かいこう!
僕と樹木は草場の影から息を潜めて校門を見つめていた。校門が思ったより近くて助かった。パッと見渡した感じでは、この学校はかなり広いような印象を受ける。
次々に登校してくる生徒達は、始業時間が近いせいもあってか焦りが見える。
「遅刻するよ」
樹木は呆れ顔で注意してきた。確かにその通りではあるのだが、それ以上に僕は、二人の出会いの場面が見たいのだ。
そんな注意をしながらも、樹木もそのシーンを見てみたいようで、妖精のような小さな体で具現化していた。長い黒髪に白のワンピースといった格好で、ちょこんと僕の肩に座っていた。退屈そうに足をブラブラさせている。とてもかわいい。常にこの妖精形態でいてくれるなら転生した甲斐があるかもしれない。
「遅刻しないとあのシーンを見れないないからしょうがない」
片時も目を離せない。遅刻ギリギリに来るのは分かっているが、万が一見逃してしまっては一生悔いが残る。だから目を離す訳にはいかない。
「この後『一ノ木 青花』と『高山 羽希 』の二人が、チャイムが成り終わった少し後に、同時に飛び込んで来る。そして、締められた校門を飛び越え、全速力で教室へ向かう。途中、彼女らは競争しながら自己紹介をする。それが彼女達の最初の出会いだ。初めて出会ったとは思えない会話のキャッチボールが印象的なんだ。ああ、この出会いは運命なんだなと納得せざる負えない。何度見返した事か」
少し熱っぽい語りに樹木は若干引いているのが分かった。そ、そんなに気持ち悪い語りだったかな。少し傷つくな……。ただ説明しただけなんだが。
「…………まあ、なんだ。見てみれば分かる。あ、ほら、先生が校門を締め始めた」
チャイムが鳴った。一度目のチャイム。先生が校門を締めるためのチャイムだ。締め終えると、一度先生は職員室へ戻る。
そして、しばらく間を置いた後に二度目のチャイムが鳴る。このチャイムで先生達は各自の教室に向かう。
一度目のチャイムと二度目のチャイムの間の僅かな隙。誰もいなくなった校門に人影が見えた。女の子だ。もちろん二人いる。勢い良く校門を駆け登っている。声が、微かに聞こえて来る。
声を聞きたい。一生懸命に耳を傾けてみるが、どうにも良く聞こえない。ここから校門まで少し遠かったか。
僕の目の前を二人があっという間に駆け抜けていった。まるでマラソンランナーを応援する観客のような気分だった。一瞬の出来事。一瞬の邂逅。
何度も、何度も繰り返し見た容姿と声だった。ここが現実世界とあまり変わらないなんて嘘のようだ。仕事の合間に安らぎを与えてくれた夢の世界が、間違いなく存在する事を実感できる。ここは何次元の世界なんだろうか。
そう、一瞬であったが確かに僕はアニメの世界にいた。『ひまわりでいず』というアニメ作品の世界の一部になれた。アニメと全く同じ声、同じ動きだった。今にもBGMが流れてきそうだった。
ここが『マンガの世界』ではなく『アニメの世界』であるという意味がようやく分かった。
「本当に、アニメの世界に来たんだな…………」
「そりゃそうだよ。死神、嘘つかない」
ドヤ顔の樹木。それは死者の世界のことわざか何かなのだろうか。まあいいや、今この幸せを噛み締めたい。彼女達がこの世界に存在するという事実を深く心に刻み込みたい。この世界に転生出来て良かった。言葉は悪いが死んで良かった。ありがとう樹木。
ただ、一つ残念な事もあった。
「会話内容は途切れ途切れでよく分からなかったなあ」
「これだけ遠ければ聞こえないのはしょうが無いだろ。私も全然分からなかったし。でも、二人がアニメの中の人なんだよな。あー、作品を見とけば良かったな」
読んでいただきありがとうございます。
8/22加筆修正