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【最終回】日常へ

 樹木の「祭りが終わった」という言葉が全てだった。


 俺はこの真っ白な世界を知っている。俺が死んだ後に、最初に樹木と出会った場所だ。


 その場所に俺は戻ってきたのだ。


 「3年は『ひまわりデイズ』の世界を堪能できると思ったんだけどな」


 俺は樹木の頭をポンんと軽く撫でた。いつもはすごく嫌がる素振りを見せるくせに、今はそんな仕草もない。少し寂しさを感じた。


 「すまない。あの世界を維持するのが限界になったのじゃ。一からあの世界を構築しているわけではないからな。ただ現実の一地域を借りているだけじゃ。レンも知っているはずじゃ」


 「池袋が普通に存在したからな。時間も流れていた」


 以前、佐藤芳佳と遊びに行った時に気付いた。


 「そのとおり。外の世界とズレがでないよう時間を進めていたが限界じゃった。まあ、でもそれ以上に―――」


 樹木は口に手を当てると、少し笑みを浮かべた。


 「『ひまわりデイズ』は大きな事件が起きない日常系の物語ということじゃ。レンは異物だな」


 その言葉で初めて納得できた。きっと、俺はあの世界から排除されたのだろう。


 「それで―――俺はこれからどうなるんだ? 死ぬのか?」


 樹木は死神だ。完全に忘れていたが、俺を殺したのはこいつなのだ。


 あの世界は、殺さないで放置してしまったことへのプレゼントだったのを思い出した。


 樹木は静かに立ち上がると、顔を伏せたままこちらに近づいてきた。そして、表情が見えないまま、


「生きたいか?」


 と言った。


「いや、別に」


 俺は即答した。樹木はびっくりしたようで、顔上げて目を見開いている。口をあんぐりと開け、言葉に詰まっているようだった。


「そ……そこは『い“ぎだい”』って言うところじゃろ!!!」


「悪いが元ネタが思い出せん。最初に言ったじゃないか、たいした人生じゃなかったって」


「ぐ……ぬぬぬぬ……」


 なんか言葉に詰まってやがるな。


「でっ! でも、あの世界は! ひまわりデイズの世界は楽しかったじゃろ?」


「まあ……」


 それは嘘ではない。もしあの世界がずっと続くなら―――。きっと生きたいと言っただろう。でももうあの世界はないのだ。市井さんも太田さんも一ノ木さんもアルファも生徒会の皆も、全て消えてしまった。


 佐藤芳佳は―――どうなったのだろうか。


「だろ~。楽しかっただろ~。もしあの世界に近ければ生き返りたいと思うじゃろ? てか生き返りたいって言え。私の努力が無駄になるだろ」


 え、生き返れるの? 樹木の努力? なんか重要な事をサラッと言ったな。


「まさか……生き返って高校生からやり直せるとか……?」


「いや、それは無理じゃ」


「なんだ。社畜なおっさんに生き返るのはご遠慮したい。死にます」


「ま、まあそう言うな! 実は現実世界は2024年なのじゃが、レンと芳佳は生きている。現実世界をこの形にするのもどれだけ時間がかかったか……。特に佐藤芳佳関連の記憶をどれだけ操作したと思っておるのじゃ……。レンなんてアラフォーだぞ! この世界で過ごしてもらうために、実際に殺してはいない」


「アラフォー? 死んでない? 意味が分からん」


「時間を戻すことはできないのだ。お前たちの魂の片割れは、ちゃんと現実世界で生きている。そこにお前たちの、今ここにいる魂を返す。今の記憶に、2016年から2024年の記憶が追加される形だな」


 聞けば聞くほど罰ゲームのように思えてきた。高齢独身確定だった俺がアラフォーで戻ってどうしろと言うのだ。


「いっそ殺して」


「そう言うな! 私が寂しくなるのが嫌なのじゃの!! レンと芳佳……二人ともっと遊びたくて頑張ったのに……。いっぱい働いて……ようやく夢がかなったから、そんなことを言わないで欲しいのじゃ……。グス……。ずっとお兄ちゃんって呼ばせてくれ……」


 樹木はそう言って泣いた。まさかそこまで思われていたなんて。


 たしかに樹木はいつも楽しそうだった。あの世界が永久ではないことを一番理解していたのは間違いなく樹木だ。俺達と少しでも長く過ごすために、時々現実世界に戻って仕事をしていたのだろう。


 何よりここまで他人に思われたことがなかった。悪い気はしなかった。


「まあたしかに、樹木がいればアラフォーでも面白いかもな。記憶は持ったままだし、三十路の佐藤芳佳をからかいに行っても面白いかもしれない。あと、佐藤芳佳の死で悲しむ人がいなくった世界は見てみたい」


「そうだそうだ」


 樹木はうんうんと頷いている。


 そうとなれば話は決まった。


 俺は40歳? になっているはずだ。


 そして、2016年から2024年の記憶が流れ込んでくるのならば、きっとその経験を追体験するようになるのだろう。ああ恐ろしや。


「じゃあ記憶を戻すぞ。そしたら芳佳も交えて『孤独・ロック』の映画総集編を観に行くからな」


「なんだよその作品」


「ふふふ、最高のアニメなんだよねえ。文化祭の続きじゃ」


 文化祭の続きか。最高じゃん。


「いいね。乗った」


 **************


 **************


 2016年


 都内のコーヒーショップ。


 次の営業先に行くまでの時間潰しにも慣れたものだった。ノートPCで『ひまわりデイズ』を流し見しながら資料を整理する。


 市井さんは今日もかわいく、一ノ木さんは相変わらずよく喋る。アニメの二期がないことが心の底から悔やまれた。日常系アニメがブームな今こそやるべきだと思うのだが。


 そんなことを考えていたら昼が終わろうとしている。流石に営業先に遅刻は許されないし、商品が売れないとまた上司にどやされる。気が重い。


 冷めたコーヒーを飲み切り、レシートをつかみレジに向かった。


 「午後も仕事頑張るか」と思ったその瞬間。


 僕の意識がバキバキと覚醒するのが分かった。


 これはコーヒーのせいだろうか? いや。そんなコーヒーある訳ない。脳に電撃が走るコーヒーがあってたまるか。


 理由は分かっている。目の前にいる店員さん―――。


 どこからどう見ても市井ゆう役の声優、『葵 聖』だった。


 ここでアルバイトをしているのか……。ほぼ無名な声優さんだし、誰も気づかないのは当然だ。代表作が『市井ゆう』くらいしかないのだから。


 夢でもみているみたいだ。毎日声を聴き、イベントでも見たお顔。そして、市井ゆうの魂とも言える人。


「あ……」


 声をかけたい。でも気持ち悪いと思われるかもしれない。下手したら通報されるかも……。


「?」


 不思議そうに首をかしげるお姿がまた可愛らしい。こんなおっさん相手になんともったいない。勇気を……勇気を振り絞れ。


「ひ、ひまわりデイズ……大好きでした……い、市井さんが一番好きで……葵聖さんが一番好きです……。ほんと……愛しているくらいです。愛してます!!!!!!」


 ****



 その時の佐藤芳佳の姿は忘れることができない思い出になっている。


 そして―――今日も八年前のその出来事を樹木と共にからかってくる。


 お前が主演の映画なんだから少し大人しくできないものかと思う。


 この映画の最後は文化祭ライブらしい。もちろん佐藤芳佳が歌っている。


 彼女はこの作品で一気に有名声優となった。


 『ひまわりデイズ』の世界で最後まで見ることができなかった文化祭ライブ。


 八年越しのライブ。


 楽しみが止まらない。生きてて良かった。


 「今度は最後までちゃんと見てね」


 佐藤芳佳が耳元でささやいた。

読んでいただきありがとうございました。こちらのサイトでは活動をしなくなってしまったので、投稿が少し遅れてしまいました。

流石に連載当初から読んでいらっしゃる方はもういないとは思いますが、もしいらっしゃれば、この場を通して深く、深く御礼申し上げます。お陰様で当初のプロットに近い形で話を終えることができました。

少しでも心に残る作品であれば幸いです。

改めまして、読んでいただき誠にありがとうございました。

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