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(閑話2)王弟殿下は、煌々とした月の光に魅せられる②




 それから数日後、私は異母兄から王族として次の舞踏会に出席するよう命じられた手紙を受け取った。あの異母兄が私に命令するなど珍しいと思ったら、どうやらクラウドが舞踏会に合わせてローランドに来るらしい。それならば、命令するまでもなく参加するというのに。

 しかし、その舞踏会はクラウドとミラーナ様の再会の場でもあった。クラウドが来ることを知らず、ただ楽しみにしているミラーナ様を見ていると、言ってしまいたくなる気分になる。けれど、言ってしまったら彼女は欠席するだろう。早く、二人が結ばれて幸せになってくれればいい。そして王女が生まれたら、私に寄越してくれたら嬉しい。幼女趣味はないのだが、大切な二人の娘なら確実に私好みだろう。

 それなのに、ミラーナ様は最近おかしなことを言い出した。口を開けば、私に結婚しろと言うのだ。名前を間違えたままで言うので冗談だろうと笑っていたのだが、どうやらアン○レという名前の男は、主君であるオス○ルという男装の麗人を従者として支え、互いに愛し合うのだそうだ。


「男装の麗人と言えばオス○ル、そして従者と言えばアン○レじゃない。 これは運命なのよ」


 見知らぬ他人を例に出されても、正直何を言えばいいか判らない。正直に言えば、ミラーナ様は群を抜いて美しい。咲き誇る薔薇のように気高く、無言で立っているだけで誰もが目を引き付けられる。そんな相手に毎日のように好きだと言われていれば、少しは揺らいでしまうのが男というものだろう?

しかし、揺らぐたびに親友の顔がよぎる。間男をしているわけではないのに、まるで裏切っているかのような心地になる。大切な姫様か、大切な主君か。

 男である私は、大切な姫様を選べといい、騎士である私は、大切な主君を選べという。顔立ちは王に見初められた母親似だけあって悪くない方だと思うが、何分陰気で厄介者の王弟だ。王弟ならまだ身分があるかいいが、今は一介の若年執事だ。しかも伯爵以上に仕えるなら箔もつくが、子爵の執事なのだから本来なら侯爵令嬢のミラーナ様が選ぶには身分差がありすぎる。どうしてわざわざ将来の王妃の座より、執事夫人を選ぼうとするのか、理解が出来なかった。

 それに、私は常日頃ミラーナ様には厳しく接している。ミラーナ様が望んでいるとも思ったし、私の目の黒いうちは親友の妃を堕落させてはいけないと誓っていたのだ。王妃になりたくないから手短な所で手を打とうとした、というわけではないようで、私を見るミラーナ様の瞳からは、色があふれていた。自身を魅せる方法を心得ているのか、私が、この月の光のような令嬢に惹かれるのは時間の問題だった。


「そんな事言うと……どうなるか判りませんよ?」


 そう言って脅しても、むしろ心得たとばかりに目を細める。誘うような唇に、理性が飛びそうになるのを必死で抑えて、額を指ではじいた。指で、唇でソレに触れたら、どれだけ柔らかいのだろう。苦しくて、辛くて、泣いてしまいそうだ。

 菖蒲色のドレスも、翡翠色の耳飾りも、全て親友のためのものだ。

 そんなこと、とうに知っている。

 舞踏会には王弟として出席するため、従者アドレーは出席できないと告げると、ミラーナ様はとたん詰まらなさそうな表情を見せた。折角設えた舞台だというのに、再会してもらわないと困る。そう、これ以上針のムシロのような感情に振り回されるのは辛い。


「なら、今一緒に踊ってくれないかしら? テビュタントで恥はかきたくないの」


 すると、ミラーナ様は代替案のごとくそう言った。困惑する。ダンスなど踊ったら、私がただの執事ではないと見抜かれてしまうかもしれない。それ以前に、ミラーナ様に触れてどうにかなってしまうかもしれなかった。


「だめ?」

「代々ご子息、お嬢様にお教えするべく習っておりますが、私がミラン様にお教え出来ることは」

「教えてとは言っていないわ。 同年代の男性と踊るのはどのような感じか知りたいの」


 あくまで同年代の男性と言われてしまったら、従者として断る理由はない。問題は、私の中にある恋情だけだ。

 あからさまに困った表情を見せてもまっすぐに見つめてくるから、私は仕方なくその場に片膝を立て跪いた。


「私と一曲ご一緒頂けますか? ミラーナ嬢」


 差し出した手に重なる手が震えている。ミラーナ様を見ると、目元が潤んでいた。顔も、赤い。

 まるで、恋をした男性にダンスを誘われたような令嬢のようだ。


 どうかどうか、そのような目で見ないでいただけませんか。


 触れた部分が熱を持ち、甘い香りに酔いそうになる。

 ミラーナ様のダンスは、自信がないという割に上出来の部類だった。むしろ、これほどのダンスが出来る令嬢はめったに見られないだろうほどに完璧だ。ゆえに、私も流されまいと本気を出してしまう。

 疲れた様子を案じると、視線が交わる。すると、ミラーナ様の視線が泳いだ。

 時折何かを叫んでいたが、考え事をしているのであえて問いかけずにいる。その思考の内容が、クラウドとのダンスであってほしい。私の主は、不器用だが尊敬できる人物だ。きっと、ミラーナ様も幸せになれる。


 嘘だ。今すぐこの手を引き寄せ腰を抱きしめ、自分のモノにしたいくせに。

 逸らされる視線を自分だけに向けさせ、赤い唇を貪り閉じ込めたいくせに。

 白い肌に所有印を散らし、肌を合わせ、奥の奥まで………。


『選べ。 さすれば、彼女は容易く手に入る』


 まるで神の啓示が下りたように、思考が飛ぶ。

 私が動きを止めたのに気づき、ミラーナ様が顔を上げた。その瞬間、私は我に返って張り付けた笑みを浮かべた。


「ミラン様、気持ちが入っていませんね」


 そういうと、ミラーナ様は気持ちここに非ずといった風に返す。


「あ、いや。 あまりにスムーズだったから」

「考え事をしていても、ミラン様は飛び回る蝶のように優雅に舞われていました。 デビュタントも、隣国に戻られた後の王太子妃としても、問題はないでしょう」


 だから、つい意地悪のように言ってしまった。ミラーナ様が表情を変えるのを見て、私は先ほどの言葉に支配されていくのを感じた。本当に、私ごときがミラーナ様を奪っていいのだろうか。


「王太子妃なんかじゃない」

「私はそう聞いております。 エルドランド王太子自らに見初められた、博識で賢女、次期王妃に相応しい麗しき淑女。 ミラーナ・バルテス侯爵令嬢」

「やめて!」


 ついには、ミラーナ様に振り払われた。自分の発言を棚に上げた私は、心に黒い靄を宿す。


「もしエルドランド王太子や王弟妃候補リーシャ嬢の見る目がなくて国外追放になったなら、ローランドの王太子妃に迎えたかった。 貴女なら、きっとこの国を発展させてくださる」

「………なんで、そんな事を言うの? 嫌よ、アン〇レだけは、そんな事言わないで!」


 そうだ、傷つけるのは私の役目だ。そうして、傷ついたら優しくクラウドに慰めてもらって、幸せになればいい。

 私は、最後のとどめとばかりにミラーナ様の腰を抱いた。混乱しているミラーナ様にはきっと、今の私の欲情など気づかないだろう。


「ローランド王太子妃に、なりませんか?」


 くらくらとする。つい口が滑って王太子妃が王弟妃になってしまわなくて良かった。そう、私は自己保身が大切な酷い男だ。ミラーナ様が一過性とはいえ恋情を向けるに値しない最低の男だ。

 今の私は、ひどい顔をしているだろう?性格が現れるくらいに醜い顔だ。

 愛しい人を泣かせても、構わないくらいに。


「アドレー、命令よ」


 けれど、ミラーナ様は大粒の、宝石のような涙をあふれさせながらも、私を強く射るように見つめる。女王然としながらも、とても繊細で脆いはずのミラーナ様は、私ごときの言葉で心を折ることはしないのか。

 魅せられて、諦めて、呆然とする。


「これが最後。 母国に帰って王太子妃になるから、だから」


 私は、ミラーナ様の言葉に安堵してしまった。もうこれ以上言葉を連ねなくても済むと思ってしまった。

だから、ミラーナ様の行動に、思考が追い付かなかった。


「私に口づけさせなさい」


 そう言われるや否や、私の唇は柔らかいものに触れた。呆然としていたからだろう、少し開いていた口に、生暖かいものが入り込む。ついで、首に背中に腕が回った。私の服越しの胸板に、ミラーナ様のやわらかい胸が当たる。


 ミラーナ様が、全身で私を求めている。


 そう思ってしまったら、歯止めはかからなかった。形勢逆転とばかりに、私はミラーナ様の後頭部を抑え込み、私から離れられないように抱え込む。

耳に響く水音。

 ミラーナ様の唇から洩れる甘い声。

 貴女が欲しい。唇だけじゃ足りない。首筋も、胸も、腕も、全てが。

 どちらともなく貪りつくして、離れる。ミラーナ様の色づいた表情が、さらに私の劣情を煽った。

 貴女と添い遂げたいと願ってしまった。

 だから、侯爵令嬢が一介の執事である私とコトに至ってはいけないと、ぎりぎりの理性で留める。


「貴女はひどい」

「ひどいと思うなら…」


 私は、人差し指でミラーナ様の唇を閉じた。せめて、偽りの姿ではなく王弟としての私で、ミラーナ様に求婚をしたい。

 厄介な立場になっても、貴女は受け入れてくれるだろうか。


「理性が持ちませんから、それ以上は言わないで」


 もう、頭に親友の顔は浮かばなかった。ただ、ミラーナ様だけが映る。


「私も親兄弟も、貴方が庶民でも反対はしないわ」

「知っています。 けれど、今の私ではだめなのです」


 知っている。このままでも貴女は受け入れてくれると。けれど、私は持てるすべてを貴女に捧げたいと願ってしまった。待っていて、などは言えない。言って縛り付けたくはない。ただ、少しだけ、ほんの少しだけ、このまま私だけを見てほしい。


 だから、私は涙を拭うように、ミラーナ様の目元に口づけを落とした。








 それから、私は子爵邸を辞し王城へ戻った。一刻も早く、王弟として迎えに行きたいと熱に浮かされたように行動していた。きっと大丈夫、そう疑いもしなかった。

 そんな私の前に、冷たい表情の異母兄がいた。


「その娘だけは認めるわけにはいかない」


 王弟アレクスタインとしてミラーナ・バルテス嬢を妃に迎えたいと申し出た返答だ。何故かなどは承知している。私は本当に間男になってしまったのだ。

 あれほどまで仲良く、忠誠すら誓った親友の婚約者に手を出した。


「私とミラーナ様は、互いを想いあっています」

「だが、ミラーナ嬢は将来の隣国王妃だ。 そなたが宰相として仕えたいと願った王太子の妃なんだ……余は、国交だけで済むなら認めようと思う。 それだけ、国がそなたから奪ったものは多い。 しかし、違うだろう? ミラーナ嬢を選べば、そなたは親友を失う。 親友を選べば、そなたは愛しい人を失う」

「それは」

「もうこれ以上、余は………俺はそなたが失うのを見たくない。 出会ってから、そなたは色んな物を我慢し失ってきた。取り上げられてきた。 だから、借金があったり、ろくでもない親がいたり、浪費家だったり…どんな娘でもそなたが選んだならよかった……」


 いつも笑顔を見せる異母兄の、苦しげな顔から目を背ける。慟哭を抑えたような声に、耳をふさぎたくなる。私は、ただ静かにその場を辞することしか出来なかった。

 それから回廊を歩いていると、前方から賑やかな一団が見えた。その先頭にいるのは、誰よりも輝いて威厳を放つ存在。


「アレク!」


 今一番会いたくない存在を目に写し、私は動きを止めた。すると、周りが驚くほど表情をゆるめたクラウドが、私を抱きしめ背中に腕を回す。


「久しぶり! 元気だったか?」

「…………ああ」


 絞るような声しか出せなかった。同じ女性を好きになり、合わせる顔などないのに。そして、クラウドは私がミラーナ様を好いていることも知らず、疑いもしないだろう。剣に誓った忠誠を、信じているのだろう。


「………元気だよ」

「本当か?」


 クラウドが、心配そうに顔を覗き込む。私は、見え透いた嘘を紡ぐくらいならと、表情をゆがめて見せた。


「いや、少し困った案件があってね」

「どうした? 俺で力になれることがあれば、何でもする」


 やはり、私にとってクラウドは大切な親友であり主君だ。せめて、クラウドが最悪な男なら、ミラーナ様を奪って逃げようと画策したのに。ミラーナ様と過ごした一か月と、クラウドと過ごした三年は比較するまでもなかった。


「それでも私は、君を失うことなどできないんだ」


 小さいころからやれば大抵のことが出来た。やればやるほど、向けられる悪意に心が何度も折れた。無難に生きていこうとしていた時、君が私に光をくれた。君が求めてくれたから、私は自分の実力に欲を持てた。君の傍に寄り添い支えられるように。王弟となってからも変わらない態度に、何度救われただろう。君の宰相という夢を失った時、王族として互いの関係をよりよくしていくという夢を描いた。

 そう、これは依存だ。目の前の、大きな器に飛び込めば、どこまでも大きくなっていいんだという自意識過剰な安心すら覚えるくらいに。


「何があっても、手放すつもりはないが?」


 何を不安がってるんだか。


 ぼす、と大きな掌が私の頭を無造作にかき混ぜる。それだけで、涙腺が決壊した。

 おそらく、異母兄の言いたかったことはこういう事なのだ。きっと、異母兄はミラーナ様相手でも喜んで祝ってくれたのだろう。けれど、私の感情を予測してあえて壁という悪役になってくれたのだ。壁がなければ、私は今この場でクラウドと決別していただろう。


「………お願いがあるんだ、クラウド」

「ん?」

「君に娘が生まれたら、私の嫁にくれないか」


 私がそういうと、クラウドは想像したのか顔を真っ赤にさせた。


「あ…ああ、確かにアレクなら申し分ないが…だが、娘はきっと可愛いから誰の嫁にもやらん」

「ひどいなぁ」


 こんな私に、ミラーナ様を選ぶ資格など、ないのだ。

 おそらく、私が間男宣言をしたら正々堂々戦おうとするのだろう。けれど、私は自分から土俵を降りてしまった。それが、結果だ。





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