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悪役令嬢は、意識の底から動き出す。

本編に戻ります。

若干ご都合主義みたいな展開ですが、各々の性格からこう動いたようです。

 なにやら最近屋敷が騒がしい。私の体調を思ってか、お通夜のような雰囲気だった屋敷が賑やかになるのは、私も嬉しく思う。

 倒れてから数日、衰弱して悲劇のヒロインになるにしては、私の性格はさほどひねくれていたらしい。涙も枯れ果て、人生に絶望しきった後私を待っていたのは、腹の虫の悲痛な声だった。

 次いで、親兄弟も私を甘やかすだけでなかった。そう、ただ甘やかされて育てられたなら、悪役令嬢などなれないだろう。

 そんな親兄弟が、ただ私を衰弱するのを悲しみに暮れ見守るなどするはずもなく、きっと知らない所でそれぞれの布石を打っている事だろう。

 目の前にある料理も、その1つだ。あまりにも懐かしくて暖かくて、でも苦しいこの匂いは、私の心を揺さぶるには充分だった。


『このレシピ、誰が彼から聞いたんだろう…』


 膳がこれしかないと言うことは、これを食べるしかないということで。

 私は、やがて覚悟を決めて匙を口に含んだ。

 あっさりとした塩味をベースに、各種のスパイスが入った野菜のスープ。

 それは、散歩や運動した後にアン〇レが作ってくれたものだ。コントラート家に伝わる家庭のらしく、そのような料理を食べさせてくれるという、優越感すら覚えた。


『やっぱり……忘れられないわ、アン〇レ』


 スープを平らげ食器をサイドテーブルに置くと、私は膝を抱えた。

 苦しいけど、また食べたい。あの時間は、確かに幸せだった。このスープは、その思い出の象徴かもしれないと、思う。

 アン〇レが、隣国の王弟で、王太子の親友。あの日、倒れそうになった私をいち早く察して抱えてくれたのは、アン〇レだったそうだ。呆然とする周りを兄である隣国国王と示し会わせて、騒がせる事なく対処をしたのは、やはり執事をしていたからだろう。

 実際、この私が身を任せたい相手はアン〇レしかいない。気絶する直前とはいえ、もし違う香りに包まれていたら、私は目を冷ましたかもしれないのだ。

 悔しいし、どうしようもないけれど、私はアン〇レが好きだ。思えば、アン〇レが、私を王太子妃候補として扱っていたのは始めからだ。1領主としての補佐官であり、屋敷の執事であり、王太子妃候補の忠実な護衛。今更ながら、マンガのアドレーとの相違点に気づく。

 マンガでは線の細い美形だったが、実際見てみると結構鍛えていて剣の腕もたつ。近衛騎士になれたかもね、と冗談混じりに言えば、成りたかったと苦笑されたのを思い出す。


『思えば、私はアン〇レの事、何も知らなかったのだわ』


 マンガの記憶があるから、知る必要はなかった。悪役令嬢である自分が王太子必妃候補になったのだから、マンガとは違うと知っていたのに、アン〇レは変わらないと疑わなかった。だから、アン〇レが王弟で、かつ王太子と親友とは知らなかった。

 好きだとアピールしても流されたのは、鈍感だと思っていた。色んな事に悟いアン〇レが、恋愛だけには疎いと、思い込んでいた。意図的に流された事も知らず、アピールを続けた自分の滑稽さに笑ってしまいそうだ。

 本来、好きな人に同じ思いを返されるのは、奇跡に近いものなのだ。だから、人は相手を知り、自分を知ってもらい、気持ちを通じあわせる。それなのに、当然返されると信じていた。

 目を閉じ考え事に意識を沈めていると、扉が叩かれた。入室を許可すると、侍女が入ってきて、膳を片そうとする。


『この料理は誰が作ったの? また、食べたいわ』


 枕元に置いてある紙の束に書いてみせると、侍女は頬を染めて驚き笑んだ。料理とはいえ、私が何かに関心を持ったのは、倒れてから初めてだからだ。本当に、屋敷の皆には心配をかけてしまっている。


「これは、新しく入った執事が作ったものですのよ! 物腰も柔らかで、容姿も整っているだけでなく、腕もたち知識も豊富! 侍女も皆彼に夢中で……あっ、申し訳ありません」


 特徴に、心臓が激しく動く。もしかして、と期待する反面、あり得ない、と冷静になる。


『その執事に会いたいわ』


 そう書くと、侍女はふるふると首を横に振った。


「お嬢様の部屋は男性禁制ですわ。 カイン様の言い付けですの……」


 兄さまが。

 そう考えてふと気づく。もしかして、兄さまはアン〇レを知っていたかもしれない。王太子の側近なのだから、王太子の交友関係にも詳しいはずだ。

 そう思うと、居ても立ってもいられない。侍女に頼んで、私は兄さまを呼んでもらった。

 行動を予測したのだろう、兄さまは柔らかい笑みを浮かべながら部屋に入ってくる。


「私に用があるようだね、私の姫?」

『このスープを作った、新しい執事に会いたいわ』


 兄さまの問いかけに、筆談で答えると、兄さまは首を横に振った。


「この部屋は、家族以外の男は入れないようにしているんだ。 会いたければ、自ら部屋を出ることだね」


 その言葉に、私はまんまと嵌められた事を悟る。アン〇レに会いたければ、立ち上がれるような気力を持てと。

しかし、何故この屋敷にアン〇レがいるのだろう。王弟ならば、使用人として侯爵家に仕えるなどあり得ない。


『何故、屋敷にアン〇レがいるの?』

「アン〇レ?」


 兄さまが首を傾げる。

 向こうの屋敷が慣れてしまったから普通に使ってしまったが、こちらの屋敷には通じない。


『子爵家執事のアドレー・コントラートの事ですわ』


 そう返すと、兄さまは訝しげな表情を浮かべて視線を反らした。


「なるほどね。 で、その名前の由来は何?」


 視線を戻し、兄さまは問う。私は、紙にアン〇レの由来を書いた。

 ある男装令嬢に仕える乳兄弟で厩番の青年。男装令嬢を愛し、愛され結ばれるが時代に翻弄されて命を落とした。


「で、その話は彼に?」


 1度は説明した。その時は、笑って流していたみたいだが。


『話しましたわ。 物語のようだと笑ってくれましたの』


 そう答えると、兄さまはその時のアン〇レのように、笑った。どう答えていいか迷うようなそれ。


「直球と言えば直球だな」


 アドレーを知って、自分のものだと思った。何をしても、余裕の表情で私を支えてくれたから、それが当たり前だと勘違いをしてしまった。


『アン〇レと呼んだこと、迷惑だったのでしょうか?』


 不満だったが、仕えるべき令嬢相手に逆らえなかった。好きだと言う気持ちを一方的に押し付けた。あの日の熱い口づけで思いは伝わって、アン〇レも私を思っていると期待してしまった。

 そう思うと、枯れたはずの涙が目元から溢れ出す。


『彼に、嫌われたくないの』

「なぜ? アドレーは君に正体を隠し、密かにクラウドと繋がっていた。それは裏切りではないのかい?」


 そう、裏切りだ。初めから知っていたら、こんなにも深く思う事はなかった。私を自由にさせて、でも確実に護りきって、夢中にさせておきながら、背を向けた。

 でも、あの口づけを除けば、アン〇レの行動は護衛とさして変わらない。護りきる自信があったから、私を自由にさせていただけで。だいたいあの口づけ自体自分から仕掛けたもので、多少の男の性に触れてしまい、後悔して去ったなら説明がつく。


『………それでも、好きでしたの』


 王弟なら、私を貰うのに差し支えないのに。元々次期王弟妃として相応しい教育をされてきた私だ。誰よりも相応しい王弟妃になってみせる自信はある。


「アドレーは諦めなさい。 彼は、アイツを裏切れない」


 アイツ、と聞いて浮かんだのは王太子。王太子と並んだアン〇レは、まるで長年の友であり、忠実な臣下に見えた。

 国王を見る、父さまのような。王太子を見る、兄さまのような。表情。

 チリチリと、胸を焦がす感情は、きっと嫉妬だ。アン〇レの感情を揺るがす唯一に、私は嫉妬している。


『………忘れるなんて、出来ませんわ』


 紙に書きなぐって私は体を動かそうとする。悔しい。今すぐ会って問い詰めたいのに、体が動かない。

 また会ってどうすると言うのだろう。顔を合わせて、また他人のふりをされたら辛い。一線を引いて、笑ってくれないかもしれない。

 それでも会いたい。他人から見れば、裏切られて傷付けられてまだ好きなのかと呆れられるかもしれない。けれど、知れば知るほど好きになる、もっと別の顔が見たいと思う。


「眠っていても、名前を呼ぶくらいだからね」


 指摘されて、私はカッと顔を赤く染める。

 そんなに呼んでいたのか。そして、呼んでいたから執事に据えてくれたのか。


「あと、クラウドとは婚約破棄になった。 アイツも了承している」


 えっ。

 驚いて顔をあげると、兄さまが優しく笑った。そして、大きな手のひらで私の頬を包む。


「もう誰を好きになってもいいんだ、ミラーナ。 すまない、初めからこうすれば、君は声を無くすほど苦しまずにすんだのに………私は」


 そう言いかけて、兄さまは口を閉ざす。


『どうかしまして?』


 私が続きを促すと、兄さまは何でもないと苦笑を浮かべた。

 さらに追及しようとした時、外から扉を叩かれた。本来なら声がかかるのに、一向に用がある相手を呼ばない事に私は眉を寄せた。


「…………なるほどね」


 何かを察したのか、兄さまは扉に近づくと何かを告げた。扉越しの相手も、近距離なら話すらしい。

その対応に、私はハッとした。不審者でなければ、屋敷で私に話しかけられない人物が1人だけいたからだ。

 そして、その相手は私が扉に来ることはないと知っている。

 応対を終えたのか、兄さまがこちらに向かってくる。


「すまないが、私は少し席を外すよ。 疲れただろう、ミラーナは休みなさい」

『アン〇レなの? お願い、一目だけでも会いたいの!』

「ダメだよ」


 兄さまが即答して、扉に向かう。

 けれど、私は諦められなかった。

 渾身の力を振り絞って、体を動かす。いつの間に、体を動かす事を忘れたのか。ぎこちなく匍匐前進しか出来ない私は、無様にベッドから転がり落ちた。

 それは扉を半分ほど開けた兄さまにも聞こえたのか、焦った表情でこちらに向かってくる。


「ミラーナ!? 何をやっているんだい!」

「……………!」


 悔しい悔しい悔しい。

 以前なら数秒もかからない距離なのに、今の私にはいくら時間がかかるかわからない。

 呼び止める声も奇声と言えるものしか出ない。

 軽やかに抱きつけた腕か、ひたすらに遠い。

 焦って抱き抱えようとした兄さまの手を払い、私は前へ進む。


「ア……」

「…っ!」


 お馬鹿な兄さま。私の前に人参を見せたら直進するしかありませんわ。

 厳しい兄さま。アン〇レを呼びつけたら早いのに、私のために耐えていらっしゃる。

 賢い兄さま。でも、私はお利口さんじゃありませんの。何度絶望しても、傷ついても、泣いても、求める事を止められませんの。


「アドレー、今だけ室内に入る事を許す!」

「なりません」


 すとん、と声が落ちる。

 気持ちが高揚して顔を上げると、厳しい表情を浮かべたアン〇レが、扉を全開にして片膝を立てた形で跪いた。


「そなたは…っ!」

「ミラン様、私に触れたければ、ご自分の手と足で扉までお越しなさい」


 ベッドからアン〇レまでの距離の、ちょうど半分。

 体力もだいぶ尽きた私が、たどり着けるまでどれだけ時間がかかるだろう。

 兄さまも厳しいけれど、アン〇レはもっと厳しい。自分が私をこんな体にしたと判っていて、まだそう言い放つ。決して、私を甘やかそうとしないのに、私はどうして好きになったのだろう。

 王太子と親友だと知ってから、わざとなんじゃないかとも思う。私を散々いじめぬいて、王太子に送り出す。アン〇レはムチで、王太子はきっとアメなんだ。

気にかけた事はなかったけれど、悪役令嬢をやりとげたご褒美に王太子が甘やかしてくれるはずだったかもしれない。

 でも、皆私を誤解している。甘いアメだけを与えられるより、ムチの中に与えられるほんのり甘いアメがいい。

 それは前世ではけして選ばなかった、ミラーナという今の私の選択。

 あれだけ好きだと思っていた前世の旦那様が、霞んでいく。支えられるだけじゃ、私は満足出来ない体になってしまった。共に支えあい、並び立ちたいと願ってしまった。


「……ァ」


 指先が、アン〇レの膝に触れる。

 すると、その腕がグッと引かれて、強い腕の力の中にいた。


「よく頑張りました、ミラン様」


 鼻に香る匂い、耳に触る声、肌に触れる熱。

 その全てを、私は覚えている。どちらともなく少し体を離して顔を向かわせあった。


 ああ、これは。


 ドキドキと高鳴る心臓を抑えつつ、私は目を閉じる。

 唇に落ちる、あの熱い口付けを期待して、わざとらしく唇を小さく開いた。


「お嬢様、もうお疲れになったようですね」


 え?!


 ポンポンと頭を撫でられて、私は抱き上げられる。


「………いや、そこまできたら褒美にやってもいいと思うが? ほら、私なら後ろ向くし、さ」


 そうでしょうとも兄さま!

 ここは口付けを交わして、あわよくば首筋に痕を残すフラグだと思いますわ!

 あ、あら、キスマークだなんてはしたないわミラーナ。


 そう主張しようと目を開くと、アン〇レは涼しい表情で笑みを浮かべていた。


「こんなにいじらしいミラン様が、私を求める姿を拝見した後です。 私が、口付けだけで気がすむとお思いですか?」


 え、それどういう意味!?


「な、そなたっ…!」


 さすがの兄さまも驚愕の表情を浮かべる。


「嘘ですよ」


 全てを見透かしたような瞳が、唖然とした私を映す。アン○レの表情に感情は見えなかった。

 そして、アン〇レはゆっくり私を運ぶと、ベッドの上にそっと置いた。

 アン〇レが去っていくと思って反射的に服を掴むと、アン〇レはふわりと私に微笑む。


「いかがわしい添い寝でもしてほしいですか?」


 そう問われたから、思わず服を放す。すると、アン〇レは軽く笑って少し離れた。


「汗をかかれたようですので、メイドを呼びましょう。 それでは、ゆっくりお休みください」


 立ち去る姿さえスムーズ過ぎて、私と兄さまはしばらく固まっていた。

 互いに呪縛が解けたようにハッとする。


『いかがわしい添い寝ってなんなの!』

「………なんか余計な枷を解いてしまった気がする。 だが、ミラーナが扉まで自力で動いて、生き生きとした表情を浮かべている。 悔しいが、それはアイツにしか出来なかった事だ」


 憎々しげにしながらも、緩む頬を抑えられずに兄さまが呟く。


 その後、子爵家で愛用していた香油をはった湯船に浸かり、アン〇レから指示されたマッサージなどを受けながら、私は心の中で何度もアン〇レに悪態をつく。

 けれど、アン○レが何故ここにいるのか、何を考えているのか。それはいまだに判らなくて、私をしばらく悩ませた。



ミラーナはだめんずに引っかかるタイプかもしれないなと、少々心配してしまいそうです。

何があっても立ち止まっても振り返っても、きっと沈むより前に進む子なんだなぁと。

閑話を読まなくてもわかる仕様にしようと思ったのですが、いきなり説明しだすのも変かなと思ったので、次回以降につながるよう書いていく予定です。


あと、今回から感想欄を完結まで閉じさせていただきます。

ご了承くださいませ。

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