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【14】五月雨は何色?

 サツキが昇降口へ来た時、外に人影が見えた。

 この学校の昇降口には出入り口の仕切りや扉はない。

 彼女はハッとして立ち止まる。

 後姿で直ぐにそれが誰かは判った。

 胸の中が途端にざわついて、鼓動が高鳴る。

 履き替える靴をその場に置いたまま、サツキはカバンの中を探りながら一階のトイレに駆け込んだ。



 雨は止むどころか、少しずつ強さを増していた。

 静かな雨音が小さな喧騒に変わっていた。薄暗い景色に、街路灯が灯を燈している。

 ツカサは昇降口の庇の下に立って、ただ何となく物憂げに沈んだ空を見上げ、ひたすら降り注ぐ雨を見つめていた。

 真正面の花壇で、咲きかけのあじさいだけが色鮮やかな雫を落とす。

 庇から滴り降りる水滴が、ツカサの足元に何度も落ちてきた。

 乾いたタイルに微かな足音……彼に近づく人の気配。黄緑色の傘がツカサの上に差し出された。

 湿った空気の中で、彼は何だか懐かしい匂いを嗅いだ気がした。

「傘、持ってこなかったの?」

 ツカサは振り返ることなく

「朝は晴れてたぜ」

「バカね、今日も明日も雨だって、天気予報で言ってたじゃん」

 サツキは笑って「ああ言うのを、五月雨の木洩れ日って言うんだよ」

「ふうん。でも五月雨って、普通6月じゃないの?」

「えっ……そ、そうか、そうだね」

 サツキが苦笑して「やぁね、細かい事言わないでよ」

 そこでツカサは振り返って彼女を見ると少し驚いたが、それを悟られまいと、直ぐに視線をそらして遠くを見つめる。

「おまえ、コンタクトどうしたんだよ。さっき見つけてやったろ」

「うん。面倒だから、今日はいい」

 サツキは庇の雫を見上げて

「ていうか、やっぱりコンタクト止めようかなぁ」

「なんで? 高かったんだろ?」

 彼女は小さく頷く。

「うん……お年玉の貯金なくなった」

「バカだな」

 視線は合わせなかったが、ツカサは確かに笑った。

「だって……でも、やっぱりメガネの方がラクじゃん」

 サツキはそう言って、レンズ越しに微笑むと

「傘、入ってく?」

「しょうがねえな」

 ツカサは無造作にサツキの手から傘を掴むと、先に歩き出した。

「ちょっと、先に行かないでよ」

 彼女も慌てて歩き出す「あたしの傘なんだからね」

「いいじゃん、どうせ帰る先は一緒なんだし」

「少しは感謝してる?」

「今日は選択の余地がないからなぁ」

 ツカサはそっぽを向いて言った。

「何よそれ」

「ていうか、コンタクト見つけてやったの俺だろ?」

「あっ、そうだっけ?」

 サツキがとぼけた素振りで言うと

「かわんねぇな、おまえ」

 ツカサはそう言って再び笑う。

 サツキもつられる様に、ここぞとばかりに明るい笑みを見せた。

 冷たい春雨の隙間をぬうような、暖かい風が吹き抜けた。

 傘に当たる雨音が、二人を一瞬沈黙させる。頭上を埋め尽くす雨雲はゆっくりと流れてゆく。

 すると、雲の切れ間から突然陽の光が注いだ。

 相変わらず降り続ける雨に陽の柱が反射して、淡雪のように白く輝いた。

 光は乱反射して、小さな虹を作り出す。

 それは微かに見える、限りなく透明に近い虹だ。

 二人は思わず立ち止まる。

「あ、虹だ……」

「ああ……本当だ……」

 その瞬間、陽射しは再び厚い雲に遮られて辺りは暗くなった。

 一瞬で消えた虹に、サツキとツカサは互いを自然に見つめた。

 ほんの一時いっときの事だった。

 そして不意に恥ずかしさが込み上げて、二人とも慌てて目をそらす。

 こんなにはっきりと見つめ合ったのは何年ぶりか、サツキには思い出す余裕などない。

「ご、ごめんね。この前……」

「何が?」

「叩いた……事……」

 サツキは俯いて、少し濡れた自分のローファーを見つめる。

 まだ真新しいそれは、弾いた雫が甲の部分で光っていた。

「ああ、平気だよ」

 ツカサは一瞬彼女を見て、直ぐに視線を逸らし

「でも、痛かった……つうか、スナップ効き過ぎなんだよ、おまえ」

「そ、そんな事……だいたいツカサが変な事言うからだよ」

 サツキは慌てて言い返す。

「藤木が言ったんだぞ」

「信じる方がバカなんだよ」

「俺だって焦ったさ……」彼は呟くように言った。

「えっ?」

「何でもねぇよ」

「何よ」

 サツキはあまりにも自然に、彼の腕に自分の肩をぶつけた。

 少しよろめく素振りをしたツカサは

「じゃあ、今度映画でもおごってやるよ」

「ええっ? それってデートの誘い?」

「そ、そんなんじゃねぇよ。金無いって言うからさ……義理だよ。義理。つうかボランティア」

「義理? ボランティア?」

 サツキはちょっと頬を膨らませるが、それを笑顔に変えて

「仕方ないなあ、義理に付き合ってやるか」

 濡れそぼるアスファルトに、再び二人の足音が動き出した。




次回はエピローグです。

26日未明前に更新予定です。

どうぞお見逃し無く(^^



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