【7】けっこう頑張りました…
翌日の朝……
風に吹かれる黄砂も止んで、蒼い空が見上げる彼方に広がっている。
二軒向こうの門扉が開閉される音を、サツキは確かに聞き取る。
何時もとはちょっと違う笑顔で、ツカサに声をかけた。
彼は一瞬驚いて、少し俯いて片手を小さく上げる。
何時もと反応が違う……
彼の曖昧なリアクションは何時もの事だが、何処かが違っていた。
気分? それともヤッパリ、今日のあたしの姿にちょっと驚いた?
サツキの手は思わず耳の傍に行ったが、今日は掴む物などない。
慌てて手を下ろして独りで失笑する。
ローファーの靴音が何時もより小気味好く響いた。
彼女はツカサの背中を小さく捕らえながら、いつもより胸を張って闊歩した。
「サツキ、ついにヤッタじゃん」
教室へ入ったサツキを見て、イズミが駆け寄った。
サツキは昨日の放課後、再びコンタクト専門店に向った。
この勢いを逃したら、もうありえないと思った。
最後のチャンスだと自分に言い聞かせて、痛みと恐怖に耐えた。
ショップのお姉さんとの会話中、思わずその瞳を覗きこむ。
「あ、あの……店員さんもコンタクトなんですか?」
「ええ、あたしもソフトレンズを使ってますよ」
マスカラが黒々と着いた睫毛を瞬きさせる。
「大丈夫、直ぐに慣れますよ。最近は小学生もけっこう使ってますから」
サツキの決心は変えようが無かった……最後のチャンスと心に決めていたから。
家に帰ってから何度も着け外しの練習をしたが、やっぱり上手く出来なかった。
実は今朝も、装着するのに10分以上かかってしまった。
取り外す事を考えると、今から気が重い……
しかしサツキはそれを振り切るように
「うん。あたし的には頑張ってみたよ」ミズキに向って言った。
「うんうん、最初は痛いけど、直ぐ平気になったでしょ?」
サツキは笑って「うん、だいじょうぶ。もう平気そうだよ」
「二回目は痛くなかった?」
「初めてに比べればね。まだちょっと変な感じはあるかな」
「なれるなれる」
イズミはそう言って笑うと
「ある意味快感でしょ? 決心した甲斐があったでしょ」
「うん。なんか、世界が変わるよね」
ハルカが丁度教室に入って来て二人のそばへ駆けて来ると、僅かに会話が届いていたのか、いきなり話しに入り込む。
「――そうそう、世界が変わるのは初めての時だけよね」
サツキとイズミは同時に振り返って
「その話、違うから……」
しかし、それを少し離れて見ていた男子がいた。
藤木悠介……
彼は他の男子と昨日発売だったPS3のゲームの話で盛り上がっていたが……
「おい、あいつら何言ってんだ?」
藤木と話していた田畑俊雄が、サツキたちの会話を僅かに聞いて言った。
「あいつら、もうヤッちゃったのかな?」
藤木も一瞬そう思ったが
「そ、そんなの知るかよ」反射的にそう答えた。
詳細はわからないが、そう捉えるような会話だったのは確かだ。
「如月のやつ、メガネかけて無いじゃん」
藤木はひと目見て気付いていたが、田畑の言葉で気付いた振りをした。
「あ、ああ。そう言えばそうだな」
「あいつ、彼氏出来たのかな?」
「さあ、いてもおかしくないだろ」
そんな事を言うのは心苦しかった。
少し前まではいなかったはず……密かに藤木はそんなチェックはしていた。
ただ、急激に距離を縮める可能性のある相手の存在も知っている。
片蔭ツカサ……
部活の友人であると同時に、藤木にとって密かなライバルでもある。
もちろんツカサの方は、藤木のそんな気持ちは知らない。
ツカサは100メートルの短距離ランナー。藤木は高飛び選手。
互いに種目がバッティングしないのは、幸いだと思った。
しかしツカサは如月サツキの幼なじみ。
既にアドバンテージがある。
藤木は誰にでも気さくなキャラを、自分自身で時々鬱陶しく感じていた。
そのイメージが、彼女への特別なアプローチを妨げるのだ。
藤木は困惑した笑みを隠すように、田畑に向って
「でさ、お前昨日のゲーム何処までクリアした?」
次回【8】目の前真っ暗です。
は、一日空きます。
3/12夜半過ぎの更新予定です。