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【3】視線の行方

 学校と駅の途中にあるアプリコットの木が白い花を咲かせて甘く香り、澄んだ蒼穹そらからエジプトブルーの風がそそぐ。

 新興住宅街や大型店舗が増えても、まだまだ緑豊かな町には五感で堪能する季節感があった。

 学校から家までは電車で二駅。時間にして10分ちょっとだった。

 小さな運河を越える以外は、田んぼと林と住宅街しか見えない。

 遠くにモノレールの高架が見えるが、それはいかにも別世界の産物だ。

 この日、サツキが帰りの電車に乗り込んでぼんやりと発車メロディーを聞いてると、ドアが閉まる瞬間誰かが勢いよく飛び込んできた。

 彼女はビックリして息を呑み思わず後ずさりすると、目の前にいるその姿に再び驚く。

 油断していたので、呆けた顔を引き締めた。

「い、今、帰り?」

 出来るだけさり気なく声をかける。

 ツカサはどれだけ走って来たのか、大きく肩で息をつきながら苦しそうに

「あ、ああ」

 単線の電車は、一本逃すと20分以上は待たなければならない。

 彼はサツキの隣でドア窓に向って立つと、何度も深呼吸をして息を整えた。

 何時も通り過ぎるだけの彼が、今日は自分の横で立ち止まった事がサツキは嬉しかった。

「大丈夫? 凄い汗だよ」

 サツキは出来るだけ平静を保って思考を巡らせた。

 ハンカチだ……こんな時はハンカチを出すのよ。男の子はハンカチなんて持ってないんだから。

 サツキは制服のポケットから水色のハンカチを取り出すが、同時にツカサは自分のカバンからスポーツタオルを取り出して額に当てた。

 彼女は差し出そうとした手をそっと下ろして、ハンカチを再びポケットに入れる。

 チラリとツカサの視線がサツキに向いた。

 汗で前髪が額にくっついて、それをタオルで拭っている。

 サツキは反射的に不自然な笑みを浮かべて、咳払いなどをした。

「た、タオル持ってると、便利だね」

 彼は陸上部なのだから、スポーツタオルを持っているのも当然だった。

「ああ、俺汗っかきだろ。部活とは別に持ち歩いてる」

「そ、そうだったね」

 サツキの顔には自然な笑顔がこぼれた。

 だろ…という語尾。

 それは、自分の事をよく知る相手と認識しているからこそ使う言葉だ。

 彼女には、その語尾が特別なものに聞こえた。

 途端に気持ちが和らいで、入学してからずっと言いたかった事、話したかった事が頭の中を過る。

「今更だけど、ビックリしたよ」

「何が?」

「ツカサは成和第一に行くと思ってたから」

 成和第一高校は、市内一の成績を有する男子高校だ。

 ツカサは再びチラリとサツキを見て、直ぐに窓の外へ視線を戻す。

「あ、ああ。受験勉強面倒くさくてさ。ちょっとサボっても入れる所に決めたんだ」

「そう……あたしと同じだね」

 サツキもチラリとツカサの横顔を見上げる。

「あたしの場合は、結局ギリギリだったけどさ」

 真っ直ぐに見ると、丁度彼の肩の辺りに視線が向く背の違いだ。

 近くに立つと、何時の間にかこんなに身長差がある……

 首筋に浮かぶ汗の残りが、窓から入る陽射しにキラリと光った。

 小さなホクロが見える。

 そうだ。ツカサの首には左右対称の位置に小さなホクロがあるのだ。

 サツキは何だか久しぶりにそんな事を思い出す余裕があった。

「お前が港北受けるのは知ってたぜ」

 ツカサは窓の外を見つめたまま言った。

 港北学園高校。この春二人が入学した高校だ。

「えっ?」

 再び彼の横顔を見上げるサツキに、彼は返事をしなかった。

 サツキはツカサの少し長めの睫毛を見つめ、光のシルエットに浮かぶ鼻筋に視線を移した。

 運河の陸橋に電車が差し掛かると、線路脇の鉄塔を通り過ぎる度に、彼の顔を光と影が横切ってゆく。



 駅の大きな時計に西日が反射して、サツキは瞳を凝らす。

 暖かい風はタンポポの葉とアスファルトが入り混じったような、少しくすんだ匂いを運んでくる。

 駅を出たサツキは下着のカップ数を気にしだしてから、初めてツカサと肩を並べて歩いた。

 つまり、小学校以来……中学の3年間は一緒に並んで歩いた記憶は無い。

 ただ、下着のカップは幾ら気にしてもそれだけで大きくなる物でもない……

 サツキは見慣れた風景の中を歩きながら何かを話そうとするが、唇を僅かに動かしては何度もそれを呑み込んだ。

 歩道脇の垣根から出て来た猫が、二人の前を悠長な足どりで横切る。

「おまえ、コンタクトにするのか?」

 ツカサは視線で猫を追いながら不意に言った。

「えっ? な、何で?」

「別に……藤木がそんな事を言ってたからさ」

 藤木悠介はサツキと同じクラスの男子生徒だ。誰とでも仲良くなれるクラスのムードメーカーでもある。

 そんな彼と、少し前に冗談でコンタクトにするか迷ってるような雑談を交わしたのだ。

 そして、藤木はツカサと同じ陸上部。

 おそらく部活中の軽い雑談の中ででも、そんな話があったのだろう。サツキとツカサが近所に住んでいる事は彼も知っている。

「う、うん……迷ってるけど……変かな?」

「さあ、自分の好きにすれば」

 ツカサは少しぶっきら棒に言った。

 サツキは、まったく自分に視線を向けない彼の横顔を見た瞬間、胸の奥がキュッと引き攣ったように苦しくなった。

 やっぱりあたしに興味がないのだろうか……それとも、あたしを見るのが嫌なのだろうか……

 この時ツカサがもし、冗談でも「コンタクトのほうがイイ」と言っていたら、サツキは有無を言わさず再びコンタクトに挑戦しただろう。

 必死で着け外しの練習をしたはずだ。

 昔はあんなに仲がよかったのに……何時も一緒にいたのに……

 なかなか視線をくれないツカサの態度に、サツキは何時も以上に困惑して俯いた。

 暖かい風は、心の中で音も無くただ空廻りしていた。







【第4話】メイドとメガネってどういう関係ですか?

更新は3/7未明の予定です。

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