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(閑話2)王弟殿下は、煌々とした月の光に魅せられる③




「そういうわけで、明日私の婚約者として参加するように」

「は?」

「衣装はこちらで用意する。 化粧も手自らやろう」


 にっこりと笑って、私は目の前の人物を壁に押しやった。顔の両端に腕を伸ばし、逃がさないようにする。


「いや……俺男ですけど」

「うん、知っている」


 目の前の人物は、私の護衛であるカミル・ランドリックだ。まだ18歳という若さだが、近衛の中でも早くに頭角を現し私の護衛に、最近就任した。というのも、カミルが黙っていれば美少女という容姿をしていて、男ばかりの近衛や騎士団に入れておくのは危険だという上役の判断だという。


「このままだとね、私は令嬢に見向きもされないみじめな王弟として兄に恥をかかせることになるんだよ。 私が普段どれだけ女性に敬遠されているか知っているだろう?」

「いや、ただ高嶺の花過ぎて手が出せないだけじゃあ」

「そなたの答えは聞いていない、命令だ」


 手近な女官や侍女を連れてくることもできたが、さすがに王弟の婚約者として広められた後に良縁が降ってくるとは思えない。こんなことで、傷をつけることなどできなかった。かといって、その女性をそのまま妃にするつもりもさらさらなかった。

 理想の女性は誰だと聞かれたら、いまだに不動の一位はミラーナ様だからだ。否、ミラーナ様以外に考えられない。生涯独身、というのは、私にとって都合の良い事だった。私の子々孫々が、異母兄の子々孫々に迷惑をかける可能性を確実になくすことができるからだ。そもそも、この血を未来に継がすなどありえない。

 そこまで思って、私は自分の中の歪みに笑う。自分の事だけが大切な歪みきった人間には、こういう生き方しかできない。


「まだ抵抗するなら、このまま男色疑惑を作ろうか?」

「いや! やらせていただきますっ!!」

「よろしい」


 涙目で了承したカミルを解放して、私は口元をゆがめた。










 壇上の上で数日ぶりに見たミラーナ様は、いつもより美しかった。それはもしかして、クラウドが壇上にいるからかもしれない。そうあって欲しい、と願う。

 だが、私の目は無意識にミラーナ様ばかりを追い、ミラーナ様もまた私を見ている、ような気がした。その瞳に映る誘うような色の相手は、一体誰なのだろう。


「一段と綺麗になった」


 クラウドの表情が高揚している。けれど、ミラーナ様がこちらを流し目で見るたびに、その表情はいぶかしげなものになっていく。


「………ミラーナは誰を見ているんだ」

「クラウドだろう?」

「……………なぁ、本当にミラーナの周りに怪しい男はいなかったのか」

「ああ。 執事としてずっと傍で仕えていたからな。 ミラーナ嬢が男と出会っていたら先に私が気づく」


 それ以前に、ミラーナ様は私を振り回して色んな場所に行くだけで、既成事実を作ろうと男と出会いを求めるという事もしていなかった。一度気になって聞いてみたが、そこらの男には興味がないらしい。さすが家出をしていても元王弟妃候補。理想は高いのだろう。

 たわいもない話をしていると、舞踏の曲が流れた。クラウドは弟の妃候補であるリーシャ嬢と踊り始めた。私はというと、まだ女装カミルことカミラが奥に引っ込んでいるので、踊る相手はいない。

 しばらく会場の様子を見渡しているうちに一曲が終わった。すると、リーシャ嬢は一目散とミラーナ嬢の元へと走って行った。何事か語り合って、そしてこちらに顔を向ける。たぶん、クラウドに会いに来るのだろう。それを見越して、私は奥にひっこんだままのカミルに合図を送った。


「私の親友、ミラン・ヴォルトロール嬢ですわ」


 リーシャ嬢が紹介をしても、真っ赤な顔をして、ミラーナ嬢が顔を伏せる。時折向けられる視線に、私は王弟の仮面をかぶって笑って見せた。


「はじめまして、ヴォルトロール子爵令嬢……いや、バルテス侯爵令嬢と言うべきか。 余はエルドランド国王。 横にいるのは王妃、王太子のレイモンド、そして余の弟のアレクスタインだ」


 異母兄が、ミラーナ嬢に家族を紹介する。最後に私の名前が呼ばれ、視線が絡まる。表情に動揺が見られ、きっと私はうまい事仮面をかぶれているのだと確信した。

 そう、私は王弟アレクスタインだ。


「お初にお目にかかります、ミラーナ嬢。 こんな美しい姫が未来の王妃とは、君も隅におけないなクラウド殿」

「ああ、そうだろう」


 クラウドを横目に見ながらからかうと、クラウドが人前なのに珍しく動揺を隠せないでいた。完璧な王太子の仮面を崩れさせるミラーナ嬢は、ある意味傾国かもしれない。


「王妃に相応しい、最高の女だ。 半月後の挙式には、君も参加してくれるんだろう? アレク殿」

「ああ、もちろんそうさせてもらうつもりだよ。 隣国の王族としても、君の親友としても」

「ミラーナ、そなたに似合う最高のドレスを用意した。 もう気が済んだだろう? わがままもそこそこにして、いい加減国に戻ってこい」

「お義兄さま!」


 あえてミラーナ嬢の顔を見ずに会話を続けていたら、リーシャ嬢が会話を切った。その目は、悲しみに潤んでいる。


「ミラーナ様は…ミラーナ様は、結婚などなさりません!!」


 ふぅん。

 ミラーナ様から王弟妃の座を奪った女が良く言う。クラウドにとっては恩人だろうが、ミラーナ様にとってはライバルなのに、何を主張しているのだろう。虫唾が走る。

 そう思って、一番ひどいことをしているのは自分だと、私は心の中で笑う。


「これは王命だ」

「今のミラーナ様はエルドランド国の侯爵令嬢ではありません。 ローランド国の子爵令嬢ですわ!それに…っ!」

「リーシャ」


 ミラーナ様がリーシャ嬢の言葉を断ち切る。そして、すがるように私を見つめた。なのに、私の心はひどく凪いでいた。心が切り離されたかのように、喜劇の舞台を見ているような感覚。


「私……私は」


 ミラーナ嬢の口からアドレーの名前を出させるわけにはいかない。想いを伝えあったわけではないが、未婚の令嬢の唇を奪ってしまったのだ。それなりの断罪は必要になる。だから、私はこっそり現れたカミルの肩をつかんだ。


「そういえば、ここで私の吉報も報告していいか? 王宮でひっそりと逢瀬を重ねた愛しい人と、結婚することにした」


 カミルの顔に、ミラーナ様への思いを重ねる。今私がどのような表情をしているかわからないが、目の前のカミルが悲壮な表情をしているのだから、きっと愛しい人に向けているような顔になっているのだろう。


「私の妻になる女性、カミラだ」

「か……カミラです」

「…………」


 カミルの声を聴いて、クラウドの表情が呆ける。まぁ、仕方ないか。余興の一つになるだろう。

そう笑い話にしようと思った。きっと二人の令嬢も笑っているだろう。そう思ってミラーナ嬢を見た瞬間、私はとっさに動いてしまった。

 誰も気づかない、きっと一か月傍で見ていたから私だから判ったわずかな異変。


「ミラン様!?」


 私が腕を伸ばすのと同時に、ミラーナ様が私の腕に倒れ込む。そして、反射的に私はミラーナ様を抱き上げた。


「ミラーナ!」

「ミラーナ様っ!?」

「カミル、今から休憩室にミラーナ嬢を連れて行く。 そなたはそこに医師を呼びつけよ」

「畏まりました」


 私の命令を受けて、カミルがドレス姿のまま騎士の礼をして去る。

 私は、ミラーナ嬢を抱えたまま異母兄夫婦を見た。視線があい、困惑気な表情を向けられる。


「ああ、未来の隣国王妃に大事があってはならんからな」

「ええ」


 こんな時でも、異母兄は私に助け船を出してくれる。それに心のうちで感謝をしつつ、あくまで招待客を運ぶという体を取り、会場の近くに設えられている休憩室に向かった。

 扉を足蹴にして開かせると、大きめのソファにミラーナ嬢を寝かせる。若干揺らしてしまったが、ミラーナ嬢が目覚める気配はない。


「………アレク」

「私の本質は執事であり騎士。 そう気づいて私を宰相にしてくれる約束をしたのではないのか?」


 ソファから離れ、立ち尽くすクラウドの肩をたたく。


「お前とミラーナは」

「それでも私は君を選ぶよ、クラウド」


 困惑と悲痛な表情がまじりあう視線が、私を射る。それを軽く流すと、視線の先にカミルが見えた。


「王弟殿下、医師をお連れしました!」

「ご苦労だった。 もう化粧を落としてドレスを脱いできてもいいぞ」

「………いえ、俺は王弟殿下の護衛です。 このような姿でも、私用で傍を離れることは致しません」

「そうか、なら化粧を落としてこの部屋にある予備の服に、隣の部屋で着替えてきてはどうだ。 なんなら私も付いていく」


 そう薦めると、近衛として頑なに拒否していたカミルが、ほっとした表情を浮かべる。


「この場には医師とリーシャ嬢、そして婚約者のクラウドがいる。 ホスト役だが私が少し抜けても構わないだろう」


 誰に了承を得るでもなく呟くと、私はカミルを連れて隣の部屋へ向かった。






 その後、意識を失ってはいるが体調は悪くないミラーナ様を、ローランドの屋敷に無事送り届けられたという報告を聞き、私は安堵した。ついで、ミラーナ様が声と気力を失ったと聞き、私は笑みを浮かべる。

 これで彼女は私の事を酷い男ときちんと認識するだろう。表面上は、王弟が何をしたという証拠はない。逆に、恩を売りつけたくらいだ。

 あとはすべて二人だけの問題。私は初めからいなかった存在として扱われればそれでいい。




 だから、私は正々堂々手紙の主に会うことにした。



 そう、クラウドの側近にしてミラーナ様の兄、カイン・バルテスに。

クラウドの事をまったく知ろうとしなかったミラーナのツケとも言えるのがアドレーことアレクです。

色々手放さざるを得なくなったアレクが唯一残すことが出来たのがクラウドの親友という称号です。王弟だと判るまで、カインにもクラウドからいずれ宰相候補を連れてくるという話は出ていたかと思います。

クラウドはクラウドで根っからの兄気質なので、ヤンデレや粘着系を向けられても「どんとこい」と受け止めるから厄介な…。でも一番大切なのはミラーナなので、ミラーナかアレクどちらかを選ぶとしたら、ミラーナを選びます。そこが、クラウドとアレクの違い。


自分の事を嫌って、奮起してほしいとか言ったのは、かつて私が好きだった人の言葉だったりします。あの時ショックだったのに、今ではネタに使っているのだからどうしようもないですね(笑)

ミラーナと違い、私は好きな人の家庭の事情を知っていたのでショックを受けつつも嫌いにはなれませんでしたが。ま、百年の恋が冷めた感覚はありましたけど。

設定ではアドレーはミラーナを終始可愛い妹のように接して、ミラーナもアドレーに淡い憧れを抱くだけだったんですけどね。まさか二人がこんなずぶずぶに互いを好きになるとは思いませんでした。


思いませんでしたというのは、始まりと結末しか考えていなくて、間は登場人物任せになっているリアルタイム進行型なためです。


ほんと、軽ーいラブコメ風な悪役令嬢モノだったはずなのになぁ…。


次回から本編に入ります。一応、閑話を読まなくても大丈夫な仕様にはなる予定。

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