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11.軍医の悲願

「僕の父も軍医で、常に将軍と行動を共にする最強軍団と呼ばれる者たちの一員でした。だから、エディトさん父娘の旅には父も同行していたのですよ」

 確かに三十歳ぐらいの優しそうな軍医さんが一緒だった。隣国の騎士団に襲われた時、死人はいなかったけれど多くの怪我人がでたので、軍医さんはとても忙しそうに何人もの騎士を治療していた。


「父はね、感激していました。普通の令嬢は護られて当然と思っている。襲撃されて騎士が怪我をするようなことがあっても、それは騎士の力量が足らないためで、怖い思いをしたと文句を言う令嬢さえいる。それなのに、エディトさんは怪我人を気遣い、治療を手伝うと言ってくれたのだと話しておりました」

 遠い目をしたゲルティが私を見て微笑んだ。

「エディトたちを護るために騎士様たちは怪我をしたですから、気遣うぐらい当然です。でも、素人には手伝うこともできなくて申し訳ない思いでした」

 逃げた隣国の騎士たちが再襲撃してくるかもしれないので、無傷の騎士は剣を構えて辺りを警戒していた。戦えないエディトは、せめて治療の手伝いをしようと申し出たのだけれど、たいして役立たなかった。


「まさか未婚のエディトさんに男性騎士の治療を手伝わせるわけにはいかないので、父は怪我をしたディルク閣下を励ましてくれと頼んだらしい。エディトさんが閣下の頭を撫でたり抱きしめたりしていると、ツェーザル殿がとことことやってきて、エディトさんに抱っこをねだったと聞いている」

「あ、それ、覚えています。ディルク様の包帯を交換する時には、エディトが抱きしめて動かないようにしていたのですが、いつも足元にツェーザル様が来ていて、ドレスの裾を引っ張って『だっこ』って言っていました。痛みをこらえて泣くのを我慢しているディルク様も、エディトを見上げているツェーザル様も本当に可愛かったです」

 しみる薬を塗られたディルクの痛みが引くまで、背中を撫でながら抱きしめてからそっと地面に下ろし、両手を上げて抱っこをねだっているツェーザルを抱き上げると、嬉しそうに小さな手でエディトの腕にしがみつきながらすぐに眠りについていた。本当に二人は愛らしかった。


「私は一歳児であったので、それは、胸目当てなどではないですから」

 ゲルティと私の会話に動揺したらしいツェーザルがそんなことを口走り、自分で言って恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして頭を抱えている。

「ツェーザル殿、男の嫉妬は醜いですよ。閣下はエディトさんを護って怪我をしたのだから、抱きしめるぐらい許して差し上げないと」

 ゲルティは笑いながらそう言った。

「一歳児に嫉妬などあるか!」

 ゲルティの冗談だとわかっているので苦笑いしているツェーザル。ゲルティは声を上げて笑っている。私はそんな二人が少し羨ましかった。



「僕は閣下から貴族全員の指紋採取のことを陛下に上奏してもらおうと思っています。閣下はこの国を救った英雄ですから、王宮としても無下にできませんので実現される可能性が高い。だけど、リタ嬢の前世の記憶については、あまりにあやふやな情報なので僕から閣下に伝えることはありません。そして、ロビンの指紋と殺害現場に残された指紋が一致しなければ、彼は犯人ではないと報告します。それでよろしいですか?」

 急に真面目になったゲルティの言葉に、私は頷くことしかできない。王宮を巻き込む大事になりそうで、気後れしてしまい声が出せなかった。


「リタ嬢、安心してくれ。エディトさんを殺した犯人は必ず挙げてみせるから。そうしたら、貴女も安眠できるに違いありませんから」

 ツェーザルが自信ありげに言ってくれたので、本当にロビンが捕まったらあの悪夢を見なくなるのではないかと思えてきた。

「お世話をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」

 私が頭を下げると、ゲルティが頭を横に振った。

「指紋を個人特定のために使うことは、父の悲願でした。十二年前、五歳だった妹が誘拐されて未だに行方不明なのです。その現場に妹の小さな血の手形が残されていした。父はそれから指紋の研究を始めました。そして、人は皆違う指紋を持ち、生涯変わらないとの結論に至ったのです。そのことを陛下や司法局長に認めていただければ、父の研究も報われるでしょう」


 ゲルティのあまりに重い告白に、私はまたも返事ができないでいた。するとツェーザルが微笑んでくれた。

「後は私達に任せてくれればいい。門まで送ろう」

「ツェーザル殿、一歳の時のようにがっつくと嫌われるからな。気をつけろ」

「うるさい! おまえは王宮や司法局へ配布する資料を作成しろ。これからの犯罪捜査のためにも、失敗は許されない」

「御意」

 ゲルティは恭しく敬礼をする。しかし、舌を出して片目を瞑っているので、敬意は微塵も感じられなかった。




「ゲルティはあんな奴だが、とても優秀なんだ。絶対に王宮と司法局を認めさせるから安心してくれていい」

 ゲルティの実験室を出ると、ツェーザルが来た時と同じように大きな体で私を隠すように前を歩き出した。

「本当にありがとうございます」

 一人で悩んでいた頃が嘘のように私の心は軽い。

 来る時と同じように行き交う騎士に驚きの目で見られるけれど、それほど苦にならなくなっていた。

 ツェーザルは無言で歩いている。その速度は私に合わせているのかとてもゆっくりで、その気遣いが嬉しかった。



「開店準備、頑張ってください。貴女の店の開店の日はちょうど私の休日なので、必ず行かせていただきますから」

 門のところまで来ると、ツェーザルは振り返ってそう言ってくれた。

「いらっしゃるのを楽しみにお待ちしております」

 下級貴族や平民の富裕層向けの店なので、あまり高価な品物は扱っていない。五侯爵家当主であるハルフォーフ将軍の弟で自身も伯爵位を持つツェーザルが本当に来てくれるのか疑問だったけれど、ツェーザルに私の店を紹介できるのは嬉しいと思った。 

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