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【12】『ラ』の音色

 放課後の校舎に西日が差し込むと、教室に並んだ机はモノトーンのオブジェのような陰を映し出す。

 特別教室の並ぶ4階で、サツキはふと足を止めた。

 静けさで満たされた廊下に、ピアノの音色が染み出るように聞こえてくる。

 どこかで聞き覚えのある曲だ。

 ショパン……夜想曲・第二番。

 穏やかで緩やかで、ちょっぴり悲しい曲……

「誰だろ……先生は職員室にいたよね……」

 サツキは曲名など知らないが、胸の内を潤すように響くその音に導かれながら音楽室へ近づいた。

 吹奏楽部は3階の空き教室を使っているし、ジャズ管弦楽部の音は聞こえてこない。

 音楽室のドアは開いていた。

 サツキは開いたままのドアをそっと覗きこむ。

 大きなグランドピアノが窓際に置いてあって、それを弾いている生徒の横顔が見えた。

 イズミ……? 

 綺麗な音色を奏でているのは 涼風イズミだった。

 サツキは彼女の横顔に、胸の鼓動が緩やかに高鳴るのを感じた。

 鍵盤に視線を落とすイズミの仕草は、普段見る事の無い清楚な色気に満ちていた。

 窓から注ぐ西日が、彼女のシルエットの周りにぼんやりと光の輪郭を造り出して、天使のように輝いていた。

「誰?」

 イズミが人の気配に気付いて、演奏を止める。

 サツキも思わずビックリして息を呑み、ただ立ち竦んでいた。

 イズミは振り返った瞬間に、ドアの前に立つ彼女を認識した。

「なんだ、サツキか……ビックリした」


 サツキは音楽室へ入ると「イズミって、ピアノも弾けるんだ」

「うん、小学校の頃少しやってたから」

 少しと言うには、かなり本格的な音色だった。

「部活は?」

「今日はナシになった。3年が進路指導で、2年は修学旅行の準備だって」

「吹奏楽はやってるよ」

「自主連でしょ。みんな熱心だから」

 イズミはそう言いながら、鍵盤の端を人差し指で軽くたたいた。

 零れるようなラの音が響いた。

「サツキは? どうしたの?」

「あぁ、あたしは明日の準備でちょっと……」

「あっ、あんた今週、週番かぁ」

 サツキはピアノの前を通って、窓から校庭を見下ろす。

 ソフトボール部の金属バットの音が鳴り響いた。

 この学校は何故か、男子の野球部よりも女子のソフトボールの方が盛んだ。

 グラウンドを使っている運動部の数も、何時もより大分少ない。何処も、2,3年生が欠けている為だ。

 陸上トラックを走るツカサの姿が見える。

 それは、以前よりもずっと小さく遠くに見えた。

 コンタクトを着けた瞳の奥が、ほんの少しだけ滲むように熱くなった。

 サツキは小さく息をつくと

「イズミは何でも出来ちゃうんだね」

「何それ?」

「だって……」

 イズミは静かにピアノのフタを閉じると

「そんな事無いよ。50メートル走は、サツキの方が速いじゃん」

「そんなの、何の意味も無いじゃん」

「バスケだって、あんたの方が上手だし……あたしは球技とか、運動そのものが苦手だからサツキが羨ましいよ」

 イズミは立ち上がると、サツキと並んで窓の外を見つめた。

 陽射しが眩しくて目を伏せると、丁度ツカサの姿が目に入る。

「あれから、ツカサ君と話しした?」

「ううん」サツキは小さく首を横に振って

「もともと、話しとかしなかったから……」

「そっかぁ……でもさ、昔は仲良しだったんでしょ?」

「昔はね」

 サツキは窓枠に両腕を乗せると、そこにアゴを乗せた。

「あたしも何かパッとした特技とかあったらなぁ……」

 アゴを乗せたまま喋る彼女の頭が、言葉に合わせて小さく揺れた。

「きっと、隣の芝は青く見えるんだよ。あんたの芝だって、充分青いんだよ」

 イズミはそう言って、微笑んだ。

「そうなのかなぁ……」

「そうだよ」

「うぅん……」

 気流に乗っていたトンビが上空の風に煽られながら急旋回して、ゆっくりと4階の窓の近くを滑空しながら風切り羽を器用に調整していた。

 浮遊するそれを、イズミは目で追った。

 サツキはぼんやりと校庭を眺めながら、少しの間考えていたが

「あっ、ヤバイ。週番の仕事忘れてた」

 そう言って身体を起こす。

「あたしも帰るから、待ってようか?」

「うん。すぐ済むから」

 サツキは隣に在る準備室のドアを慌しく開けた。






『ラ』の音は、最後から3番目。

放課後のプリズムもラストまで、あと2話+エピローグです。

次回【13】ピンチなんです。

は、22日未明前に更新予定です。


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