一ノ木青花という女の子
「私も誘って欲しかったな」
少し怒った様な口調で一ノ木が言った。日曜日のバンド練習の話を山田先生から聞いたからだ。放課後、いつものように生徒会室へ向かっている時に、テンション高めな山田先生に出会ったのが運の尽きだった。
「見ても面白くないぞ。ただ練習していただけだ」
警戒感は薄れたとはいえ、下手に誘えば佐藤芳佳が怒るはずだ。
「その練習を見たかったんだよね。聞きたかったなあ……。芳佳ちゃん歌上手なんだよね」
「よく知ってるな」
「四月頃一回だけ遊んだことがあるんだよね。その時にカラオケに行ったんだ。うますぎてビックリしたよ。歌の趣味は全然違ったけどね!」
四月頃と言えば、佐藤芳佳が市井さんと一ノ木達を引き離そうとしていた頃だ。まさか一緒にカラオケまで行っていたとは。本当に手段を選ばなかったんだなと感心すらしてしまう。趣味が違うのは、きっとアニソン三昧をしたからだろう。容易に想像がつく。
「芳佳ちゃんとはもう少し仲良くなれると思ったんだけどなあ……」
一ノ木は少し寂しそうに言った。佐藤芳佳の意図など分かるはずもなく、一ノ木からしたらいつの間にか離れていったクラスメイトという印象なのだろう。
自分の学生時代を思い返せば、離れて行った友人なんて一人二人ではない。どんな人間だったかすら思い出せないが、当時は落ち込むことも多かったような気がする。
今考えればたいしたことではない。社会人になれば利害関係でくっついたり離れたりは頻繁に起こる。人間関係に期待はなくなる。
だからこそ―――仲のいい女子高生達が利害関係もなくお喋りしているだけの『ひまわりでいず』は癒しであり、活力であり、ファンタジーであったのだ。そう思うと、市井さんだけでなく佐藤芳佳とも交友関係を築けなかった一ノ木が可哀そうに思えてきた。
「でもさ、高山と竹下とは凄く仲いいじゃん。羨ましいよ」
一ノ木、高山、竹下、そこに市井さんはいないけれど『ひまわりでいず』の絆は固いはずだ。俺はそのことをよく知っている。
彼女たちはいつでも一緒だし、原作と言う名の運命が彼女達の仲を補償している
原作 is ジャスティス。
尊み全開。一ノ木達に栄光あれ。
「え……別にそんなに仲良くないけど……グループ違うし。私は宮リンのグループだし、なんか勘違いしてるでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。
「え、だってほら……よく話をしてる……いや……」
そこで俺は言葉を飲み込んだ。よくよく思い出すと―――。この世界で彼女たちが仲良く話をしている記憶がない。自分の中にある記憶は、全てアニメと漫画の記憶だ。
「ほらー! やっぱり勘違いでしょ。二人は同じグループみたいだけどね」
てっきり彼女達は放課後の教室で、『ひまわりでいず』のように楽しくお喋りをしているものだと思っていた。
いや、佐藤芳佳が市井さんを一ノ木達から引き離した段階でこの作品は壊れていたのだ。そして、俺はそれに反発せず傍観した。
俺自身がこの世界の変化を認めたのだ。
仮に市井さんに対して恋心を寄せれば、それが叶うか叶わないかは別にして、普通の学生として青春の一ページを刻むことができるはずだ。
「最近はレン君とも仲いいけどね、私」
ニコニコとそう語る一ノ木が生徒会室のドアを開けた。
こんな笑顔を『ひまわりでいず』では見たことがない。
「やあ、遅かったじゃないか」
いつも通りの桜城の言葉。
「一ノ木さん、今日もご機嫌ですね」
嬉しそうな時流の表情。
「今日も頑張ろうね☆」
弾ける笑顔の小鞠。
「レン君、昨日の続きといきましょうか」
タブレットPCを準備し、手招きする鋼。
分かっているつもりだった。冷めたなんて理由をつけていたけど、やっぱりどこかまだ認められない自分がいたのだ。
ここはもう本当に『ひまわりでいず』の世界ではないのだ。
それがたまらなく寂しかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。




