【プロローグ】
冒頭に紛らわしいセリフや描写がありますが、健全なお話です。
ご安心してお読み下さい。
『はじめての×××。』企画作品です。
――イタイ、イタイってば!
入らない、絶対入らないよっ。
彼女は両手のひらをギュッと握り締める。
「もう少し大きく開いて」
――ムリムリ……そんなんの恥ずかしいじゃんっ。
ダメダメ、入らない。
「大丈夫、最初はみんなそうですよ。でも、すぐに慣れるから」
――ダメだよ。痛いってば。もっとゆっくりして……こんなの慣れるわけないじゃん。痛すぎるよっ。
「どうします? 止める?」
彼女は一瞬の躊躇いの後「……入れてください」
「もっと大きく広げて」
彼女は唇を噛み締めて耐える。
「ほら、入りました」
「な、なんか変な感じ……」
「直ぐに慣れます」
「でも、イタイ」
「それも慣れますよ」
彼女は涙が止まらなかった。白い頬を滝のように雫が伝っていく。
瞬きをする度に、瞼がゴロゴロして痛みが走る。
「痛いです。やっぱりダメです……これ以上は」
「じゃあ、ハードは止めて、ソフトにしてみようか」
医師はそう言ってサツキの目から、慣れた手つきで素早くコンタクトレンズを取り外した。
――イタタタタタっ。
取り外す時も、眼球と瞼に痛みが走る。
目の周りの神経が敏感なのか、精神的なものなのか……
すぐに医師は、指先に乗せたレンズを差し出して
「こっちがソフトレンズです」
最初に見たハードレンズに比べると、コンタクトレンズとは思えないほどの大きさだ。
――デカっ! こんな大きいの入んないよ。
「こ、これ入れるんですか?」
「薄いから大丈夫ですよ」
医師が再びサツキの瞼を押し広げる。
――痛ぁい。やっぱ痛いじゃん。
恐怖心が痛感神経を増幅させるのかもしれない。瞼に痛みが走る。
「はい、入りました」
サツキは素早く何度か瞬きをしてみる。
痛みは無かった。
――うわっ、全然違和感ないよ。イケルよ。これイイじゃん。これならあたしでも平気そう。
「どうですか?」
「あ、はい。全然大丈夫そうです」
医師は再びソフトレンズの長所と短所を説明する。
この時、購入はほぼ決定したと思った事だろう。
「じゃあ、度をあわせて見ましょう」
「えっ? あ、あの……買うってまだ決めてないんですけど」
「大丈夫ですよ。処方せんに書き込む為に度をあわせるだけです。買うのはお店に戻ってからだから」
「そ、そうですか」
医師は笑顔で立ち上がると
「じゃあこちらへ」
最初に検査を受けた視力を測る機械の方へ、再び促す。
「そのあと、着け外しの練習してみましょう」
視力を測って細かな度数を調整した後、サツキは再び別室の椅子に腰掛けていた。
「そこで手を洗って下さい」
テーブルの横には小さくて清楚な洗面台が在る。
医師の指示に従って、サツキは消毒液を着けて少し丁寧に手を洗った。
「じゃあ、ちょっと拳を作ってみて」
――拳? コンタクト外すのに拳?
そんな彼女の心配を他所に、医師はサツキの拳を眼球に見立てて取り外しのコツをレクチャーし始めた。
「黒目の部分を親指と人差し指で軽く押して、コンタクトを摘みます」
彼は笑顔で言った。
――眼球を指で摘む?
「あ、あの……目玉を指で押して平気なんですか?」
「実際に触れているのはコンタクトだから」
医師は優しい笑顔を崩さない。
サツキは目の前の鏡を覗き込んで、恐る恐る自分の目の中に指を差し込む。
――マジで? このまま目玉を触るの? ムリムリっ、目玉に触るなんてムリ。
「もっと目を開いて」
――ムリだよ。反射的に閉じちゃうよ。それが動物の防衛本能じゃないの。
サツキは必死で左手で右目をこじ開けて、右手で眼球を、いや、コンタクトレンズを摘もうとする。
「もう少し、大丈夫、取れますよ」
――あんたは年中やってるから簡単に言うんだよっ。
「あ、あの……取れないみたいです……」
「大丈夫、もう少し黒目を指で押して」
――自分の目玉を自分で押せるかって……
暫くの沈黙の中、彼女は必死にコンタクトを摘もうと全神経を右手の指先に注いだ。
「す、すいません。ムリそうです」
そう言いながらもサツキは必死で目玉を押して摘む動作をする。
しかし押し当てる力が弱いのか、なかなかコンタクトを摘めない。
だいたいコンタクトに触れている感覚がないから、どれをどう摘めばいいのか見当がつかないのだ。
「大丈夫、もう取れそうですよ」
医師の口調でそれが笑顔なのは解ったが、それが何の役に立つのか……
サツキは右目を見開いたまま苦笑する。
彼の笑顔の裏側に、くたびれた呆れ顔が浮かんだから。
もう直ぐも何も、本人にはまったく感覚がつかめない。
そして格闘することさらに10数分……何かのはずみのように、指にコンタクトが挟まってきた。
医師が声を出して初めて成功した事を知る。
「そうですそうです、出ましたよ。ほら、簡単でしょ?」
――何処がだよ……
サツキは鏡越しに医師を見て、困惑と諦観の入り混じった微妙な苦笑いを浮かべる。
医師は相変わらず優しい笑顔で続けた
「さあ、今度は左ですよ」
「放課後のプリズム」プロローグを読んでいただき有難うございます。
次回第1話は、明日UP予定です。