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14.指紋採取

「リタ。王宮からの呼び出しがあった。重病等の特別な理由がない限り、王都に住まう全貴族が王宮へ行き、貴族名簿の確認をしなければならない。まずはシェーンベルク侯爵家と縁の家の者から確認することになったらしい。早速だが明日王宮へ行かなければならないから、店は休んでくれ」

 産業局の勤めを終えて帰宅した父は、玄関先で私たち家族にそう告げた。とうとう指紋採取が動き出したらしい。

「まぁ、あなた。いきなりそんなことを言われても、ドレスだって新調していないし、王宮なんて急に行けないわ」

 かなり急な話なので母は驚いている。

「それが……、汚れてもいい衣装で来るようにとのことだ。インクを使うらしい」

「えっ? でも、普段着というわけにはいかないわよね」

 母は混乱しているのか、戸惑いながら私の顔を見ていた。

 父と兄は産業局の職員なので、執務に適した服を持っている。しかし、典型的な淑女である母は作業などしたこともなく、汚れてもいい服など持っていないだろう。普段着でも手の込んだ高価なドレスなのだから。


「私は大丈夫。店で着ているエプロンドレスがあるから」

 明るい地に白のエプロン、背中の大きなリボンが可愛いドレスを色違いで数着仕立ててもらい、日替わりで着ている。王宮侍女の制服より華やかだけど、とても動きやすくてお気に入り。

「おまえもリタのドレスを借りたらどうだ? 似合うと思うぞ」

 父と母は政略結婚だけどとても仲がいい。だから、父の言葉は冗談なのか、それとも本気でそう思っているのか私には判断がつかなかった。

「いくらなんでも、あの可愛い色と大きなリボンのドレスは無理です。古いドレスを探してみます」

 母は可愛いドレスが似合うと言われて嬉しかったのか、ほんのりと頬を染めていた。




 翌日、母と弟と一緒に馬車に乗って王宮を訪れる。父と兄は産業局から直接会場に向かう事になっていた。

 母は紺色のドレスをまとっている。私は空色のエプロンドレスにした。

 弟は兄の執務服を借りている。兄を尊敬している弟は、身に合っていない大きめの服を着て嬉しそうにしていた。


 王宮は物々しい雰囲気に包まれていた。

 案内された広いホールには椅子が多数並べられていて、入り口付近には青碧の鎧をまとったディルクが真剣な顔で立っていた。これから行われるのは王命であるので、拒否は許されないとの無言の圧力だろう。

 さすがに伝説の将軍、リーナさんと一緒にいる時とは違い、威圧感がないこともない。

 でも、到着した貴族を席に案内しているツェーザルの方がもっと威圧感があり、逆らうことなどできない雰囲気だった。


 シェーンベルク侯爵の血縁者一族の者が集まっているので、ほとんど社交界に顔を出さない私でも顔見知りが多く、軽く挨拶をしながら席まで歩く。

 一番に前に座っていた男が振り向き、私を見て顔を歪めた。

 その男は一番会いたくなかったロビンだった。


 目の前が真っ赤に染まってしまう。 

 呼吸が上手くできなくなり息苦しい。

 足に力が入らない。

 

 ロビンがいることはわかっていたのに。

 ロビンに警戒されないように、シェーンベルク侯爵の血縁者全員が集められたのだから。

 それなのに、足が震えて私は動けずにいた。

 目を閉じてひたすら落ち着かなければと焦る。もし私が倒れてしまったら、今日の指紋採取が流れてしまうかもしれない。指紋採取が後日になってしまえば、司法局出身のロビンが指紋採取の意図に感づいてしまうかもしれない。そうなれば、指を傷つけたり焼いたりして指紋を消してしまう恐れもある。

 そう思うけれど、体の震えは止まらない。


「リタ嬢、大丈夫ですか?」

 落ち着いた声が上から聞こえてきた。薄目を開けると、ロビンの視線から私を隠すように大きなツェーザルが立っている。

「はい」

 私が深呼吸を繰り返していると、ツェーザルは大きな手を差し出してきた。その手を取ると冷たくなってしまっていた私の手に暖かさが伝わってきた。そして、ようやく落ち着きを取り戻した。

「席にご案内いたします」

 私はツェーザルに手を引かれたまま席まで案内された。注目を浴びていることはわかったけれど、ロビンが怖くて手を離すことができないでいた。


「リタ、どうしたの?」

 緊張していた母と弟がようやく私の不調に気づいてくれた。

「何でもないの。緊張しただけ」

 私はツェーザルのお陰で笑うことができるようになっていた。




「ソルヴェーグ子爵家の皆様、お待たせいたしました」

 家族単位で呼ばれて、ツェーザルの案内で部屋に通された。

 そこには軍医のゲルティと、前ハルフォーフ将軍夫人のツェーザルの母親が待っていた。

「男性はそちらの椅子に、御婦人はこちらに座ってください」

 私と母が座ったのは前将軍夫人の対面の椅子。間の机にはインクで濡れた布と紙が置かれていた。


「お手をどうぞ」

 母が手を差し出すと、前将軍夫人が母の手を取りインクのついた布の上に置き、それから紙の上に手を押し付けた。その動作はとても優しく、決して手を痛めるようなことはなかった。

 騎士服に身を包んだ前将軍夫人はとても格好良く、微笑みながら手を握られている母は頬を染めているので、父が横目で見ながら面白くなさそうに顔をしかめていた。


 こうして、ロビンを含むシェーンベルク一族百名ほどの指紋採取が無事終了した。




 それから十日が過ぎ頃、ツェーザルが私の店にやってきた。ツェーザルは休みの日ではないので騎士服を着ている。

「お話があるのですが、騎士団に来ていただけないでしょうか?」

 ツェーザルは深刻そうな顔をして、ためらいがちにそう言った。

「わかりました。テアさん、ミルコさん、お店をしばらく任せても大丈夫かしら?」

 開店から一ヶ月近く経ち、テアとミルコは二人に店を任せることができるぐらいに接客に慣れていた。

「店長、もちろんです」

 ミルコは即答で同意してくれた。

「店長、頑張ってきてくださいね。今どき、女性から積極的にいっても大丈夫ですから」

 片手を握りしめて振っているテアは、絶対に何か誤解している。

 そんなテアの軽口に気づいた様子もなく、ツェーザルは頭を下げて店を出ていった。



 騎士団本部を訪れた私は、以前と同じゲルティの実験室に通された。

「ロビンの指紋と、エディトさんの殺害現場に残された指紋が一致しました。それで、司法局からロビンの拘束許可が出たのですが、許された拘束期間は三日間。その間にロビンが自白するか、指紋以外の有力な証拠がでないと、罪に問えないと言われました」

 ゲルティが悔しそうに話した。


「五年前に採取された騎士千人の指紋はゲルティによって分類され、同じ物はないと司法局も認めました。しかし、全ての人が違う指紋を持ち、指紋で個人を特定できると断定するまでには至っていない。だから、他の証拠が必要なのです。しかし、十六年前の事件なので、新たな証拠は出てこない。人の記憶も曖昧になっている。そして、ロビンは頑なに罪を認めようとしない」

 やはりツェーザルは沈んでいる。

「僕は医者だから、人の痛みの感じ方に詳しい。それを活かして拷問だってできるけど、閣下とツェーザル殿が止めたんだ。ロビンが自ら罪を告白しないと意味はないって。だから、他の方法で口を割らせたい。リタ嬢、手伝ってくれないかな」

「しかし、リタ嬢はロビンを遠目に見ただけでに倒れそうになるのに……」

 ツェーザルは私を見ながら、やはり悩んでいるようだった。

「だからって、ロビンを罪に問えなければ、野放しにしてしまうんだぞ。それの方がリタ嬢にとって辛いだろう?」


「私は何をしたらいいのですか?」

 私を放っておいて、ツェーザルとゲルティが口論を始めそうだったので、二人の会話を遮ってそう訊いてみた。おそらく、ロビンに会うことを求められるのだろうなと予測はしていた。

「エディトさんの幽霊になってほしいんだ」

「えっ?」

 私はゲルティの言葉に理解が追いつかなかった。

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