僕の知らないひまわりでいず⑤
「ドリンクバー三つね……」
タッチパネルを押していき、とりあえずドリンクバーを注文した。
樹木と佐藤芳佳の注文が全く決まりそうにないので、とりあえず先に注文することになったのだ。
「このチキン食べたいのう。少し辛味が欲しい気分なのだ」
「わかるよー。このキノコのピザも頼まない?」
「待て待て、もうマルゲリータを頼むことになっておる。そんなに食べられるかの?」
「うーん、そうだったね」
こんな感じである。1歩進んで2歩下がる。「適当に頼んでみんなで食べればいいじゃん」と提案すたものの、二人に「それは違う」とハモリながら却下されてしまった。
「よし、これでいいね!」
「決まりじゃな。ほらタッチパネルで注文せんか」
「わかったよ」
再びタッチパネルを操作する。しかし、樹木のアップデートが入り2020年から2022年頃をベースに世界を構築し直したそうだが、たった二年ほどで店のシステムが変わり過ぎてついていくのがやっとである。飲食店に限らずどこでもセルフを要求される。
樹木が言っていたリアリティの意味が少しだけ分かった気がした。現実の世界とこの異世界を行き来する樹木にとって、この差異はストレスになるのだろう。たった数年で現実世界も未来的になったものだ。
まあ、最新のアニメ事情を共有したいというのが本来の目的化もしれないが。
「レンは、ひまわりでいずは何巻まで読んだの? あ、これウーロン茶ね」
「あ、ありがとう」
いつの間にか佐藤芳佳はドリンクバーからメロンジュースとウーロン茶を取って来ていた。無茶振りばかりするように見えてたまにこんな風に気を使ってくれる。やっぱり推してよかったという思いと、俺ってすごいチョロい男だなあと思いが交錯する。
樹木は安定のドリンクバーでブレンド遊びである。今時小学生でもやらないのでは? と思う。組み合わせによっては意外と美味しいのであるが、不味さを追及するようなブレンドはご遠慮したい。
「最新の11巻まで読んだ」
「私と一緒だ」
「あれ? 本当? あのメッセージの感じだと、てっきり6巻だけだと思ってた」
「面白くて一気に読んじゃった」
佐藤芳佳が満面の笑みで答えた。その表情を見て俺は心の底から安堵した。
「実は樹木ちゃん12、13巻持ってるらしいよ」
「あーこの間アップデートしたからか。後で借りよう。あいつは美味しい物を出し惜しみするところがあるからなあ。こっちから言わないと」
「わかる。そういうとこあるよね」
「何か言ったかの」
どす黒い液体を抱えた樹木が戻って来た。
「ひまわりでいずの12,13巻持ってたなら貸してくれよって話」
「はっはっは、すっかり忘れておっての。帰ったら貸してやるぞ」
樹木はちょっとおどけながら許してねのポーズをすると、席に座りどす黒い液体を美味しそうに飲み始めた。ああ……ちゃんと美味しいブレンドになってるのね……。
6巻のあとがきを含めた感想を聞こうと思ったが、本人の表情からも聞くのは野暮かなと思った。きっと満足している。その時の感情を引き出して、無理やり共有しようとするのは少し悪趣味かもしれないと思った。
苦しければきっと話してくれる。そんな関係は築いてきたはずだ。今は普通に感想を言い合おうと思った。
「で、社会人編どう思う?」
「というか大学生編もあるんじゃん!」
「そうだよ。言ってなかったけ?」
「言ってないよー」
「ネタバレ防止がしっかり働いた結果かな。市井さんだけでなく、みんなの個人情報だから」
「はいはい。そういう冗談はいりません。でも大学生編面白かったよね。一ノ木さんがあんなにアウトドア派だと思わなかったよ。高山さんと竹下さんとも別行動が増えるし、二人の趣味も意外だった」
現在のひまわりでいずは1から7巻途中までが『高校生編』7巻途中から10巻途中までが大学生編、10巻途中から11巻終了までは『社会人編』となっている。もちろん13巻時点ではどうなっているかは分からない。
「花火大会の時にも原付バイクを乗り回してたしなあ。生徒会室でも結構活発だし。一ノ木さんとは最近関わることが増えて、ちょっと違う一面が見えてきた感じはする」
「すっごい!!! デレデレしてるよね~~~~。一ノ木さんに!!」
佐藤芳佳が口を尖らせている。
「そ、そんなことはない!! お、俺からしたら有名人と仕事してるようなもんで! 嬉しくってつい」
「私も有名人なんだけどなあ」
ほっぺを膨らませてメロンソーダをブクブクと泡立てる。
「あーわかったよ! とにかく、俺も大学生編は楽しかったよ。意外と市井さんも出てくるしね」
「そう! そうなんだよね。 6巻でさ、やっぱり退場だよねって思ったんだけど、いい意味で裏切られたよ。まさか、声優を目指し始めるとは思わなかったし」
そうなのだ。
漫画の中の『市井 ゆう』は、大学生になると同時に有名な声優養成所に通い始め、夢に向かって努力し始めるのだった。
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