一縷 【二話】
ボクは一人公園の前に立たされていた。
季節は冬、クリスマスが間近に迫り雪がチラチラと降り注ぐ中、ただ茫然とその場に立ち尽くされていた。
***
【数時間前】
「遊ぶって具体的に何をするんですか?」
屋上に設置されていた非常階段を螺旋状に下りながら、ボクは少年に質問した。
「単純なゲームだよ。ただのかくれんぼ。やりたい方があるなら希望を聞くけど?」
少年は悪戯っぽい笑みを滲ませた。
「なら、鬼のようをやります。」
「了解。精々走り回って見つけ出すといいよ。」
***
【現在】
『かくれんぼ』だなんて変だと思った。
小学生じゃあるまいし、この寒空の下そんな遊びをしようなんて提案してくるごと自体がおかしな話だったんだ。
そう、ボクは普通に騙されていた。
少年はどこを探してもおらず、途方に暮れていたのだ。
どうしてこんな単純な嘘に乗っかってしまったのだろうか___。
気持ちが混乱していたというのも、もちろんあるのだろう。
だが、あの少年ならボクに違う世界を見せてくれるのではないか___。
そんな淡い期待を胸のどこかで抱いていたのかもしれない。
だってそうそうある事ではないだろう?
命を救ってもらう機会って。
そんな一大イベントで知り合った少年に少し期待するくらいいいじゃないか__。
「……はぁ。」
結果、騙されているということは何も変わらないが。
***
それからボクはほどなくして、施設へと移った。
母から逃げ回るボクを心配して近所の人が通報してくれたからだ。
かといっても、何も状況は変わらない。
母は幸せになるまでボクを追う、とそう言っていた。
要するに見つかってしまえば、また同じということだ。
「律くん、学校の行き方分かるよね?大丈夫?」
ボクが入った「ほほえみ学園」と称された児童施設の園長先生は、地図を片手に通学前のボクに確認をとる。もちろんニコリと微笑み返答を告げたが、よほど心配だったのだろう、ボクの姿が消えるまで見送ってくれた。
白い息を大きく吐きながら、頬を赤く染め懸命に手を振り続ける園長に照れ笑いを浮かべながら振り返し、ボクは新しい学校へと足を向ける。
ほほえみ学園はボクの住んでいた地域から少し離れてはいるが、そこまで遠い距離ではなく、電車で2時間強といったところだ。
だから母に会う確率はまだまだ高いといえた。
だが、都内から電車を1時間走らせただけなのに、まるで違った景色が一面に広がっていた。
高層ビルの代わりに田園風景が広がり、無数の車の代わりにトラクターがのんびりと道路の隅を走っている。そんな所だった。
心なしか空も高く、空気も澄んでいるように感じた。
ゆっくりと自転車を走らせること20分、目的の高校が見えてきた。
この辺一帯にある唯一の高校ということもあり、予想以上に生徒が沢山いた。
田舎の人は時間にルーズだと言うが、時計そのものがゆっくり進んでいるのではないかと錯覚するほど、みんなマイペースだ。
24時間空いているはずのコンビニは夜22時には完全閉店し、登校時間になってもまだ空いていない。カルチャーショックもいいところだった。
ボクは緊張した面持ちで、職員室の扉を開け、すぐに深く一礼し名前を名乗った。すると一人の教師が立ち上がり、手招きを繰り返す。
急いで駆け寄ると、どうやらボクの担任の先生となる人のようだった。
「この時期に転校生とか珍しいね。よろしくね、担任の平川です。都心から来たんだよね?慣れないことも多いかもしれないけど、仲良くしていきましょう。」
ビシッと清潔感溢れるスーツを着た、若めの女性だった。几帳面な性格なのを表すかのように、髪もしっかりと一つにまとめられており、机の上も細かく整理されていた。
「はい、よろしくお願いします。」
再度深々と挨拶をし、平川先生と共に教室へと向かう。1-C、これがボクのお世話になる教室のようだ。声高な女性の号令と共に、担任が入って来ると席を立ちあがり軽く一礼をし迎え、先生の一言でみな席へと腰を落とす。
「今日は転校生を紹介します。黒田くん、入ってきて。」
呼ばれると頭を下げながら中へと向かい、みなの方を向き、またまた深々と頭を下げる。
「黒田律といいます、よろしくお願いします。」
「こんな時期に転校生が来るのは珍しいだろうけど、みんな仲良くしてあげてくださいねー。」
恒例の紹介が終わったあと、指定された席へ向かう。窓際が近く後ろ側というのはなんとも幸運だ。すぐに隣の席へ挨拶をしようと顔を向けると両サイド二つとも空席状態だった。
ホームルームが終わると、一斉に話しかけられ、どう対処して良いか分からず、終始苦笑いを浮かべてしまった。
何事もなく昼休みまで来ると、クラスメイトに食堂へ案内してもらい、焼きそばパンを一つ購入。構内の場所を把握する予習も兼ねて、一人パンを頬張りながら廊下を歩く。
「結構広い学校だな……田舎は土地が余っているからかなぁ……」
屋上へ続く階段らしきものを発見し、興味本位でドアに手をかけると、鍵がかけれていることもなく簡単にドアが開いた。
最近の学校では屋上に鍵がかけられている事が多かったため、ボクは驚きなんだか得した気分になり扉を思い切り開けた。
冷たい風が一気に吹き抜ける屋上には、突風に煽られたら落ちてしまいそうな低い小さなフェンスが囲むように建てられているだけで、少し不安を覚えた。
「あんなフェンス……意味あるの?」
疑問に思いながらもフェンスに近寄ると、不意に背中を押され、視界が一気に空から地面へと変わる。
「あんた、本当高いとこ好きだねー」
突き飛ばしたであろう少年の声に聞き覚えがあった。
しかもしっかりと腕を掴まれているこの状況にもだ。
「これで同じだ。もう一回聞いてあげようか?生きたいの?死にたいの?」
間違いない、あの時の不思議な少年だ。
「あの時言ったでしょ。ボクは死にたくなくなったんだって!!」
「あっそ。」
返答が気に食わなかったのか、少年は乱雑にボクを引き寄せ、地面へと投げた。
「………どうしてここにいるの?」
聞かずにはいれなかった。
あの時命を助けてくれた少年が、何故今ボクの前に再び現れたのか。
ここは現実なのか___を知りたかった。
「どうしてって、あんたやっぱ頭おかしいだろ?服、見れば?」
そう言われ少年の服へと目をやると、この学校の制服であるグレーの学ランに身を包んだ少年の姿があった。
「………学ラン似合わないね。どう見てもブレザー顔なのに。」
「は?」
「いや、なんでもないです……。でも驚いた。なんで転校先の学校にいるです?」
「それはこっちのセリフ。あんたなんでこの学校にいんの? 寂しいから会いに来たのかな?」
少年はあの時と同じ、燃ゆるような赤髪を風に乗せ、シニカルな笑みを浮かべていた。
「会いにって……、君の事何も知らないのに。それに逃げたじゃないですか……。」
「逃げた?」
「ボクはあの時情緒不安定だったんだ。なのにそんなボクをほっぽり出して、逃げたじゃないですか。」
「俺が逃げたっていう根拠は?」
「どこにもいなかったくせに……。確かに『かくれんぼ』なんて騙されるボクもボクですけど、やっぱり普通に考えて酷くありませんか?!」
「ちゃんと隠れてたけど?」
「え?」
「そもそもさ、逃げる距離とか指定した? どうせ公園の周り探し回ってただけなんじゃない?」
「……そうですけど。普通そんな遠くに隠れてるなんて常識的に考えませんよ。」
「常識って。君の常識が俺の常識であるとも限らない。俺の常識が君の非常識だということだって十分考えられる。そして俺は聞いたよね?『何か疑問はある?』とはね。君はこう答えたはずだ……」
「「ない」」
確かに言った記憶はあった。
だけど、やっぱり屁理屈だとしか思えなかった。
「じゃ、どこにいたんですか?」
「自分の部屋だけど?」
「な?!!!!!」
「俺はちゃんとゲームをしていたけどね。ルール違反はしていないし。鬼に見つかってもいない。本来ゲームとはそういうものだ。暗黙の了解的な不確定要素を確認しないのは日本人の悪い癖だと思うけどね。文句を言うなら、君は疑問をきちんと口にすべきだった。なんとなくとか曖昧で済ませるから、そうなる。いい勉強になったんじゃない?」
「………そうですね。」
「一つのことが万人にあてはまりはしない。めいめい自分にふさわしい流儀を求めよ。」
「なんですか、それ。」
「ゲーテの言葉だよ。常識は時に外れ、非常識を呼ぶ。だがこれは常識であり非常識でも有りうる。ま、あまり固執した視野にこだわらないことだね。」
少年は踵を返し、扉へと歩き始める。
ボクは不思議と再び少年の腕をつかみ取っていた。
「だから……なんでいつも呼び止めるわけ?」
「よく分からないけど、一緒にいてください。」
「はい?」
ご拝読頂きありがとうございますm(__)m
こんなドン亀投稿に付き合ってくださっている方が一人でもいると思うと、本当に有難い限りです。
本当にありがとうございます。
これからも暇潰しとし利用して頂ければ幸いです。
今度の更新は『禁忌』か『残月夜』になる予定です。
どうぞこれからもよろしくお願い致しますm(__)m




