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【8】目の前真っ暗です。

 明日から4連休が始まる。

 サツキは自分の明るい性格を最大限に生かそうと命イッパイテンションを上げて、彼が部活を終えるのを待っていた。

 ……胸が躍る。

 部活が終わるのを確認してから、駅へ向う。

 学校周辺では他の誰に見られるか判ったもんじゃない。

 結果がどうであれ、とりあえず知り合いの目に触れない場所で彼に会おう。

 彼女は電車に乗って自宅側の駅で降りると、ツカサが帰ってくるのを待った。

 こんな時、乗降駅が同じなのは便利だな。と、少しだけ思う。

 どれくらい待っただろうか。

 サツキが腕時計を見ると、既に3時を回っていた。

 今日は全校午前授業だったから、部活が終わる時間も早い。

 終わった所は確認して来たから、それから着替えて雑談して……電車の時間からいってもそろそろ来る頃だ。

 胃の内側がせり上がってくる感じがして、上手く唾を飲み込めない……

 サツキは後ろから伸びるプラタナスの枝先を見上げた。ちょっとだけ、コンタクトの感触が瞳に浮き出る感じがした。

「……来た!」

 駅の改札口を出る彼の姿を見て、サツキの胸は高鳴った。

 既にテンションは少し下がっているのに、まるで鼓動だけが別の感情を持っているようだ。

 そうなると気持ちは怖気づいて、ヤッパリ帰ろうなどと考えてしまう。

 ダメダメ……今日言わなかったら何時言うの。今日がチャンスよ……

 サツキは何度も自分に言い聞かせる。

 見えないもうひとりの自分が、背中を強く押した。

 ツカサは短い前髪を靡かせながら歩いてくる。

 駅から出るとタクシー乗り場が横にあって、少し先にタバコ屋が在る。

 そこに並んだジュースの自販機の横にサツキは寄りかかっていた。

 ツカサが彼女の姿に気付いたのを見て、サツキは意を決して前に歩き出す。

「つ、ツカサ……」

 その後の言葉が出ない。

 から元気と笑顔……それしかないと思った。

「お、お帰り。今、帰り?」

 ツカサはチラリとサツキを見たが、立ち止まらなかった。

 彼女は小走りにツカサに並んで歩く。 

「あ、あのさ。明日からの連休……暇?」

「部活……」

 彼は短く応えた。

 部活……そうか、部活あるんだ……サツキはそれを聞いただけで、めげそうになった。

「で、でもさ、映画とか行く暇とかは、少しだけならあるんでしょ?」

 ツカサがようやく立ち止まった。が……

「何だよ。何が言いたいんだ?」

 何だかこの前もよりぶっきら棒な喋り方だった。いかにも機嫌が悪そうだ。

「な、何って……映画とか……行かない? 一緒に……」

 サツキは彼の顔を見上げたが、ツカサは正面を向いたまま微かに眉間にシワを寄せた。

「何処かのイイ関係の男と行けばいいだろ」

 ツカサはそう言って、再び歩き出す。

 サツキは一瞬動けなかった。

 彼の言った言葉の意味が理解できなかったから。

 暖かいはずの風が何だか冷たく感じて、まるで液体窒素の海へ浸かったみたいに心の中が途端に凝固して壊れだす。

 彼女は足早に彼の前に出て、ツカサの行く手を塞いで停まった。

 ツカサは少し驚いた顔で立ち止まるが、すぐに視線をそらす。

「イイ関係の男って何? どういう意味よ」

「ヤリたくてコンタクトに変えたんだろ」

「何それ?」

 ツカサは全く視線を交わそうとせずに、空を仰ぐ。

「そりゃ、メガネじゃいろいろと面倒だもんな。お前がコンタクトにしたかった訳が、やっと判ったよ」

 パンッと乾いた音が響いた。

 銀杏の木にとまっていたスズメが数羽飛び立って、周囲にいた僅かな群衆が振り返る。

 客待ちをしていたタクシーの運ちゃんが、倒したシートに思わず起き上がった。

 サツキはツカサの頬を叩いていた。

 何も考えられなくなっていた。

 全身に冷たい稲妻が走って目の前は真っ白になった。

 真っ白な中に、頬を打たれたツカサの顔だけが浮かんでいた。

「何で……? 何でそんな事言うの?」

 サツキは彼の言葉を聞かないまま走り出していた。



 * * *



 砕けた……見事に砕けちゃったよ。もう粉々で砂粒だよ……

 サツキはベッドの上に制服のまま身体を投げ出して、何時までも天井を見上げていた。

 窓から黄昏の夕陽が入り込んで、部屋の壁紙をオレンジ色に染めていた。

 言わなきゃよかった……

 言って損した……めちゃくちゃ勇気出したのに。心臓が破裂しそうだったのに……

 アイツ、あたしの事そんな風に見てたの?

 なんでそんな事言うの……?

 サツキの心の中は、モヤモヤとしてうっくつした気持ちで満たされた。

 もうダメだ……もうこれで、朝の挨拶も出来なくなってしまった……

 リスクを含んだ試みだった事をサツキは知っていた。

 幼なじみの絆を壊してその先に進む事に失敗すれば、今までの全てを無くしてしまう事は判っていた。

 もう彼と言葉を交わす事はないだろう。きっと、二度と無い……

 このまま他人となって、残りの高校生活を別々に送るのだ。

 サツキは思いつく限りのネガティブな結末を想像して絶望に駆られた。







次回【9】だって、姉妹じゃん。

は、3/14未明更新の予定です。


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