【6】ラストチャンス?
サツキは家に帰るとパソコンをネットにつないでレーシックを調べてみた。
コンタクトもメガネもナシで、1,5の視力は魅力だった。サツキも小さい頃は裸眼でその視力を持っていたから。
今日会ったヤヨイは、中学時代よりもずっと可愛く見えたような気がする。
もちろん、成華高校の制服によってあか抜けて見えたのかも知れないが、それだけでは無いように感じたのだ。
しかし……サツキはその治療法を読んだだけで身体が震える。
最近はほとんど無いらしいが、以前は術後に目の異常を訴える患者もいたそうだ。
「ダメダメ、あたしにはできっこないよ」
思わず声に出た。
彼女は気を取り直すと、コンタクトレンズのショップサイトを探して幾つも眺める。
書いてある事は何処も一緒だ。
通販もあるし、いかにもお手ごろ感がある。
誰でも直ぐに装着できるような、そんな雰囲気で、やっぱり明日行こう。そんな気持ちが潮のように満ちたり引いたり……
しかし自分にあった目の矯正タイプを選ぶ機能などを使うと、彼女の場合一発でメガネの項目へ行く。
目に異物を入れたくないのだから、当たり前の事だった。
「サツキ、ご飯よ」
階下から母の声が聞こえた。
サツキは溜息をついてサイトを閉じると、PCの電源を切った。
五月の息吹は慌しく姿を変える。
少し強い風が朝から黄砂を運んで、景色は微かに黄粉色に霞んでいた。
駐車場の車がほんのりと粉っぽく砂を被って、まるで砂漠の戦場で置き去りにされた戦車のように沈黙している。
駅を降りると学校までは緩やかな上り坂になっていて、レンガの敷かれた歩道を登ってゆくと、その先に大きな正門が見える。
サツキは正門前の横断歩道を渡っていた。
十数メートル前方にいるツカサの背中は、既に校門を潜っている。
明日学校へ来れば、あとは4連休。
4連休の間にツカサに何らかのアプローチがしたい。いや、何かしなければ。
そんな思いが彼女の心をかき立てた。一度動き出した気持ちはブレーキが効かない。
お昼休みの校舎のここそこ……
春に出来たカップルは、こぞって連休の計画の話題で賑わいを見せる。
「いいなぁ、遊びに行く連中は。部活もGWぐらい休みにすればいいのに」
イズミが教室のベランダに寄りかかって空を仰ぐ。
上空の雲が風に乗ってぐんぐん動いて流れてゆく。
「かわいそう……あたしは連日遊び放題だ」
ハルカがイズミの隣に寄りかかった。
イズミは部活らしいが、ハルカは彼氏とお出かけの予定らしい。
「サツキは?」
ハルカが訊いた。
「あ、あたしは……の、のんびりするかな」
そう言いながら、少し移動して教室の窓側に寄りかかる。
「サツキはXデーが在るんじゃないの?」
イズミが笑った。
いまひとつピンとこないハルカは「何? えっくすデーって」
「何でもないよ。何も無い」
慌ててそう言ったサツキは、風にあおられる髪をかき上げた。
「あっ、そうか!」
ハルカが声を上げた。いかにも頭の上に電球が煌いたような笑顔。
サツキの胸が一瞬跳ね上がる。
「サツキ、コンタクト買いに行くんだ」
「いや……うん。どうしようかな……」
サツキはホッとした反面、少しだけ苦笑した。
そんな喧騒に包まれると、サツキの心はいよいよ焦った。
早いうちに手を打たなければ……
思いを告げるとか、コクるとかそんな大それた気持ちなんて無い。
ただ、再び二人で会いたい。久しぶりに二人で出かけたい。
何か小さくてもいいから進展が欲しいのだ。
この前電車で偶然会い、一緒に帰ったのが引き金にもなり、サツキの心は止め処なく焦燥感に煽られ揺らぐ。
しかし……
やはりその前にこのメガネを止めるべきか……
こんなにいても立ってもいられない気持ちになったのは初めてだ。
朝、彼に声をかけることで幼なじみの関係は変わらないと思っていた。
でも、その関係から抜け出したい自分がここにいる。
幼なじみは決して特別ではない……
だから、特別な関係を求めるという事は、幼なじみを捨てなくてはならない。
高校というステージに上がった途端、それは急激に膨れ上がった。
心の中が熱くなって、全身の血潮が騒ぎ立てる。
大人に一番近い子供。
虚ろぐ季節の中で、彼女は確かにそれを感じていた。
次回【7】けっこう頑張りました…
は3/10夜半過ぎ、更新予定です。