13.充実の日々
開店の日から数日。私は充実した日々を過ごしていた。
最初はあまり客が来てくれなくて心配していたけれど、珍しい特産物や正規品ならばとても高価なものがお手頃価格で手に入るとあって、徐々に訪れる客は増えてきていた。
「ディルク、見て。とても綺麗な真珠の髪飾りだわ。貝のボタンも可愛いわね。虹色に輝いているのよ」
「リーナ、欲しければ全部でも買っていいから」
「でも、あまり贅沢をしてはいけないわ。私はディルクが傍にいるだけで幸せだから」
「リーナに使うのなら贅沢ではないよ。それに、美しいリーナがここで買った宝飾品をつけてお茶会に出れば、地方の特産品の宣伝になると思うんだ。ツェーザルがそんなようなことを言っていた。だから、好きなものを選んで」
「それならば、この髪飾りがいいわ。ほら、涙型の可愛い真珠の横に青緑の宝石がついているの。私達みたいでしょう?」
「本当だ。真珠はリーナの髪のような輝きだし、この宝石は僕の目の色だ」
暑い!
店内の気温が一気に上がったような気がする。お忍びでやって来たのだろうけれど、大柄なディルクと目を引く美女のリーナさんはとても目立っていた。
幸せそうで何よりだとは思うし、ディルクは偉大な将軍で侯爵閣下。この店のものなど全てお買い上げしてもどうってことはないほどの上客だけど、とにかく商品がベタついてしまいそうなぐらいに甘い。
それでも、来店を勧めてくれたらしいツェーザルには感謝しなければ。青碧の闘神と呼ばれる生ける伝説の来店による宣伝効果は計り知れない。また、リーナさんが髪飾りをつけて社交界の集まりに出てくれれば、正規商品まで売れるに違いない。
わかっているのだけれど、やはり暑苦しい。
宝飾品をいくつか、珍しい色の刺繍糸、健康にいいと言われているハーブティ、そして、ツェーザルが買ったものと同じ剣まで購入して、嬉しそうにディルク夫妻は帰っていった。
「はぁ。やっと帰ったわ」
思わずため息をついてしまう。
「随分とお買い上げいただいて良かったですね。あんなに仲の良いご夫妻を見て、店長も羨ましいのではないですか? 結婚しないなどとおっしゃってますが、お客さんの中に店長の恋人がいたりして」
「ツェーザル様とはそんな関係ではありませんから!」
テアがからかうようにそう言ったので、私の頭には大きくて厳ついツェーザルの顔が浮かんでしまった。
「あら、ツェーザル様のこととは一言も言ってないですよ」
デアが笑っている。少し離れた場所に立っていたミルコにも聞こえたのか、いい笑顔になっていた。私は恥ずかしい失言に顔を赤くするしかなかった。
翌日、剣を片手に持った大柄な人物が来店した。職人のような服装はこの地域の住民とは思えない。
「この剣を売ったのはこの店か?」
その男は怒鳴るような大きな声でそう訊いてきた。父が付けてくれた護衛が剣を抜き近づいてくる。
「お嬢様ではなくて、店長にそれ以上近づくと斬る!」
警告を発しながら、護衛は私を背中に隠した。
「違う。何もしないから話を聞いてくれ。俺は武器屋のガル。先日、ツェーザル様からこの剣の研ぎを頼まれたんだ。こんな美しい剣は初めて見た。剣を研いで試し斬りをしてみると、びっくりする切れ味だから、俺の店にも何振りか仕入れたいと思ってな」
「まぁ、商談に来ていただいたのですね」
私は護衛の背中から顔だけ出して見ると、武器屋のガルがにこっと笑った。
結局、手入れ方法も良くわからない私達が扱うよりも、武器屋に引き取ってもらった方がいいのではないかと思い、残っている五振りの剣を全てガルに売り渡した。ガルの店で売れるようならば、本格的に産地から仕入れてガルの店に卸そうと思う。
恋人が買い物をしている間、茶を試飲しながらゆっくり待つことができる場所があればと、男性客から提案があり、細長いテーブルと椅子をいくつか用意して、子爵家からついてきた侍女に茶を入れてもらうサービスを始めてみた。
さすがに侍女の入れる茶は美味しくて、それ目当ての客も増えてきた。
開店から十日後はツェーザルの休日だった。ミルコとテアは店の二階で生活しているけれど、私は護衛と侍女を連れて毎日自宅から店へ通っていた。
「今日は英雄広場に寄ってから店に行こうと思うの」
そう伝えると、御者は頷きすぐに馬車が動き出す。
予想通り、前将軍の墓を見上げながらツェーザルは微動だにしないで立っていた。
「ツェーザル様、おはようございます」
そう声をかけるとツェーザルは驚いたようにこちらを見る。
「リタ嬢、おはようございます。お店はよろしいのですか?」
「前将軍閣下に店のことを報告してから出勤しようと思って、ここに来てしまいました」
そう言うとツェーザルが嬉しそうに笑ってくれた。
「私はゲルティの父親に報告があって来ました。彼は父の最強軍団の一員でしたから、父と一緒にここに眠っています」
この高い塔のような墓には、前将軍と共に戦った人たちが一緒に眠っているらしい。私も思わず墓を見上げた。
「昨日、兄は最強軍団五十名を連れて王宮へ行きました。彼らは全員五年前の出兵時に手形を王宮に収めていたのです。陛下と宰相、司法局長立ち会いのもと、五年前の手形と現在の手形を比べ、全く変化がないことが確認されました。また、千人に余る手形の中に同じものがなく、個人が特定できることも概ね同意を得ました。ゲルティの報告書も功を奏し、貴族全員の手形採取が認められたのです。勅旨発令と共にまずは産業局関連の貴族が招集される手はずになっています。リタ嬢も手形を採取されますからそのお積もりで」
「エディトのために、ありがとうございます」
ツェーザルは私の話を信じてくれて、国の上層部を動かしてくれた。それは、私一人では到底無理なことだった。
「父はエディトさんを殺した犯人を挙げることができなかったのを残念に思っていたようですから、今回のことを喜んでくれるでしょう」
墓を見上げるツェーザルの目は微笑んでた。
今度ここに来る時は、ロビンの罪が露見したことを報告できるかもしれない。




