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(閑話1) 王太子は、叶わぬ恋に落ちる (前編)

王太子クラウド視点の独白。

ミラーナ視点である本編では冷血冷徹悪役っぷりを発揮している彼ですが、実際はこんなです。

 それは俺が7歳の頃だった。

 あの日は、たしか晴れ渡る青空で、時々俺は勉強から逃げるため中庭で隠れていたのだった。







 遠くで、僕を呼ぶ声がする。正直、毎日部屋に閉じ込められて勉強する日々に疲れていた。

 それは僕が将来の国王になるために必要だからだと分かっているのだが、いい加減剣を持たせて欲しい。

 年齢のわりに剣の筋を認められた僕は、武王を目指そうとしたのだが、「ここまで出来るなら、当分勉強に集中してもよいな」と今までの予定を勉学重視に切り換えられた。

 王太子に休みはない。毎日毎日朝から晩まで勉強勉強ときたら、気分転換をしたくなってもいいだろう?

 しかし、いくら主張しても努力が足りないと言われたので、僕はこうして度々逃走するのだった。

 そうして中庭の植え込みに隠れていると、近くで物音がした。今日は早く見つかったと思ったら、目があったのは小さい少女だった。

 しばらく見つめ会う僕と少女。しかし、近づいてきた大人が少女に話しかけた。


「クラウド殿下を知りませんか?」


 小さい少女だ。何も考えず僕の場所を教えるだろう。

 しかし、少女は僕たちの真横を指した。


「殿下でしたら、あちらで木登りしておられましたわ」

「んもう、殿下ったら!」


怒って侍女が指された木に向かう。そして、また僕と少女の二人になった。


「どうして嘘をついた」

「だって、苦しそうですから」


 少女が小さな首を傾げて、はっきりした声で言った。

 とたん、僕は両手で自分の顔に触れる。誰にも言われたことがなかったが、小さな少女に見抜かれるほど、そんなに酷い顔をしていたのだろうか。


「……僕もまだまだだね」

「目の下、クマが出来てる。 まだ小さいのに」


 小さな指が、僕の眉間に触れる。近づいた顔が、やけに大人びていて、僕は自覚するほど顔を赤らめた。


「何かありましたの? 私で良ければ、話を聞きますわ」


 思えば、この瞬間恋に落ちたのだろう。誰も僕を王太子としか扱わなかったし、僕も王太子として認識していたため、無理をして当然だと思っていた。こうして逃げることすら、罪悪感を覚えている。

 問うたのが小さな少女だったから、すぐに忘れると思ったのだ。だから、僕は今の状況を語ってしまった。

 思い返せば情けない話だ。自分より小さな少女に愚痴をこぼすなど。

 けれど少女は、僕の話を遮ることなく聞いてくれた。頷いてくれた。分かる、逃げて当然だと認めてくれた。次第に、さらに情けない話だが、視界が雲って泣いてしまっていた。

 小さな掌が、僕の頭を撫でてくれる。

 じわじわと僕の中で、欲望が花を開かせ始めた。この歳で、こんなに気持ちに聡い少女なら、王太子妃に相応しい淑女になる。いいや、そうでなくてもいい。僕には、この少女が必要だ。何としてでも、手にいれたい。


「……ねぇ、君の名前を聞いてもいいかな?」


 例え侍女やメイドの娘であっても、必ず手にいれる。僕は涙を拭い、真っ直ぐ少女の顔を見た。

 しかし、少女の答えは僕の前に大きな壁を作った。


「私は、ミラーナ。 ミラーナ・バルテスですわ。 お義兄様」


 ミラーナ・バルテス。それは先日決まった弟の婚約者だった。













 ミラーナと弟のリカルドは、まだ5歳だ。婚約と言ってもまだ正式ではない。けれど、ミラーナが添い遂げられない男がただ一人だけいた。それが、第一王子にして王太子、クラウド・エルドランド。つまり僕だ。

 なぜ王太子だけ添い遂げられないのかという理由は、王家と現宰相バルテス家の蜜月度にあった。

 現国王、つまり僕の父と現宰相、ミラーナの父は、幼なじみで親友である。王家はバルテス家に依存しつつあるが、バルテス家が公私混同をしない家系だから危うい均衡を保っていられるのだと子供心に把握していた。

 現に、今年から僕の側近にバルテス家の長男が就いている。長男カインは7歳にして有能で、将来の宰相とも言われていた。バルテス家が長男を僕に寄越したと言うことは、宰相の眼鏡に叶ったのだろう。

 ミラーナを僕にくれるなら、カインは弟の側近にくれてやり、いっそ王太子の位ものしつけてやろうかと思ったが、純粋無垢な弟に、王太子の位もバルテス家長男も荷が重いと判っている。

 ならば。

 僕はその晩、父の執務室に向かった。それは僕にとって不必要な茨の道だと判っていたが、ミラーナを得られるなら容易い代償だと思うほど、僕はミラーナに心底惹かれてしまっていたのだ。


「父上、僕の婚約者にバルテス家令嬢を置いてください」

「ならん」


 やはり即決だった。


「もし理由がバルテス家重用による貴族の不満であるならば、それ以上の力でねじ伏せればいい。 王太子が、次期国王が、バルテス家すらに左右されぬ王であればよいのです」


 この時、僕の表情はどんなものだっただろうか。厳しくも温厚な父上が、苦し気に顔を曇らせているのが分かる。


「クラウド…そなた」

「もし、宰相やバルテス家長男を凌駕する力を得ることが出来たら、その時は」


 出来る?いや、やり遂げる。でなければ、ミラーナは、初恋の相手は手に入らない。


「『俺』の妃に」












 それから12年が経った。ミラーナを得るため休みすら忘れ勉学に武術にと己を磨いた俺は、いつしか『孤高の王太子』『冷徹な施政者』と呼ばれるようになっていた。

 施政者なのは、俺が王太子として得ている領があるからだろう。

 もちろん冷たいだけでは施政者としては失格であり、俺は貴族から庶民に好かれるよう外面も取り繕うのは忘れなかった。濁しても嘘はつかない。

 リカルドには、7歳の時から『ミラーナは俺が貰う』と宣言していたし、リカルドも了承していた。

 外堀は埋めつつある。あとは、ミラーナの気持ちを俺に惹き付けるだけだ。

 人の心をあっさり見抜くミラーナの事だ、並大抵では頷かないだろう。王太子妃に来てくれるなら、誰よりも幸せにしたいし、傍で笑って泣いて怒って欲しい。命令されて仕方なくだけはごめんだ。

 そんな矢先、ミラーナの不穏な噂を聞いた。子爵令嬢を不当に貶めているらしい。その理由は、子爵令嬢がリカルドに近づいているからだという。

 そう言えば、リカルドから子爵令嬢が好きだと聞いていた。その時は、喜ばしい事だと考えていたのだが、ミラーナは邪魔をするほどリカルドを愛しているのだろうか。

 そう思うと、純粋無垢で気の抜けた弟に嫉妬の念を抱いてしまう。何もせずに第二王子だからとミラーナを得られたリカルド。片や第一王子だからと決してミラーナを得られない俺。

 壁は、12年経っても俺の前を立ちはだかる。

 ミラーナがリカルドに会いに来ると、決まって俺は関わりに行った。貴族や庶民に人気なものがあると聞くと、買いに行きミラーナに贈った。カインには、すでに俺の恋心は露見していて、生暖かい視線を向けられている。不様と言われても構わない。

 だが、そのたびに、ミラーナがリカルドしか見ていない事を見せつけられる。

 心が抉られようが、俺は自分のやり方を変えられない。もしミラーナの好みがリカルドのような純粋無垢であるならば、俺は対極にいる存在だ。


 そんなある日、ミラーナが子爵令嬢にしてきた悪事が露見した。

 俺は急いで子爵令嬢、リーシャ嬢に会えるよう父親であるエンリュ子爵に手紙を贈った。

 あのミラーナが、王弟妃たるを目指し研鑽を積んだ公爵令嬢が、身分を傘にきて弱者を虐げるなどあり得ない。誤解があるなら証明したいと願った。

 王太子が子爵家に行くのは憚られると、リーシャが王宮にやってきた。

 話を聞いてくれるだけでも有難い。俺は、自分に出来る最敬礼を持ってリーシャを迎えると、リーシャは真っ青になってしまった。リーシャの隣には、同じく真っ青になったリカルド。

 俺の評判は、それほどまで悪かったのだろうか。


「え? 私、確かに虐められていましたが、そのあと極上の品が用意されていていましたの。 きっとツンデレなミラーナ様が私に下さるために虐めという手段に出たのですわ」


 ミラーナの人となりを説明しようとした俺に、リーシャはあっさりと笑って答えた。


「多分、ミラーナ様は断罪を望まれているのですわ」

「断罪?」


 なぜ今の身分を捨てようとするのか。ミラーナはリカルドが好きではなかったのか。

 疑問に思っていると、リーシャは苦笑を浮かべた。


「きっと、ミラーナ様は私とリカルド様の仲を取り持って下さったのですわ。 自らの身を省みず」


 そうだ、ミラーナ・バルテスという女性はそういう人だ。誰よりも人の痛みに機敏で、誰よりも優しい。


「それで、クラウド様にお願いがございます」


 今度は、リーシャが俺に頭を下げた。否、跪いて頭を下げたのだ。

 さすがにそれには焦る。


「なんだ!?」

「このままだと、ミラーナ様は隣国に流されるか、最悪処刑もあり得ます」

「は?」


 いち子爵令嬢を虐げるだけで処刑とは、道理が通らない。それはリーシャが王弟妃候補になっても、だ。

 だが、リーシャの表情には冗談と流せない緊迫感があった。


「どうかミラーナ様を、クラウド様のお妃にして下さいませ! そうすれば、断罪は免れます!」

「兄上は昔からミラーナを好いていたし、異論はないよね?」


 念願のミラーナを手に入れるどころか、処刑を助けられる。この、俺が?


「人となりは最悪でも、未来の王妃としての実力は他の令嬢を抜きん出ているし、なにより公私混同はあり得ない兄上がミラーナの言葉に惑わされる事はない。と、父上が言ってたよ」

「ちょっと父上に、ミラーナの人となりについて語ってくる」

「父上に喧嘩売ってどうするんですか兄上!」

「拳で語ってもいいけどなァ?」

「ふふっ」


 父上の執務室に乗り込もうとする俺の近くで、リーシャがくすくすと笑った。


「すみません、でも、王太子殿下がミラーナ様の事をそれほど思っておられるならと、安心しまして」

「……リカルドと違って、俺は絶対にミラーナを手に入れられない唯一だったからな。 もしこの腕に堕ちてくるなら、けして離さない」

「それならば、一芝居と行きません?」


 か弱く健気な見た目と違い、リーシャは意外と強かであるようだ。逆に気の抜けたリカルドには、丁度いいのだろう。


 舞台はささやかだが、王家主催のため少し大きめの懇談会。本来なら、ここでリカルドとミラーナの婚約を発表する場であった。しかし、国王はリカルドとミラーナの婚約を白紙に戻し、リカルドとリーシャの婚約を宣言する。

 そして俺は、念願のミラーナを婚約者に迎えることが出来た。






あまりに長々となったので、前後に分けました。

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