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10.過去の犯罪捜査

「八日後に自分の店を開店する予定ですので、できれば早いうちに騎士団にお伺いしたいと思うのですが」

 軍医さんに話を聞いてもらえば、エディトの記憶のことが何かわかるかもしれない。そう思うと気が急いて、なるべく早く騎士団に行きたいと思った。

「貴女のお店を始めるのですか? それは凄い!」

 貴族女性の多くは職を持っていない。下位貴族の妻や娘が高位貴族の屋敷や王宮で侍女や乳母として働く場合はあるが、多くの貴族女性は結婚後、社交をこなしながら屋敷や領地の維持や発展に貢献している。職を持つということはそんな貴族女性の役目を放棄することでもあり、奇異な目で見られたり、あからさまに侮蔑されたりする。

 だから、店を経営すると聞いて凄いと言ってくれる人がいるとは思わなかった。


「女性が働くなんて言えば、軽蔑されると思いました」

 それは私の素直な思いだった。家族でさえ私のお遊びだと思っている。父は私に甘いけれど、エディトの父親のように本気で私を認めてくれたわけではない。それは仕方がないと思っていたのに、想像以上にさらっとツェーザルに褒めてもらえて、喜びよりも驚きを感じてしまう。

「母は結婚後も騎士とし働く職業婦人でしたから、女性が働くことに違和感はありませんよ。ところで、店が開店したら私も行ってもいいでしょうか?」

「ええ、もちろんです。いつでもいらしてください。歓迎したします」

 私は前世でも現世でも、ハルフォーフ一家に出会えて本当に良かったと思う。




 夜会の二日後、私は護衛と侍女を連れて騎士団を訪れた。

 通用門をくぐると、そこまでツェーザルが迎えに来てくれていた。門近くの控室で護衛と侍女を待たせて、私は軍医さんに会うために、ツェーザルに衛生棟まで連れて行ってもらうことになった。

 さすがにディルクやツェーザルほどの大柄な騎士は少ないけれど、やはり騎士の皆さんは大きな体をしている。そんな騎士の方々に注目を浴びて、私は少し怯えながら騎士団内部を歩いていた。

 ツェーザルはそんな私を守るようにゆっくりと前を歩いてくれた。その大きな背中を見ていると、気持ちが落ち着いてくるのがわかる。

「リタ嬢、大丈夫ですよ。普段は女性に恐れられている私と、普通に歩いている貴女が珍しがられているだけですから」

 私があまりに注目されているのを可哀想に思ったのか、ツェーザルが振り向いてそう言ってくれた。確かに彼の体は見上げるぐらいに大きくて、顔も厳ついけれど、その優しさを私は知っている。そして、それを知るのが私だけならば、それはとても嬉しいと思った。



 薬臭い部屋、棚には茶色いガラス瓶が並んでいて、机の上には見慣れない器具が乱雑に置かれている。

 その部屋の主らしい若い男はゲルティと名乗った。ツェーザルからエディトの記憶を説明されたゲルティは、不思議そうに私の顔を凝視してきた。

「この世界には僕たちの知らない不思議な事がたくさんあります。だから、貴女の記憶のことを嘘だとも本当だとも僕には言えない。貴女の父上であるソルヴェーグ子爵は産業局の職員だから、小さい時にエディトさんのことを誰かに聞いてしまっていたのが、実際の記憶のように誤認しているだけかもしれない。でも、エディトさん殺しの犯人がロビンだと仮定して、再調査する価値はあると思うんだ」

 優秀な軍医だと紹介されたゲルティは、私の記憶を否定しなかったけれど、肯定もしてくれない。それでもロビンの再調査をツェーザルに勧めてくれた。


「そうしたいのはやまやまだが、ロビンは五侯爵家であるシェーンベルク侯爵であり、産業局の局長でもある。彼を取り調べようとすると司法局の許可がいるが、リタ嬢が夢で見たからと申し出ても拘束許可が出るとは思えない。ましてや、ロビンは司法局長のウェラー侯爵家縁の者、確固たる有罪の証拠がなければ拘束許可は絶望的だ。しかし、十六年以上前の事件なんだ。きつい取り調べて自白させる以外、証拠など出てこないだろう」

 悔しそうにツェーザルは唇を噛んだ。


 エディトが殺されて私が産まれた。あの時から十六年も経っている。人の記憶も薄らいでしまっているのに違いない。ロビンがエディトを殺した確固たる証拠など、今更探せそうにない。

「そうでもないかも」

 ゲルティが口角を上げて笑った。その笑顔には自信があふれていた。

「何か勝算があるのか?」

 ツェーザルが訝しそうに首を傾げる。


「地下室の保管庫に行きたいので、ツェーザル殿、鍵の貸出をお願いできるか?」

 騎士団本部には地下室があるらしい。当然部外者であるには入ることを許されないと思う。

「わかった。今鍵を持ってこさせる」

 ツェーザルは部屋を出ていったと思ったら、すぐに戻ってきた。廊下にいた騎士に鍵を持ってくるように命じたらしい。


 しばらく待っていると、大きな鍵を手にした騎士がやってきた。

「ゲルティと一緒に地下室へ行ってくれ。私はリタ嬢とここで待っている」

 ツェーザルも行ってしまうのではないかと不安に思っていたけれど、一緒に残ってくれるらしい。

「ありがとうございます」

 礼を言う私にツェーザルは申し訳なさそうな顔をした。

「済まない。ゲルティは優秀な軍医なので、貴女の記憶のことがわかるかと思ったのだが……」

「ゲルティ様は私の記憶のことを馬鹿にも否定もしなかった。それだけで嬉しいです」

 もしエディトの記憶のことを知られてしまうと、嘘をついていると責められたり、おかしくなったのではないかと心配されるのではないかと恐れていた。

「私は、リタ嬢を信じているから」

 ツェーザルは真剣な目でそう言ってくれた。私はその言葉に涙が出そうになった。


「ありがとうございます。でも騎士団に不利になったり、争いが起きるようなことはお止めくださいね」

 ブランデスには五侯爵家というものがある。それぞれの家長は侯爵位を持つと共に、宰相、将軍、司法局長、財務局長、産業局長を務める。五侯爵家は基本的に互いに不可侵である。もし、騎士団が強制的にロビンを取り調べたりしたら、騎士団の信用は失墜してしまうし、貴族間の争いに発展してしまうかもしれない。

「大丈夫ですよ。ゲルティに何か考えがありそうです。必ずやロビンの罪を白日のもとにさらしてみせますよ」

 ツェーザルの自信に満ちた頼もしい言葉を聞いていると、本当に実現できそうに思えてきた。




「僕の実験室で何をしている? 僕が探しものをしている間に、ツェーザル殿はリタ嬢を口説いていたのか?」

 突然聞こえてきた冷たい声はゲルティのもの。

「ち、違う。そんなことをしていない!」

 狼狽えているツェーザルも可愛いと思い、私は思わず微笑んでしまった。ゲルティも苦笑している。



「これを見てくれ。僕の父が保管していたエディト殺害時の証拠物件の手形だ。窓ガラスに血でできた手形ついていたので、父が濡れた紙に写し取ったものだ。複数枚あり、全ての指が揃っている。細かい紋様まではっきりとわかるっだろう?」

 広げた紙には赤茶けた染みがついていた。確かに人の手の形をしている。

「四年前に戦死したゲルティの父がずっと研究していた指紋か?」 

「そうだ。指紋は一人ひとり違い、生涯変わらないとの仮説を立てて、父はそれを証明しようとしていた。そのため、五年前に隣国との戦争に出兵する騎士のうち、千人余りの指紋を取って王宮に預けている」

 ツェーザルの問いにゲルティは即座に答えた。亡くなったお父様のことをとても尊敬していたのだと思う。


「現在の騎士の指紋と照合して変化がなければ司法局も認めざるを得ないだろう。そうなれば、詐称や入れ替えを防ぎ尊い血を守るためとでも言って、貴族全員の指紋採取にを行えれば、ロビンの罪を証明できるかもしれない」

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