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舞台の終わり

 体育館にギターの、ベースの、ドラムの音が鳴り響く。その音に、俺の中の水分が熱を持っていく。


 二か月に満たない練習でよくここまで演奏できるようになったと思う。桜城達的にはまだ少し不満があるかもしれないが、思い出作りのおふざけでなく、本当に真剣に取り組んだ結果だ。


 そして、佐藤芳佳―――いや葵聖の歌唱力。


 前の二組には申し訳ないが、素人とはやはり違う。体育館の隅々まで葵聖の声が染み込んでいくようだった。


 今歌っているのは最近流行った曲だというのを差し引いても、一番観客が盛り上がっている気がする。


 その盛り上がりの半分は、もちろん俺達三人であることに間違いない。


 ひたすらに拳を振り上げ拍手を送る。


 バンドのライブなんか行ったことある訳がない。そんな陽的な人生、こちとら歩いていない。アニメか何かで見た記憶を頼りに、とにかく体を動かした。


 「みんなかっこいいね!!」


 一ノ木さんが興奮気味に言う。


 「ああ! めっちゃかっこいいな!」


 俺も興奮が抑えきれなかった。あの葵聖と市井ゆうが一緒に歌っているのだ。市井ゆうは二次元のキャラクターで、葵聖はその中の人だ。その二人が、時にはアイコンタクトを交わしながら演奏をしているのだ。


 ここは二次元なのか、それとも三次元なのだろうか。そもそも次元ってなんなんだ。中に入ったら全部三次元だろうが。


 アルファなんか泣きすぎてもはやステージを見ていない。もちろん感動しているポイントは、俺とは絶対に違う。それでも、その気持ちは理解できる。


 いつの間にか一曲目が終わっていた。簡単な自己紹介とお礼のあいさつを終えると、すぐに次の曲になる。それが最後の曲でもあった。


 イントロが始まった瞬間、心臓にナイフを突き立てられるような感覚に襲われた。


 次も最近流行った曲のはずだった。放課後に練習をしている姿も見ているし、なんなら貰ったセットリストにも書いてあった。


 なのに実際流れたのは―――。


 まさか『ひまわりデイズ』のオープニング曲だった。


 観客が戸惑っているのが分かった。


 あたりまえだ。この曲はこの世界には存在しない。このアニメ世界のオープニング曲なのだから。まあ、そもそも現実世界でこの曲をチョイスしても一部のヲタクしか反応がないだろうとは思う。


 佐藤芳佳がこちらを見て微笑んだのがはっきり分かった。いや、葵聖か。


 思考が奪われているいくのが分かる。『ひまわりデイズ』のオープニング曲に、体中の細胞が取り込まれているのが分かる。


 もはや何が現実で、何が非現実なのだろうか。境界が分からなくなる。


 どんどん世界が曖昧になっていく。佐藤芳佳を見ていると、この世界にいては駄目だと心の底から思う。彼女は、葵聖になるべきだし、市井ゆうになるべきだ。


 この世界で声優になるべきだ。そういう才能を持った人なんだ。いや、まてよ、この世界に『将来』ってあるのか? 作られた世界だって樹木が……。


 いやいやあるに決まってる。現に俺はこうして日常を生きてるじゃないか。


 楽しく、何も変わらない毎日。ちょっとしたイベントはあるけど、大きな事件や事故なんて起きない世界。そういう日常がこの世界じゃないか。


 ここは日常なんだ。


 市井さんも、太田さんも、樹木もこちらに目線を送っている。笑顔だ。毎日よく見た顔。明日も見るに違いない。


 アルファが泣いている。笑顔だ。どっちかにしろ。明日も突っ込みが追い付かない。


 一ノ木さんを見た。一ノ木さん。一ノ木青花。この子は―――。


 大好きな、人生において最も大事なアニメの―――主人公だ。


 楽しい時間をありがとう。市井さんを奪ってごめん。


 その瞬間、俺の意識は途切れた。




 *****


 ?????

 

 ****************



「いい加減目を覚ませ」


 声に促され、僕はゆっくりと目を開けた。目の前には小さな女子の子が座っていた。


 なんだ樹木じゃないか。なんかギターを抱えてぼんやりと座っている。文化祭はどうした―――。


 不気味なほど真っ白な空間。俺と樹木以外に何もない。俺は―――ここを知っていた。


「……祭りは終ったのじゃ」


 樹木は、小さな声で、そう言った。

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