから憎しみの込もった目で睨まれ、あの日を思い出してしまう。

「あの女のせいなんだ。私は悪くない。私はシェーンベルク侯爵だぞ、無礼者。離せ!」

 騎士に引き立てられて部屋を出ていったロビンの怒鳴り声は段々小さくなっていく。それでも耳の残って私の恐怖心を引き出すようだった。



「リタ嬢、大丈夫ですか?」

 そんな優しい声がしてツェーザルが近寄ってきたので、私は思わずその大きな胸に抱きついてしまった。

 ベールのせいではっきりと見えていなくて、一人で立っているのが怖くて、恥ずかしさも忘れてしまっていた。

 

「私のせいで父と母が死んでしまった」

 ツェーザルの暖かな胸でようやく落ち着きを取り戻した私は、ロビンの言葉を思い出していた。

「エディトさんのせいではない。悪いのはロビンだ」

 私の耳に直接心地良い低い声が響く。

「だって、私がロビンと仲良くする努力を怠ったから、こんなことになったの。お母様が自殺したのは私のせいよ。私さえ我慢していれば……」

「違う。エディトさんは十分努力した。このような結果になったのはロビンのつまらないプライドのせいだ。エディトさんには何の非もない」

「私は愚かな女だから殺されたの」

「エディトさんの才能は父が認めた。誇っていい」

「でも、お母様が……」

 ロビンは実質的に父と母を殺したようなもの。ツェーザルの騎士服が濡れてしまうとわかっていても、悔しくて涙が止められない。


 ツェーザルの腕がおずおずと私の背中にまわされた。

「貴女はリタ嬢なのだから、エディトさんや彼女の両親の死に何の責任もありません」

 ツェーザルの手が私の背中をやさしく撫でている。エディトの幽霊を演じているうちに、私はエディトと同一化してしまっていた。

 私はリタ。父と母は生きている。兄と弟だって元気だ。不実な夫など今まで持ったことはない。



「ツェーザル、ちょっと待て。婚約もしていない女性に何をしている。今すぐ離れろ!」

「閣下、無粋なことを言うのは止めた方がいいと思うけれどね」

「しかし、ゲルティ、僕はハルフォーフ家の当主として弟の所業に責任がある。このままでは彼女のご両親に申し訳が立たないだろう」

「それじゃ聞くが、閣下はあの美しい奥様に婚約するまで指一本触れなかったのか?」

「そ、それは……」 


 そんなディルクとゲルティの会話が聞こえてきて、私の血の気が一気に引いてしまった。いくらロビンのことが怖くて倒れそうになっていたとしても、自分から男性に抱きつくなってありえない。

 慌ててツェーザルの背中にまわしていた腕を外し、後ろに下がって距離を取る。

「抱きついたりしてごめんなさい」

 思い切り頭を下げて謝ってもツェーザルは何も言ってくれない。

 いたたまれなくなって顔を上げてみると、ツェーザルは彫像のように固まっていた。



「リタ嬢、ツェーザル殿にとっては役得だから気にしないでいいからね。ツェーザル殿はいい加減元に戻って、リタ嬢を店まで送っていって。閣下はシェーンベルク邸捜索を指揮して。僕も同行するから」

 ゲルティはそう言うと、何か言いたそうなディルクの背中を押して部屋から出ていった。


「ツェーザル様?」

 そう声をかけると、ツェーザルはやっと私の方を見てくれた。

「リタ嬢。本当に申し訳ない。泣いている貴女を慰めたいと思ってしまい、気がついたら手が背中に」

 恥ずかしそうに訥々と言葉を紡ぐツェーザルの耳は赤くなっていた。私も今更ながら恥ずかしさがこみ上げてくる。

「ツェーザル様、最初に抱きついたのは私なのですから、謝るのは私の方です。許していただけますか?」

「リタ嬢、もちろんです。私のことも許していただけますか?」

「当たり前です。だって、二十年前は何度も抱きしめられていたのですもの」

 私たちは目を見合わせて笑った。ロビンへの恐怖は薄れかかっていた。



 騎士団の馬車で商店街の入り口まで連れてきてもらった。ツェーザルは馬で並走している。さすがに騎乗した姿は颯爽としていて美しい。

 商店街の道路は馬車も馬も通行禁止なので、馬を降りたツェーザルに徒歩で店まで送ってもらった。

「本日は本当にありがとうございました」

 ロビンの罪を明らかにできたのは、私のことを信じてくれたツェーザルのお陰だ。これで、やっとエディトと彼女の両親が安らかに眠ることができると思うと、感謝してもしきれない。

「いえ、こちらこそご足労をおかけいたしました」

 それなのにツェーザルは私に謝ってくれた。

「よろしければ、お茶などいかがですか? 店内で試飲ができるようになっているんですよ」

 私は店の一画に置かれたテーブルを指差す。

「ありがたい申し出なのですが、本日は勤務中でありますし、残務処理もありますのでこのまま帰ります。今度の休日にはぜひ試飲させてください」

 ツェーザルはそう言うと、足早に私の店を出ていった。


「店長、ツェーザル様と何かありましたか?」

 テアが私たちの様子がおかしいのを感じ取ったのか、目を細めてそう訊いてきた。

「私から抱きついてしまいました」

 恥ずかしいけれど、正直に言わないとツェーザルが誤解されてしまうかもしれない。

「それは凄いです! 店長は積極的だったんですね」

 なぜか、テアはとても嬉しそうにしていた。

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