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絶対的正義論者

作者: 諏訪 三月

「――いいですか、少年。世の中のすべては『肯定』することから始まります」

 今も脳内で響き続けるその言葉は、ずっと、一人の少年を縛り続けた。

「相手のすべてを肯定し、正しいとし、その上で――」

 この後に続く言葉は忘れてしまったけれど、大事なことだけは忘れていない。

 そう、少年はあらゆる物事を肯定し続ける。

 それが彼の信じる絶対的な正義であった。


 ◆


「気持ち悪い」

 あらゆる人物が少年をそう結論付けた。理由なんて聞かなくてもわかるだろうと、あらゆる人物が説明を投げ捨てた。

 それゆえに少年は未だ気づかない。なぜ自分が気持ち悪いのか。

「なあ、なぜだと思う」

「……キミってさ、そういう人たちのことって嫌いだったりする?」

「いいや全く」

「そういうところだと思う」

 長い付き合いのクラスメイトに説明を求めたが、いつもいつもこうしてはぐらかされてしまう。しかし、今日の少年はそれでは引かなかった。

「そういうところ、とはどういうところなのか。それを聞いているのに。なぜいつもいつもはぐらかすんだ」

「あのね、説明しないんじゃなくて、説明しづらいんだよキミの場合」

「なるほど、理由があったと。問い詰めたりして悪かった」

「だからそれだっつーの」

 びし、と指を差され面食らう。

「キミはすぐに自分が悪いと判断して謝る。謝らなくても、絶対に相手が悪いとは思わない。……なんで怒ったりしないの?」

「怒る理由が、ないから?」

「なんでそうなるんだよ」

 呆れてものも言えない、とクラスメイトはため息をついた。

「普通はさ、お金を貸したまま返されなかったり、階段から突き落とされたり、嘘の告白されて弄ばれたりしたら怒るんだよ。よっぽどのお人よしじゃない限り。で、キミは別にお人よしってわけでもない。わかる?」

「ああ」

 確かに、少年はお人よしではない。老人が重そうな荷物を持って横断歩道を渡っていたとしても助けたりはしないし、虐められている誰かを助けようともしない。

「なのにキミは怒らない」

 再度指を突きつけられ、

「それっておかしいし、気持ち悪いものだと思うよ。わたしは慣れたけど」

「ふむ。付き合いの長いミズイがそう言うなら、そうなんだろう」

「少しは否定しろよ……」

 それはできない相談である。

 少年――ソラにとって、『否定する』という行為はまるで理解できないものだ。なぜ、と問われ、今まで幾度となく言ってきたが、

「否定から始まるものは何も無い。いいか、ミズイ。世の中の事象すべて、肯定することから始まる」

 肯定するから友好的な関係が築けるし、肯定するから許しを得ることができる。

 具体的な例を挙げろ、と言われると少し悩むが、肯定するという行為のどこにも恥じる要素はない。

 だからソラは臆面も無く誰かを、何かを肯定し続ける。

 なるほど、周囲がソラのことを気持ち悪いというのならそうなのだろう。怒らないことがおかしいというのならそうなのだろう。

「だからそれは受け入れる。だが何かを否定するならば理由が必要だ。貴女たちが僕を否定する、その理由が知りたいだけなんだよ、僕は」

「うーん、重症だこりゃ」

 今日もまた、ミズイはソラが気持ち悪いと言われることの原因を教えてくれなかった。彼女はそれがわかっているはずなのに、なぜそんな意地悪をするのだろうか。

「他のみんなもね、言葉にし辛いだけだと思うんです。キミが気持ち悪い理由」

「みんな『も』と言うからには、貴女も?」

「言葉にしようと努力はしてる。わたしも気持ち悪いし、できることならその不器用な性格、直して欲しいと思うし」

 でも、

「たぶん、一生かかっても無理」

「そう、か……」

 何気にショックだ。自分の気持ち悪さが得体の知れないものだと、そう突きつけられたのだから。

「いや、気持ち悪い理由自体は知れてるんだけどな。あとはどうすればそれを自覚できるか」

 ソラの友人は難しいことを言う。

 もっとわかりやすくしてくれてもいいのに、と思うが、

「わかった。貴女のその意思を尊重しよう」

「……。ま、頑張りたまえ少年」

 夕刻。ミズイとソラしかいなかった教室からミズイが消えると、残されたソラは一人になる。当然のことだ。

 彼らが教室に残っていた理由は、学級委員の仕事をこなすため。仕事といっても配布物をまとめるだけなのだが。

 それでも、毎度こうしてミズイと話をしていると帰りが遅くなってしまう。やはり人間、口と手を同時に動かすことは難しいのか。

「さて、僕も帰るか」

 机の横にかけてある、教科書なぞほとんど入っていない軽い鞄を持ち、立ち上がる。

 ふと、教室をぐるりと見渡す。夕日が差し込み朱色に染まる教室は、ドラマのワンシーンを想起させる。

 想像する。この場に男女が二人、黒板前に女子が、教室後方に男子が立ち、向かい合っているのだ。その状況で、二人は互いの主張をぶつけ合う。――ああ、なんと素晴らしき青春。その主張が互いを褒め合うものだろうと、意味の無い雑談であろうと、好意を、また逆に罵詈雑言をぶつけ合っているだけだとしても、その光景は素晴らしいものと言える。

「世の中のすべては肯定され、幸せ色に溢れる」

 呟き、教室を出た。



 昇降口で靴を履き替えれば、校門まで校庭を横切り一直線である。しかし、校庭では野球部や陸上部がまだ活動している。帰宅する生徒は、校庭を大きく迂回せねばならない。

 いつものことだ、と左を向き、歩き始める。

「――――ゃ」

 声がした。

 何か、ひどく聞き覚えのある声が。

 ソラが通った道は、現在は使われていない旧校舎に沿って迂回する道だ。薄暗く、死角が多いことから運動部はこちら側にほとんど来ないためである。

 つまり、圧倒的に人目につかない。この時間であれば部活に所属していない生徒はほとんど帰宅しているから、見つかるリスクが低い。

 何が言いたいかというと、

「なるほど。男子が集団で女子をリンチか」

「……あ?」

 旧校舎の物陰にて。上級生だろうか。ソラより少しばかり背の高い男子たちが、見知った友人に詰め寄っていた。

「ぁ、……ソラ」

 ミズイは大きな瞳を半眼にし、男子たちはこぞってソラの方を向く。

「奇遇だなミズイ。いやなに、こんなところで何をしていると言う気はない」

「んだテメェ。……言っとくが邪魔はさせねえぞ。カッコよく参上してヒーロー気取りかしらねえが、怪我しないうちに失せ――」

 たぶん、集団のリーダー格であろう男子がそんなことを言った。

 そしてソラは、

「ああ、失せる失せる。どうぞ、存分に続きを」

「は?」

 すたすたと、背を向け去ろうとしていた。

「いや、おい、ちょっと待て?」

「うん? なんだろうか。僕は貴方の言うとおりにしようとしているだけなのだが」

 どこまでもまっすぐに、純粋に、ソラは曇りなき眼で続ける。

「貴方たちが僕の友人と何をしようと僕には関係ない。……少し違うか。貴方たちが僕の友人と何をしようと、僕はそれを肯定する(ヽヽヽヽ)。さあ、存分に続けるといい」

 集団に囲まれているミズイは、半眼のまま、ため息をついていた。まるでこうなることが、ソラが現れたその瞬間からわかっていたかのように。

「い、意味わかんねえ。なんだよ、テメェは俺がこの女をこれから犯すとか言っても知らねえってのか?」

「それは少し違う。その場合、知らないフリをするのではなく、これからそうすると知った上で、その行為、衝動を肯定しよう。……なんだ、情欲を持て余したのか? それなら悪いことをした。友人の声がしたから声をかけただけなのだが。あ、コトに及ぶならこんなところより、もう少し奥のボイラー室が一番だ。今も稼動しているからうるさいけれど、むしろそれが事情の音を掻き消してくれる。教師や生徒に見つかる心配はまずない」

「ふざけてんのかテメェ!?」

 たまらずリーダー格が叫ぶ。そこには『馬鹿にされた、許しておけねえ』という怒りが含まれていた。

 しかし、

ふざけてなんかいない(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

 ソラの大真面目なその一言に、怒りなど掻き消えた。正確に言うならば、怒りが恐怖に転じた。

「で、犯すのか?」

「ち、ちち、ちげえよ。ただ単に、その、なんだよ……」

「ん?」

「ひぃ!」

 尻餅をつくなんてカッコ悪いなどと思う余裕は、リーダー格にはなかった。

「おっと、バランスを崩したのか? 手を貸そう」

 スッ、と。差し出されたそのソラの手が彼には悪魔の手に見える。

「ゆゆ、許してください! ただ、その、ちょっかい出そうとしただけで!」

「なぜ謝る。むしろ謝らなきゃいけないのは僕だろ?」

 うわぁ、と声がした。誰のものかと思えば、未だ半眼のままであるミズイのもの。

「そんくらいにしてやりなよ、ホント。気味が悪いから」

「キミが悪い? ああ、それくらいわかっているよ。だから謝意を見せるためにも、」

「『キミ』じゃなくて『気味』だから。というか、逆効果」

 まるで意味がわからない。ミズイはいったいなんと主張したいのだろうか。

「まあ、そこまで謝りたいのなら、それを受け入れよう。わかった、許す」

「あ、あざっす……!」

 言うなり、男子の集団はどこかへと去った。残され、先ほどの教室と同じように二人だけになる。

「で、何があったんだ?」

「……言いたくない」

 彼らと何をしていのか、気になって聞いてみたのだが、ミズイは言いたくないという。ならば踏み込まないことにしよう。

「そういえば、さっきミズイは僕のことを『気味が悪い』と言った。どういうことなんだ? もしかして、僕が気持ち悪いという、その理由と何か関係があるのか?」

「関係も何も、ズバリそのものなんだけどさ」

 やれやれ、とミズイは頭をかき、

「普通はさ、友人がレイプされそうになったら、さあさ続けてください、なんて言わないんじゃないのかなあ」

「……そういうものか?」

「そういうもん。なのにソラは大真面目にそれを言ったもんだから、どこかしらズレ(ヽヽ)てるように見えたんだよ、あの人たちにも」

 わからない。

 否、ミズイがわざわざ説明しづらいことを、頭を捻って言葉にしてくれているのはわかる。だがそれでも、ソラには理解できない。

 ソラはただ彼らを肯定しただけだ。その行動を、思考を、想像を、存在を、肯定しただけだ。それが気味の悪いものに見えるのだとしたら、彼らはNOしか言えない否定人なのか。

「わたしは慣れたよ。もう何年もの付き合いだし」

「それはさっきも聞いたな」

「何度でも言うけど、慣れてないと気持ち悪い」

「……そうか」

 やはり、こればかりは肯定するのを一瞬躊躇ってしまう。

 ソラはただ、YESと言っているだけなのに。NOと否定を叩きつけるよりも数千倍マシではないか。

 肯定すれば人間関係は円滑に回り、肯定すれば世界から喧嘩は、戦争は消えると本気で信じている。世界は肯定することによって成り立つのだと考え、ずっと誰かを、何かを肯定し続ける。

「――世の中のすべては、『肯定する』ことから始まる」

 ミズイは「また始まった」とため息をこぼした。

「相手のすべてを肯定し、正しいとし、その上で――」

 あれ、なんだっけ。

「……とにもかくにも、肯定しなければ物事は始まらない。会議でどれだけ優秀な意見が出ようと、否定派が多ければ一蹴されてしまうように。突出した才能を持っていようと、それは才能だと認めてくれる誰かがいないと、もしくは自分自身がその才能を信じないと開花し切らないように。そも、否定ばかりではつまらないではないか。周囲の何もかもを疑い、それは違うと烙印を押し、仕舞いには自分すらも否定する。そんな人生の何が良いのか、僕にはまったくわからない。だから僕は『肯定する』。同時に、『否定する』ことすらも『肯定する』。今しがた否定することが理解できないと言ったけれど、そういう人種もいるのだと受け入れ、そんな生き方も正しいとする。今までそうやって生きてきたし、そうすればいつか、」


 ――あの人に、会えるんじゃないか。


 すんでのところでその言葉を飲み込み、

「……いつか、『素晴らしい人生だった!』と叫べる終わりを迎えられるだろうから」


 ◆


「せっかく、せっかく勇気を出して……て、テメェらがさっさとくっつけって煽るから! ちくしょぉおおおお! 次は……えっと、マッチポンプやった、呼び出しやった、何が残って――ん? 下駄箱に手紙? いや、それラブレターだろ。……いやそうなんだけど! それが一番安全に好きって言えるけど!」


 ◆


「……で、結局あの集団は貴女になんの用があったんだ? やはりレイプでもするつもりだったか?」

「キミには絶対教えない」

「なぜだ!」

「教えない」






ただひたすらに気持ち悪い主人公を書こうと思ったらこうなりました。なんていうか、自分を肯定してくれる人は心強いけど、何をしても許してくれる人って、優しいってより気味が悪いと思いませんか?


もしかしたら、この設定を元に連載を書くかもしれません。連載続いたことほとんどないんでお蔵入りがほぼ確定なんですけど。

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