帝国グンマ――世界がグンマとなる時
西暦2020年。日本は突如鎖国政策を決定し国際社会から脱した。国連はこれを国家の自殺と批判したが、日本国内では主要な食料、野菜、肉類、魚類の自給率は鎖国政策を取り始めた時点で既に7割超を記録していた。2035年の巨大食料生産場の完成をもって国内の食料自給率は10割を上回った。当時の日本に恐れるものはなかったのだ。
これに対して日本がその高水準な兵器開発技術によって極秘裏に高性能な戦闘兵器を開発して全人類に対して宣戦布告することを懸念し、数億もの人間の食料を小さな国土面積で満足させられる食料生産技術を狙う大国はこれを地球上の全国家、全人類への宣戦布告と判断して2040年に国連にこの議題を持ち込んだ結果、その場で国連軍による武力制裁が議決された。その翌年の2041年に国連軍は小規模な海空同時攻撃を展開するも日本を包むように発生していた謎のフィールドによってこれらの攻撃の一切は無効化された。あくまで専守防衛の体制を貫く日本に対して国連軍はついに切り札を使わざるを得なくなったのである。
鎖国を決定したとき、日本国内からはあらゆる外国人が排除された。特にハーフの人間などは許可されたが、その殆どは親の強制退去に追従して共に日本を去るのであった。だが、日本国内には鎖国宣言の際に母国からの命令で日本国内に潜伏し、そのまま残留することに成功していた地下組織の人間たちがいた。国連軍の切り札とはこれらの人間の事である。謎の防護フィールドはあらゆるものを遮断し、唯一ある範囲の光のみが通るようになっていた。つまり電波やマイクロ波はほとんどこれを透過することは出来なかった。米政府は他国家の開発したシステムの技術を完全に模倣して無許可で自国の開発として地下組織の人間と連絡を取り防護フィールドを消滅させる工作を仕込んだ。
2053年の夏の日、突如防護フィールドの発生施設が奇襲され、防護フィールドが消滅した。奇襲の規模が小規模だったためたった2分で防護機能は完全に建て直したが、そのときにはすでに手遅れだった。絶対高度でおよそ50ftもの低空を航行してきた無人超音速攻撃機がフィールド内部へ飛び込んで核弾頭を発射。核弾頭は防護フィールドの主だった発生施設のあった長野県の山間を直撃、施設を完全に破壊した。
それを皮切りに周辺海域で待機していた国連軍が総攻撃をかける。海から、空から、雪崩れ込む国連軍の兵力は車輌9,500輌、艦船350隻、航空機290万機、陸海空軍で動員された軍人の総数は590万人にも及んだ。
日本軍は小型核弾頭ミサイルや次世代型の無人要撃機群、大型爆撃機、装甲車輌などの自律戦闘兵器の数々で応戦し、陸軍兵力に包囲占領されたり壊滅的な打撃を受けて窮地に陥った自国基地には核弾頭を撃ち込み基地もろとも国連兵力を排除するほどの覚悟でこれに応戦するも国連軍の圧倒的な物量作戦に対してはあまりに無力であった。国連軍の侵攻開始から数ヵ月、あっという間に日本国の軍と政府機能は無力化され、各地の基地も跡形残らず破壊された。
国連軍は一度撤退した。日本は最早自力では国家を建て直せないと判断したためだ。一度兵力補給や兵の保養のために一部の哨戒部隊を残して全ての部隊は日本から去った。だが一ヶ所だけ、国連軍が全く手を出せなかった場所があった。
未開の地、群馬県だ。
2054年の冬、国連軍は再び兵力を集結させて総攻撃を開始した。その兵力は航空母艦7隻、護衛艦20隻、ミサイル艦10隻、原子力潜水艦2隻、上陸艇90隻。航空兵力は攻撃機120機、戦闘機20機、爆撃機200機、輸送機180機、マルチロール機、哨戒機、AWACSなどその他航空機50機。地上軍の戦車40輌と装甲車輌50輌を含んだ部隊であった。
空からは爆弾の雨、沿岸からは艦船によるミサイル攻撃による護衛を受けながら地上部隊が栃木県と茨城県に上陸した。ここで一度兵を整理し、ついに第一軍が群馬県の領土へと足を踏み入れようとした。衛星からも鬱蒼と繁った木々に遮られてそびえ立つ木製の柵の内部は確認できない。最初の支援砲火の爆弾も炸裂せず、ミサイルも着弾は確認されたものの炸裂はなし。そんな未開の地に突撃するは装甲車輌、戦車合わせて50両とその随伴兵550人だ。木柵の内側、群馬県へ足を踏み入れた途端に彼らの無線が通じなくなる。
そもそも何故こんなところのためにこれだけの規模の作戦が行われているかというと、2053年の夏の侵攻の際に送り込まれた部隊が帰還しなかったのだ。日本国による核弾頭の発射も確認され、着弾も観測されたがそれも炸裂しなかった。この木製の柵は無傷だった。いかなる攻撃をも受け入れなかったこの場所は政府が移されていた可能性があったが、多くはそれを否定した。恐らくこれは技術の力ではない。誰もが魔術的なものを感じていたのだ。
突入から1時間の後、ようやっと先頭車輌の無線が通じた。
「あれが……お……俺たちと同じ人間だというのか!」
戦闘車輌の車長であった男のその言葉の直後、爆音がいくつも重なる。一斉に砲撃をしているのだろう。これだけの攻撃を受ければ彼らも無事ではない。
「やめろ!何故だ、ああ、神よ……うわああぁぁっ!」
司令部に響くそのホワイトノイズは部隊の壊滅を意味していたが、誰も信じようとはしなかったし、信じたくなかった。あの爆音は日本側の物だったのかとも一瞬考えたがすぐに否定した。装填手が手動での次弾装填宣言をしていたからだ。間違いない。
「司令!」
オペレータが叫ぶ。
「目標中心部に巨大な熱源を確認しました!」
司令官やこの戦闘指揮所にいる人間の全てが恐らく私と同じことを思っているだろう。空気が人間の思惑を伝搬するなどと思うだろうが、こういう場合にはありがちだ。私たちは呆気に取られている。というよりもむしろ夢でも見ている気分だ。きっとこれは悪夢か何かで、群馬を恐れるあまりそれが夢となって私たちを苦しめているのだ。それかはたまた幻想だろう。そんなことを思いながらも私は誰より早く司令部から顔を出す。そうすると、それは肉眼でも十分確認できた。
――それは、太陽だった。
「あれは何だ……!」
司令が呆気に取られながらも叫び、その叫び声に寄せ付けられるように人々が集まってくる。司令部を護衛していた部隊も車輌から次々と顔を出して口々に感想を口にしていた。
と、柵の内側から誰かが来る。腰に動物の皮を巻き付けて槍を持った人間だった。
「ココ、グンマ。ニホンノチュウシン。オマエラ、ニホン、アラシタ。グンマモ、アラス、カ?」
「撃て!撃てっ!」
司令官が再び叫ぶ。その声を聞いた人間は何も構わず彼を撃った。拳銃、機関銃、戦車砲、迫撃砲、野砲。大口径砲も参加しての総攻撃だった。30秒は続いたその放火の後、彼の姿は煙に巻かれて見えなくなっていた。消し飛んだだろうと、誰もがそう信じて疑わなかった。
「やった…ぞ…。」
司令がそう呟いた瞬間、煙の中に一点、眩い赤い閃光が見えた。
ほんの一瞬だった。ほんの一瞬ですべていなくなった。戦車はただの鉄塊と化し、人間は肉片となって辺り一面に散らばっている。
「嘘だ…。」
風が煙を取り払うと、そこには攻撃前と何一つ変わっていない彼の姿があった。
「オマエラ、ワルイヤツラ。」
そういうと彼の目が発光し始める。直後、私の目の前で司令部から身を乗り出していた司令の頭部が爆散する。目からレーザーなど、面白おかしいものだと思っていた。少年時代に読んだSFがこんなに恐ろしいとは知る由もなかった。
「シカエシ、スル。」
森の中から幾万というグンマ帝国民が方々へ飛び去って行く。嗚呼、世界はグンマとなってしまうのだろう。直感的に私はそれを感じた。
2054年の冬、地球はグンマになった。正確にはグンマが世界を飲み込んだのだ。いつか誰かがこれを読んだとき、グンマから世界を取り戻してほしい。私の願いはそれだけだ。この日記をー~・