悪役令嬢は、晴れの舞台に向かう
前回より間を開けてしまいすみません。
あれから数日が経ち、私は王都へ向かった。パートナーの、騎士団に所属しているエリックとは王都で再会した。
気分は晴れない。もしかして道すがらアン〇レの情報が得られると期待していたのだが、全く掴めないまま舞踏会当日を迎えた。
あの時アン〇レの言っていた、『ローランド王太子』が引っ掛かる。もしかして繋がりがあるのかもしれない。
ローランド王太子こと、レイモンド・ローランドは現在19歳。輝くような金髪で、爽やかな好青年だ。肖像画を見せて貰ったが、やはりアン〇レとは違った。積極的に国政に関わり、次期王の片鱗を見せつつある、との噂だ。
雰囲気だけ見ると、リカルド王子みたいで、アン〇レへの手がかりがなければ関わる予定はなかった。ましてや嫁ぐなどあり得ない。
●
入場は、下位の者から入り、上位を迎える形になる。そして、ラストに入場するのは国王夫妻だ。その二人が入って音頭を取り、宴は始まる。
初めはパートナーと。次は他の男性と踊っても構わない。ただ、誘うのは男性からと決まっている。誘われるようお近づきになるのは構わないそうだ。
私が侯爵令嬢としているなら、王太子とは近い位置にいれたのだが、子爵なので仕方ない。
「ミラン」
名を呼ばれ、エリック兄さんが腕を曲げる。私は手を差し入れた。
司会進行に名前を呼ばれる。どうやら、私は子爵令嬢になっているようだ。
扉が開き、豪奢な会場に一瞬我を忘れる。蝋燭をふんだんに使い、ガラスが反射して昼のように明るい。
全力で冷静を装い、私は中へと進む。
伯爵以下が一気に入り、少し休憩を挟む。私は、エリック兄さんと共に、挨拶回りをした。屋敷へ来たお客人から、全く知らない方まで、なるべく頭に叩き込んだ。
そして、侯爵と公爵が入場する。令嬢の纏うドレスの質が上がる。まるで宝石のように磨きあげられた令嬢達に、見とれた。
私がいた場所。けれど、未練はなかった。そこに居れば、好きでもない相手と添い遂げなければならないのだから。
侯爵公爵が入場し、再び休憩。基本的に、下位の者から上位の方に話しかけてはいけない。けれど、私は上位の方に話しかけて頂く機会を得た。
内容は、治める領土や農業の栽培法など。出し惜しみするつもりもない、かといって熱弁するまでもない上っ面な会話だ。
そして、ついに王族の登場だ。しかし、先に他国からの客人が入場した。その中に、見知った顔を見つけ固まる。
クラウド王太子殿下!?
こんな距離では見つかりにくいと分かっていても、エリック兄さんの背後に隠れてしまう。
ただの外交なのだろうか。それとも私を探しに来たのか。
冷や汗をかいていた私は、次に現れた人に心臓が止まる思いがした。
会場が、一斉にざわめく。さもあらん。その人は、病弱と噂される程公に姿を表さない事で有名だった。ほとんど絵姿も出回っていない。いないように生活している幻の王族。それは、国王である年の離れた兄と、王太子である年の近い甥に遠慮したとも。
前国王の末子にして、現国王の末弟。アレクスタイン・ローランド。21歳。次期宰相候補と噂される知的な眼差し。穏やかな笑みを浮かべ、壇上に居ても控えた態度のその方は、身だしなみは王族然としているが、アン〇レそのものだった。
●
心臓が動き出す。
国王夫妻が音頭を取ると、音楽が鳴り出した。気もそぞろに、私はエリック兄さんとダンスを踊る。
瞬間瞬間に壇上を見ると、パートナーがいない王弟は国王夫妻と語り合っている。クラウド王太子は、パートナーの……何故かリーシャとダンスを踊っていた。学園の円舞会を終えたからか、それとも王族の自覚を持ったからか、リーシャはクラウド王太子に負けないくらい威厳の片鱗を見せていた。
もう、虐められるリーシャじゃないのね。
悪役令嬢を演じるためにひたすら走り抜けた学園生活が、遠い昔のように感じる。
クラウド王太子も、私よりリーシャのような可愛らしい女性が似合っている。
ふと視線を感じ、思考がぷつりと途切れる。くるくると回る世界で視線を見返せば、壇上の王弟と目があった。
ふ、と笑う表情はアン〇レそのもので、泣きそうになる。
爵位の壁が、厚く感じた。ダンスが終われば今にもアン〇レに駆け寄り抱きつきたいのに、公の場では無理だ。それは、私がミラーナ・バルテスとして生まれ育った中での教育がそうさせる。
その壁をぶっ壊して王子を得たリーシャが、今はひたすらに羨ましい。
曲が終わり、エリックと別れる。そんな私に、体当たりでやって来た小柄な人物。
「ミラーナ様ぁああ!」
「リーシャ様」
ギュウギュウと抱きつかれて、私は苦笑を浮かべる。いつの間にこんなになつかれたのだろうか。
「お会いしたかったです! 私っ」
「私も、貴女と会えて嬉しいわ」
私は、王子への未練が全く無いことに気づく。断罪直後は、さすがに王子妃と育てられたプライドが未練として残っていた。けれど、それすら忘れる程に、アン〇レの存在は私に深く染み入っていた。
「リーシャ様、お願いがありますの」
リカルド王太子のパートナーであるリーシャなら、王弟まで近づける。一縷の願いを託し乞い願うと、リーシャは一瞬目を丸くして、にっこりと笑った。
「私に出来る事でしたら、喜んで!」
物語のためとはいえ、こんな子を虐めていた事に、今更ながら罪悪感を覚える。
それに気づいたのか、リーシャは、気にしないで下さい、と呟いた。
「………有難う」
「で、私に願い事とは?」
「私を貴女の友人として、壇上に連れていって欲しいの。 あんな事をした私が友人だな…」
「嬉しいですミラーナ様っ! 私を友人と仰って下さるなんて!」
リーシャの笑顔に、裏はない。単純なのか、感情がすぐ表に出てしまうらしい。若干、以前より感情を抑えているようだが、伏魔殿のような王宮を渡り歩く貴族にはばれてしまうだろう。
「壇上にお連れして友人と紹介するなど願ってもないことですよ。 あ、もしかして壇上に気になるお方でも?」
リーシャは、普段は鈍いが、ここぞと言うときに鋭い。そんなに顔に出ていたのだろうか。
「だって、ミラーナ様以前よりも美しく可愛らしいんですもの」
「可愛い? 私が?」
あり得ない。目もつり目で顔は濃い。美人と言われた事はあるが、可愛いと言われたのは初めてだ。
「ええ、壇上の方に、恋をなさっているのですね?」
恋、そうだ。私はアン〇レに恋をしている。それは、私の雰囲気を変えるものなのだろうか。
「ええ、私は……王弟殿下に恋焦がれているわ」
リーシャが、息を飲んだ。
一介の子爵令嬢が、王弟殿下に恋をしても、実らないと分かっている。けれど、気持ちにけりをつけるため会話をしたかった。
こうして会えば、けりなどつけられないと思うのだが。
きっと、身分の差を乗り越えたリーシャなら、気持ちを判ってくれる。もし私と王弟の前に、私のような悪役令嬢が立ちふさがっても、排除する。私は、悪役令嬢ミラーナ・バルテスという自分に絶対の自信があった。
「こんな私は、変かしら」
「いいえ、素敵ですわ」
笑みを浮かべ、リーシャが私の手を取る。リーシャという鍬、いや衝車を得て、壁を壊す。
私は、ついにアン○レとリカルド王太子に再会した。
衝車:古代の攻城兵器。大きな台車に丸太棒を括り付けたようなもので、門を破壊するための兵器です。
はい、感想いただいたとおり、アン○レは王族です。前国王がつい手を出してしまった使用人から生まれました。王子として認められていますが、使用人である母の元で育てられたので、使用人が身についております。現国王が不憫に思い、王弟として再教育をしたため、王子としての知識や立ち居振る舞いも可能。ミラーナが執事にしては貴族のようだと思ったのはそのせいです。
細かい部分は、後々更新していく中で語れたらな、と。