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カーテンの閉められた暗い部屋にタイピング音が響く。
壁面に置かれたモニターを前に男は一心不乱に作業をしていた。
モニターに映し出された数字は刻一刻と変化し、グラフは上下を指し示す。
静音を保つためにつけたヘッドホンと、最適な売りと買いの駆け引きに集中するあまり、彼は背後から伸びる白い手に気付けない。
「権次お兄様」
突然奪われたヘッドホンと聞こえた声に公孫樹権次は驚きと同時に振り返った。
そこには白とピンクのワンピースを着た女が立っていて、ぎょっとなる。
「尚香か!? どうして……」
「ややわあ、久しぶりにあった妹への最初のあいさつがそれですの?」
そんなだから恋人の一人もいないのだ、と不満そうに口を尖らせる尚香だが、権次としては挨拶どころではない。
「大きなお世話だ。それより、どうしてお前がここにいるんだよ?」
尚香は権次の妹だ。
少々大人びた容姿をしているため、年上に見られがちだが、まだ中学生で、四月からようやく高校生になるという所。
権次は大学進学を機に家をでており、実家からは遠いこの地に妹が来るという連絡は受けていなかった。
それどころか、ここ一年ほど、権次は親に連絡すらとっておらず、親も権次の居所を知らないはずだった。
権次は現在、大学を中退し、高校時代からやっていたお小遣いを元手にしたデイトレードで、生計をててている。
大学をやめる際、その時住んでいた家は引き払い、親には居所を告げずに、ここに移り住んだ。
半ば、失踪扱いされていてもおかしくない状態なのに、どうして妹は平然としているのか。
「どうやって、この場所を知った? どうやって入ったんだよ。鍵は閉めていたはずだぞ」
全く状況を理解できずにいると、妹も権次の態度を不思議に思ったようで、首をかしげている。
「お兄様の居場所を聞いたら、宝珠が普通に案内してくれましたよ? 鍵だって、普通に合鍵を使っていましたけど……」
言いながら尚香が後ろを指差す。
その時になって初めて妹な背後にもう一人いることに気がついた。
「権次様お久しぶりでございます」
言葉とともに沸き立つように現れたのは黒髪の美しい男だ。
服装が暗灰色のスーツで、室内に光源があまりないことが災いして気づくのが遅れたようだ。
まさか、彼まで付き添っているとは。
宝珠周は尚香と権次の実家に昔から仕えている使用人の息子だ。幼馴染と言っても良い相手であり、特に二人の兄と仲がよい。
そのため、現在では側近のような立場にいて、兄の仕事を手伝いをしていたはずだ。
そんな相手が、どうして尚香と共にこの場に現れるのかわからないが、権次はその姿を睨んだ。
「なんで、宝珠がこの場所を知ってる? なんで合鍵までもってんだよ」
「むしろ、見つからないと思っておられたほうが、こちらとしては驚きなのですが」
しれっと告げられた宝珠の言葉に、権次はバカにされた気分になる。
昔からそうだった。昔からこの兄の側近に勝てた試しはない。
それどころか、権次にとって兄、父親は目の上のたんこぶのような存在だった。
昔から、なんでも出来た長兄と比べられてきたせいで、なにをしても自信につながらない。
このまま家にいたら、一生劣等感にさいなまれる。
そんな自分を変えるべく、権次は家との関係を絶ったのだ。
今更、一体なんの為に彼らが現れたのか。
権次が想像できる範囲で、最も高い確率なのは、自分を連れ戻しにきたことだろう。
だが、当然ながら、権次はなにを言われても、帰るつもりはなかった。
これまで親にすべてを任せて生活してきたせいで、この一年ほどの生活は大変では合ったが、充実していた。ようやく、少しずつ自信がついてきたところだと言うのに。
「いっとくけど、俺は家に帰ったりしないからな」
「私もあなたを連れ戻しに来たわけではありません」
宝珠にあっさり否定されて、権次は拍子抜けしてしまう。
「じゃあ、何のためにここに……」
「もう、なんや、ようわからしまへんけど。ここに来たのは私がお兄様に用事があったからです」
「尚香の用事……? 断る」
感じた嫌な予感に、権次が間髪入れずに拒否すると、尚香は不満そうに口をとがらせる。
「まだ、なにも言うてまへんえ」
「どうせ、ろくでもないことだろう?」
一人娘のせいか公孫樹家の人は尚香とことん甘い。
兄や父親は率先して彼女の願いを叶えようとする。しかし、そんな二人に気に入られたいためか、彼女は彼らに願いを口にすることはほとんどない。
だが、その逆に権次にはよくわがままを言っては、困らせてくるのだ。
その殆どが小さいが、面倒極まりない。
権次が高校時代、授業中にわざわざ彼女からの電話で呼び出されたかと思うと、雑誌に載っていたスイーツを買って届けてくれと言われたときには切れ掛かった。
「まあ、かわいい妹からのかわいいお願いを断るやなんて、鬼の所業!」
「やかましい! どっちにしたって、今の俺は家にいたときほど金はないし、出来ることなんて殆どない」
実際、親の保護下を離れたことで、いかに自分が世間知らずであったかわかった。
マンションの契約一つ取るのだって、保証人がいるし、家族と連絡がつけられない権次に世間の目は非常に冷たかった。
稼いだお金だって、若い彼がどうして大金を持っているのか、疑われたこともあり、簡単に使うことができなかった。
もし、現在お世話になっているアルバイト先の喫茶店の店主がいなければ、今自分はここにはいなかっただろう。
しかし、それを告げても尚香は引かなかった。
「私、お兄様に出来ない頼み事をしたことなんてしたことないでしょう?」
確かに、尚香の願いはたいてい、面倒だが、権次が出来る範囲のもので、達成できなかったことはない。
「だからといって、聞く聞かないは俺の勝手だ」
「そんなことを言わず! どうしてもここに通いたいのです!」
そう言いながら、尚香が鞄から紙を取り出し、権次の目の前にかざした。
「『私立三国ヶ原学園高等部、入学のご案内』? お前、すでに行く高校決まってなかったか?」
「そうですけど。私、どうしてもここに通いたいんです。お兄様のご友人にこの学園の理事がいらっしゃる、と宝珠から聞きました」
だから、なんでいちいち宝珠が知っているんだ、と問い詰めてやりたいが、今はそれどころではない。
「いや、今はすでに三月だろう? 受験も終わってるのにどうやってお前、入るつもりなんだよ」
「だからお兄様のお力が必要なのですわ。どうしてもここがいいのです!」
力説する尚香だが、権次には状況が理解できない。
「ここがいいと言われてもな、俺は知らないぞ。そんな学校名聞いたこともない」
「嘘です! 宝珠が私に嘘を言うわけがあらしまへん」
確かに、宝珠は嘘だけは言わない。
どういうことだ、と視線を投げかけると、これまで兄妹の会話に口を挟まなかった宝珠が聞き覚えのある名前を一つ口にした。
「バイト先の常連の名前だが、それどうし……まさか」
途中で気がついて言葉を止めた権次に宝珠が「正解」とばかりに微笑みを浮かべた。
おそらくその常連が尚香が通いたいという学園の理事なのだろう。
だが、どうしてそんなことを宝珠が知っているのか。
「本当にどんな情報収集能力なんだよ。だが、バイト先の客にそんな無茶な頼みが出来るか」
「そこを何とか」
「だから無理だって。今回ばかりは諦めるんだな」
それで会話は終わりとばかりに、手を振った。
しかし、尚香は引かなかった。それどころか、権次の邪険にした腕に取り付き、懇願してきた。
「諦めません! 頼んでくれるだけでよいですから」
その必死な様子に、権次は「おや」となった。
尚香はワガママは多いが、一度断るとそれ以上のむちゃを要求することはない。
しかし、だからといって聞いてやれる願いではない。
「あのな。お前の頼み毎って、裏口入学って言われるたぐいのやつだぞ。犯罪なんだよ。そんなことに加担するつもりはない。お前が考えているほど世間は甘くないんだ」
「そこをお兄様の力でなんとか!」
「だから、無理なものは無理だって……」
「お兄様ならわかってくださると思ったのに!」
どういう理屈だ、と思いはしたが、尚香の顔を見てぎくっとする。
尚香の目尻には涙が浮かんでいた。
「おい、なにを泣いてるんだよ」
「お兄様が行けずしはるからです!」
「あーあ、妹泣かしていけないお兄様ですね」
「俺が悪いのか?」
ぼそっと聞こえた宝珠の言葉に思わず、突っ込んでしまう権次だ。
「大体、どうしてそこまで必死に……」
「……しょく」
ぼそっと聞こえた言葉に権次は動いを止める。
--しょく、蜀?
それは遠い遠い昔の記憶。
大陸の覇権を争い、互いに死力を尽くして戦った相手の国の名前。
権次には自分になる前の記憶がある。
それは二千年近く経っても、まだ名前が伝わるほどの大人物だった。
孫権仲謀。三国志で有名な呉の王。
それは小学校高学年くらいから夢のカタチで見始めたものだ。
最初は、学校で習った世界史の影響かと思った。
孫権の立場は権次によく似ていた。
名門の出でありながら、孫権は特別な才に恵まれない男だった。
それに対し父親と兄は揃って優秀で、その二人の死後、後を継いだ孫権はその名の重さに悩んだという。
そんな部分に共感して、孫権になった夢を見たのだろう、と。
だが、その後も何度となく夢を見た。
その中で教わっていない歴史や人物の名前が夢で現れるようになって、さらにそれが史実に登場する人物と合致するとなれば、話は変わる。
権次は徐々にこれはただの夢ではなく、前世の記憶ではないかと考えるようになった。
だが、それを誰かに話した覚えはなかった。
どうして、三国志関係の名前が尚香から出たのかわからない。
きっと聞き違いだ。そう思って、権次は聞き返した。
「しょく、ってなんだ?」
「蜀ですわ。知っているのにとぼけないで。仲謀お兄様?」
「……っ!」
権次にだけ聞こえるように密やかに耳打ちされたその響きは遠い日に自分を呼んだ女の声に重なる。
その女の名前は孫尚香。
孫権の妹にして、蜀に嫁入した孫夫人、その人だった。
「なんで……?」
「私、今日、蜀の方らしき人に会いましたの。その瞬間記憶が蘇りました」
「そんなことがあるのか? いや、そもそも、どうしてお前は俺を仲謀と…‥?」
「まあ、私がお兄様を見間違えるはずがありませんでしょう?」
微笑む妹だが、その顔は今まで見てきた尚香のように見えて、全く別人を見ているような気分になった。
いつの間にかからからに乾いていた喉を一度つばを飲み込んで湿らせる。
「会ったのは、……蜀の誰だ?」
「そこまではわかりません。ですが、私達同様記憶を持っていらっしゃるように見受けられました。そして、その方が落としたのがこのパンフレットなのです」
「つまりお前は進んで、奴らに近づこうとしているというのか?」
信じられないことに、尚香は微笑んだ。
「ええ。面白そうじゃありませんこと?」
なにも面白いことなどない!
そう怒鳴ってしまいそうになったが、ここにはなにも事情を知らない宝珠がいる。
孫権としての記憶を持つことなどあまり知られたくない権次は極力、激情を押し殺し、冷静に尚香を見つめた。
「ダメだ。そんな事情なら余計に」
「なぜですの? お兄様も旧交を温めたいと思いませんの?」
「お前が尚香なら、あいつらに俺がしたことを知らないとは言わせないぞ」
孫権がしたこと。
戦争であったとは言え、関羽を斬首し、その首をもう一つの敵国であった魏の王に送った。
それだけでなく、関羽の弔い合戦を仕掛けてきた劉備を迎え撃ち、冷静さに欠いた彼の軍を返り討ちにした。そのことに気を落とした劉備は負けたまま病死したと聞く。
戦争だった。お互い命をかけていたのだ。
恨み、恨まれなど当たり前でお互い様だ。
だが、殺されたほうが本当にそう思うか。
正直孫権の記憶が蘇って以降、権次が最も恐れているのは自分と同じように過去の記憶を持った武将に出会うことだった。
もしそれが、関羽や劉備だったら。
そのほか、一国の王だった孫権が、殺した人間は数知れない。
彼らが死の間際の記憶を覚えていて、孫権である自分がここにいることを知ったらどう思うだろう。
復讐されるのではないか。
そんな恐ろしい想像が常に権次の頭にあった。
そのため、権次は記憶が蘇って以降、人が怖くて仕方がなかった。
中學、高校、大学と親しい人ができなかったのはそのためである。
「俺は誰であってもあの時の知り合いに会いたいと思わない。お前も悪いことはいわんから近づくな」
「では、どうしても私のお願いを叶えてくれないということですか?」
「当然だ。帰れ」
話は終わりと尚香に掴まれたままの腕を振り払った。
すると、尚香の目がすっと細くなる。その変化にぎくりとする。
なにを言われるのか、と警戒するが、尚香は予想とは異なる言葉を口にした。
「わかりました。もう、お兄様には頼みません」
予想外の言葉に一瞬驚くが、次の瞬間、固まった。
「入学は出来ずとも、高校に出向くことくらいは出来ますもの。私一人で行ってきます」
「は? なにしに……」
「もちろん記憶のことをお話して、旧交を温めようと思いますわ」
「だから、どうしてそんなことをする必要がある」
「もちろん私がやりたいからです。私のやることをお兄様にとやかく言われる筋合いはありませんわ。それに私は一時期とはいえ蜀におりました」
蜀と呉の同盟のため、尚香は一時期劉備の后であったことがあるのだ。
その後、同盟関係が不要になった際、孫夫人は呉に帰された。
「屈強な侍女をつけて、伽に訪れた漢中王を震え上がらせていたというな」
「それも良い思い出です。ああ、昔話のついでにうっかり、お兄様の事をお話しても、ご容赦くださいね」
「は? そんなこと許せるわけ無いだろ!」
「せやかて、入学出来ないとなると、お会い出来る時間ほとんどありまへんし、いちいちお兄様の事を隠して喋るなど、そんな芸当、私には時間的に無理です」
尚香の言葉は脅しも同じだ。だが、尚香の強情な性格を知る権次だけに、この妹は口にしたことは実行するだろうことはわかった。
忌々しい気分で妹を睨んで、権次はうなった。
「それは俺を脅しているのか?」
「まあ、脅しなど。人聞きの悪い。私はただ可能性をお伝えしているだけですわ」
歯ぎしりする権次に微笑みを浮かべていた尚香だが、ふっと真顔になる。
「ねえ、お兄様はあの時代を懐かしいとは感じませんか?」
「俺は……」
懐かしいという思いが無いといえば嘘になるだろう。
あれは人の記憶であり、かつて実際に体験した出来事だ。
出会った人々、交わした会話、それぞれ、血が通っていて、すべてが懐かしい。
だが、それ以上に現代の平和な道徳の世界で育った権次には恐ろしいものだ。
しかし、尚香は違うようだった。うっとりとした様子で、どこか遠くに記憶を飛ばすような顔をする。
「あの時代、あの時。常に私たちは明日をもしれぬ身でしたが、それでも、あの時代で私は『生きた』心地がしました」
まるで今を生きていないような台詞だが、その意味するところは権次とて、分からないでもない。
現代よりずっと命が軽い時代。
現代の様に明日を太陽を拝めることが当たり前でない時代。
昨日の友が、明日には敵として襲い掛かってくるかもしれない。
一日一日が死と隣合わせで、否が応にも生きることに対して、貪欲にならざるを得なかった。
「あの時代に確かにあった高揚を、私はもう一度感じ取りたい」
「……理解できないな」
権次にとって、あの時代の記憶は悪夢のようなものだ。
そもそも、孫権はもともと上に立つような器ではなかったと思う。
ただ、盛り立てられ、過去の英傑だった兄と父親の影を必死で追っていた日々。
気づけば、あまりに多くの血と屍の上に立っていた。
それを思うと、懐かしさや高揚以前に吐き気がするのだ。
「今のお兄様はそうでしょうね」
どこかさみしげに笑う尚香に権次はなにも言えなかった。
「あの、お話中、失礼致します」
声をかけてきたのは宝珠だった。
それまで黙って兄妹の横で会話を聞かない配慮なのか、姿が見えなかったのだが、尚香の新幹線の時間が迫っている、ということで声をかけてきたようだった。
「まあ、まだよいではありませんか。もう少しで、お兄様を説得できるというのに……」
「いや、お前は帰れ。」
「お兄様、私は……」
「話だけは通しておく。ただ、頼むのは入学試験を受けさせてもらうことだけだ」
「お兄様?」
「知り合いのコネを使うのは受験資格までにしておけ。でないと、他の生徒に失礼だ」
高校は義務教育ではない。そのことを伝えると、尚香の顔がぱっと明るくなった。
「それはもちろんですわ。ですが、いいのですか?」
それまでの勢いはどうしたのか、疑問を投げかけてくる尚香に権次は苦笑した。
「いいもなにも、脅しといてないだろう。その代わり、一切俺の名前は出さないことを誓えよ」
「わかりましたわ。うふふ。大好きですわ、お兄様」
尚香が嬉しそうに抱きついてきた。
その体を受け止めながら、権次は「お前は、思い出さないほうがよかったよ」という言葉を飲み込む。
権次の記憶がなかったことにできなかったように、言っても意味のないことだ。
それから、尚香は上機嫌で、宝珠にせかされるように、実家へと帰っていった。
それを見送り、権次は再び、椅子に体を沈める。
一人になって、物音のしなくなった部屋の中で権次は尚香が出会ったという蜀の誰かに思いを馳せる。
一体誰なのだろう。
どれだけの記憶をどれだけ持っているのか。
権次とて、幼い頃から夢の形で知る孫権の記憶をすべて思い出しているとはいえない。
孫権を恨んでいるのだろうか。実際に、会ったら殺したいと思うだろうか。
出会った瞬間、殺されるかもしれない。
そんな恐ろしさを感じつつも、このご時世でそんなことが起こるとも思えない自分もいる。
改めて思う。
自分はどうしたいのだろう。
孫権だった自分は過去のもので、今の自分は公孫樹権次という人間だ。
もし殺したいと思うほど恨まれていたとしても、どうして前世の自分の業を背負わされなければならないのかと言う思いはあった。
どうして自分が死の影に怯えて、引きこもらなければならないのか。
「俺も、そろそろ向かい合わなくちゃならないか」
ずっと、このままではいけないことはわかっていた。
このまま自分は一生前世に背負わされた影に怯えて生きていくしかなくなる。
尚香にはああ言ったが、殻を破る良い機会なのかもしれない。
誰だかわからないが、尚香が出会ったという蜀の誰かに会う。
それは権次にとって、途方もなく恐ろしいことに思えた。
けれど、このまま一生過去の影に怯え続ける人生を送ることに比べれば良い気がする。
だが、それでも準備が必要だということには変わりない。
せめて、合う前にその人物を特定しなければ。
そういえば、尚香に詳しい話を聞いていなかったことを思い出す。
家に帰り着いたら連絡があるだろうから、そのときに詳しく聞こうと思った。
その前に蜀で関わった人の事を思い出す。
積極的に今まで思い出そうとしたことがなかったが、案外悪い記憶ではなかった。
彼らとはごく短期間であったが蜜月とも言うべき、仲が良い時代もあったのだ。
あの時、敵を同じにして、酒を酌み交わし、互いを信用した気持ちに嘘はなかった。
あの時の気持ちで再び、付き合いたいと思うのは権次の勝手かもしれない。
だができれば、それを願わすにいられない権次は、妹の願いを叶えるべく、電話に手を伸ばしたのだった。
続きを書くかは不明につき、切りがいいので、ここで完結とさせていただきます。