【4】メイドとメガネってどういう関係ですか?
ゴールデンウィーク最初の休み。
サツキはハルカと一緒に隣町にあるショッピングモールに買い物に来ていた。
南風ハルカも、イズミ同様に中学からずっと仲のいい友達だ。
「イズミは部活だって?」
ハルカがオニューのサンダルの踵を気にしながら言う。
彼女は三人の中で一番背が高く、パッと見は一番綺麗どころだ。が、実は一番の天然ボケでもある。
「うん。何かね、一年でレギュラーに選ばれそうだって」
「へえ、凄いじゃん」
モールの中を歩きながら、二人の会話が雑踏に流れた。
今日一緒にいないイズミは、ジャズ管弦楽部に入っている。
まだ出来て3年目のその部は、レギュラーのチャンスが多い。
イズミは中学の時クラリネットをやっていた。
サックスが吹きたいといってジャズ管弦楽部へ入部したらしいが、思いの外上達が早くて意外にも期待の新人らしいのだ。
「あの娘、器用だからね」
ハルカはそう言って、アイスクリームの店に視線を向けた。
「そ、そうだよね。イズミって、起用だよね」
コンタクトをスイスイ着け外し出来るのもそのせいだ。きっとそうだと、サツキは思った。
しかし昨日のツカサと歩いた記憶が、サツキの心を焦らせる。
やっぱりコンタクトにするべきなのだろうか……練習すれば、上手に取り外す事ができるのだろうか……
サツキは昨日の彼の言葉と同時に、その時の表情を細かく思い出してみる。
イズミが言った、「メガネはキスの邪魔になる」という言葉が頭の隅から離れない。
「ねえ、アイス食べよう」
ハルカは一端立ち止まると、サツキの返事も聞かずにアイスクリームの店に向かって歩き出した。
「サツキ、コンタクトどうするの?」
ハルカはコーンに乗った3段重ねのアイスを、ちょっと色っぽい唇で齧る。
二人はアイスクリームショップ前に在る屋内テラスに腰掛けて、雑踏を眺めながら会話を交わす。
「どうしようかな……」
サツキはシングルのアイスを口に着けた。
「メガネがイイっ。て男もいると思うけど」
ハルカは既に二段目のアイスに到達している。
「そ、そうなのかな……それって、商業的に造り上げた流行でしょ?」
「そんな事無いよ。あんたのメガネっ娘ぶりは、好感度あるじゃん」
「メガネっ娘って言うな」
サツキはそう言いながら片手でメガネを触ると、再びアイスに口を着けた。
朱色の太陽が駐車場に並ぶ車の窓に反射している。
買い物が終わって外へ出ると、眩しい夕陽が人波を照らし出していた。
「陽が長くなったよね」
ハルカが空を見上げた。
サツキがそれに応えようとした時、視界の隅から誰かが足早に近づいてくる。
「あの……キミ、高校生?」
ダークなブラウンスーツに身を纏った男は、黒い長髪だった。
今風のビジネスマンっぽくも見えるが、何処か夜の臭いがする。
「えっ? あ、あたし?」
「そうそう、キミ、メガネ似合うよね。モテルでしょ」
「はあ?」
サツキはきょとんと男を見上げる。
ほっそりと長身の男は、見栄えだけがとりえのような感じだ。
「あの……ナンパですか? しかもメガネっ娘萌え」
ハルカがサツキの横から覗くようにして言った。
「ああ、ごめんね。きみも可愛いけど、今日はメガネの娘を探してるんだ」
「探してる?」
サツキが応えると、ハルカが「やっぱり、メガネ萌えだ」
苦笑しながら二人を見下ろした男は、胸の内ポケットから名刺を取り出して
「今度駅前にオープンするゲーセンで、サービススタッフのバイトを探してるんだけど、メガネの娘が足りないんだ」
「た、足りないって何?」
サツキは迫る男から一歩下がるようにして、差し出された名刺の角を摘んで受け取る。
『朝霞俊一』と書いてある。そして、社名の所には『ファンタジーパーク・時空間』
ハルカもそれを覗き込むと、二人一緒に声を出した。
「ファンタジーパーク?」
朝霞俊一は笑顔のまま
「ええ、アミューズメントパーク。つまり、簡単に言うとゲーセンだね」
彼は両手を軽く組み合わせる動作をして「カフェもあるけどね」
「ねえ、これってメイドカフェじゃないの?」
ハルカが言った「なんか聞いたことある。メイドの格好するんだよ、確か」
「メイド? ゲーセンなのに?」
サツキがハルカを見る。
「まあ、そんな感じだけど、ゲーセンスタッフだと思ってくれれば」
朝霞が髪をかき上げた。
ハルカは小首を傾げると
「メガネなんて、後で着けさせればいいじゃない」
「うちは、ウソ偽り無しがもっとうでね」
朝霞の長髪が、緩やかな風にはためく。
サツキは一瞬沈黙して俯くと、直ぐに顔を上げ
「あ、あたし、もう直ぐメガネ止めるんです。だから、ダメです」
そう言って駆け出した。
「さ、サツキ」
彼女を追って、ハルカも駆け出す。
男は黒髪をなで上げながら二人を視線で追うと、肩をすくめて再び他の娘を物色し始めた。
次回【5】自意識過剰?
は3/8未明の更新予定です。