忘れない帽子
ちらほらある民家の一角に小さい駄菓子屋があった。木の引き戸は開いていて古い木の匂いがどこか懐かしい記憶を呼び覚ます。
イナと加茂ちゃんは駄菓子屋に入り込み、お菓子を眺めていた。その中、ヤモリは二神を一瞥し、アイスが入っている冷凍庫の中からモナカアイスを三つ取った。
「いらっしゃい。」
カウンターに座っていたおじいさんがヤモリに笑いかけた。ヤモリは愛想笑いを返すとモナカアイスを三つ見せた。
「モナカアイス三つだね。」
「はい。」
「三百円だね。」
「はーい。」
ヤモリは財布から三百円を取り出すとおじいさんの掌に置いた。
「ありがとう。ところで……。」
「……はい?」
おじいさんはヤモリがかぶっている帽子に目を向けていた。
「その帽子……どこで……。」
「え?これですか?」
ヤモリは自分がかぶっていた麦わら帽を指差した。
「それじゃなくて……その上に乗っている野球帽だよ。」
「こっちですか?これは先程……えーと……。」
ヤモリは野球帽だけとるとおじいさんに見せた。
「それは俺のだ。」
「え……。」
おじいさんはうちわで自身の顔を扇ぎながら野球帽に目を向けていた。
ヤモリが困っていると会話を聞いたイナと加茂ちゃんがいそいそとヤモリの元へ戻ってきた。
「シャウ!……じゃあ、この人があの時の男の子だったんだナ!君、君、帽子を彼に返してあげてほしいんだナ!シャウ!」
加茂ちゃんはヤモリのすぐ隣で声を上げた。おじいさんはもちろん、加茂ちゃんの声もイナの声も聞こえない。ヤモリだけは人に見える神だった。対応はヤモリがやるしかない。
「あ、これ拾ったんです。あなたのだったんですか。じゃあ、返しますね。」
ヤモリは加茂ちゃんの言った通り、おじいさんに帽子を返してあげた。
「拾った……。ずっと見つからなかった帽子が……一体どこに。ああ、これな、凄い大事なものだったんだ。ガキの頃な。ここ、見えるか?」
おじいさんは野球帽のツバ部分を指差した。
「……?これは……サインですかね?」
「そうだよ。当時の野球選手に書いてもらったサインだ。すごく大事にしてたんだ。この野球帽をかぶっていた時は本気でプロ野球目指したもんだ。これがなくなっちまってからどうでもよくなってしまったがね。で、今は駄菓子屋さ。」
おじいさんはツバに書かれたもう黒いシミのようになってしまっているサインを懐かしそうに眺めた。
「ちょっと……加茂ちゃん……いたずらでそんな大事なものを奪っちゃダメだよ!未来のプロ野球選手だったかもしれないのに!」
イナがヤモリの横で声を上げた。しかし加茂ちゃんは何故か微笑んでいた。
「加茂ちゃん!なんで笑ってるの!」
「うん。知ってたんだナ!その子が大事にしていたものだって事。シャウ!」
加茂ちゃんの言葉にイナは困惑した顔をしていた。イナが困惑しているとおじいさんが再び口を開いた。
「あの時は忘れもしないよ。台風だか暴風雨だかが近づいている時にな、校庭で野球の練習しようって悪ガキ共と連絡取り合ってな、親からは行くなと散々止められたが子供が親の言う事をまともに聞くわきゃあねぇ。俺はこっそり野球帽をかぶってバットとグローブを持って外に出た。その時にな、雷が鳴ってたんだ。かなり近かった。」
おじいさんはそっと目を瞑った。
「雷……。」
ヤモリはそっと加茂ちゃんを見た。加茂ちゃんは変わらずに微笑んでいた。
「でな、学校に行こうとしていた時、この野球帽が風で飛んで行っちまったんだよ。そんで急に消えてなくなっちまったんだ。俺は泣いたよ。しばらく立ち直れなくてな……野球とかどうでもよくなってうちに帰った。まあ、そっから大泣きしたがな。親からはいう事を聞かなかった罰だとかなんだとか言われたぜ。」
「……。」
ヤモリは静かにおじいさんの話を聞いていた。
「そんでな、台風だがなんだかわかんねぇが一日で雨風がやんで次の日晴れたわけよ。そしたらな……学校に行ったら噂になっててよ、校庭に生えていた木に雷が落ちたって言うんだよ。それ聞いた時な、俺びっくりしたよ。同時に怖くなった。校庭に行っていたら死んでたかもしれねぇってな。」
「へぇ……。」
ヤモリはおじいさんの話を聞きながら隣にいる加茂ちゃんに目を向けた。
「うんうん!シャウはあの時、何度も止めたんだナ。人と会話はできないからゴロゴロ雷を鳴らしたんだナ!あの時の雨雲はシャウのじゃなかったけど雷が落ちる所はどこかよくわかっていたんだナ!
だけど何度も警告したのに彼は聞かなかったんだナ!シャウは……夢を追い続けて死ぬか、夢を諦めて生きるか……で生きてもらう方を取ったんだナ。でもやっぱり悪い事をしたんだナ……。でもあれは本当に危なかったんだナ!」
シャウは頭をポリポリかきながら声を発した。
「なるほど……それじゃあ仕方ないね。加茂ちゃんはあんまり悪くなかったよ。」
イナはニコリと笑うとヤモリが持っているモナカを奪おうとしていた。
「ああ、引き留めて悪かったね。帽子は返してくれるのかい?」
おじいさんは野球帽を手に持ちながらヤモリに笑いかけた。
「ええ。どうぞ。ああ、それと友達でこのモナカを愛食している者がおりまして……これ、おいしいみたいなんで私も食べてみたくて……。」
「そうかい。おいしいよ。うちの商品の一番人気なんだ。」
「そうなんですか。ぜひ、いただきますね。」
ヤモリは会釈をすると駄菓子屋のおじいさんに背を向けて歩き出した。
「……ん?」
おじいさんはよく目を凝らして見た。少女が手に持っていたはずのアイスモナカ三つが気がつくと一つになっていた。そして近くでビリッと電流が通るような感覚がした。
「……なんだ……今の……。それにあの子……モナカ三つ買っていったよな……なんで一つに……。」
おじいさんは驚きながら去って行く少女の背中を見つめていた。
「はあ……。加茂様……その場でアイス食べてビリッと電流流しましたね……。」
駄菓子屋を後にしたヤモリはモナカアイスをおいしそうに食べている加茂ちゃんを呆れた目で見つめた。
「あまりに冷たかったからちょっと電流が出ちゃったんだナ!おいしいナ!シャアウ!」
シャウは楽しそうにモナカを頬張っている。その隣でイナも幸せそうにモナカを頬張っていた。
「んん~おいちい~。つめた~い。」
「イナは本当に呑気だね。まあ、確かにおいしいけどこれ。」
幸せそうな顔をしているイナの横でヤモリももぐもぐとモナカを食べていた。
「あはは!確かにここは穴場だな!」
ふと近くで男の子達の声が聞こえた。駄菓子屋のすぐ横にちょっとした空き地があった。その空き地で男の子達がサッカーをやっていた。
「あー!あいつらは!さっき、私の神社馬鹿にした奴らだ!てぇい!お仕置きだあ!」
イナはアイスモナカを口にくわえたまま、男の子達の輪に入って行き、サッカーボールを奪ってヤモリの元へ帰って来た。ちなみに人に見えない神が持った物は人間には見えなくなってしまう。男の子達は急に消えたボールに驚き、パニックを起こしていた。
「へへーん!どうだ!加茂ちゃんとちょっと似ている事やってみたよ!」
イナはえへんと胸を張ったがすぐにヤモリにチョップされた。
「加茂様とは全然違う!それは単なる嫌がらせ!早く返してあげなさい!モナカ没収するよ!」
「わわ……わかったよ。返してくるよ~。」
イナは怖い顔をしているヤモリに怯えながら男の子達に向けてボールを投げた。
「まったく。」
ヤモリが深いため息をついた横で急にボールが戻ってきた男の子達がさらに戸惑っている声が聞こえた。
イナと加茂ちゃんはそれを見てケラケラと笑っていた。