忘れない帽子
稲荷神のイナと民家を守る神、ヤモリが小さい話を少し大きくする……そんなお話です。TOKIシリーズですが関係はありません。短編です!
今回は暑い五月を書きました笑。
のべぷろ!と星空文庫にも投稿しています♪
昔からある古い学校の裏に稲荷神が祭られていた。ここは山の奥深くにある村で、生活している人々は車を持っていないとどこに行くにも不便だ。
まわりは山と舗装されていない道路が続いていてその周辺にまばらに昔ながらの一軒家が建っていた。そんな村の中にある唯一の小学校。高梅山分校。この学校はいつ廃校になるかわからないギリギリを彷徨っている学校だ。
この学校の裏に住んでいる呑気な神様、稲荷神のイナは神社が小学校の近くにあるからか何故か幼女の姿だ。元々きつねだったイナは人型になるのが苦手らしく、少しだけ変化が下手くそだった。
服装は巾着袋のような帽子をかぶり、羽織袴である。黒い髪は肩先で切りそろえられていてもみあげを紐で可愛らしく結んでいた。
「なあなあ。ここの神社って雑草だらけだし、なんかたたられそうで怖いよな。」
小学校に通っている男の子の一人が友達の男の子と一緒にイナがいる神社でボール遊びをしていた。
「たしかに。こんなところでボールなんて蹴ってていいのかなあ。なんか汚いよな。」
男の子の内の一人が困った顔で答えた。
「だってさ、今、グランドの清掃するからってグランド使えねぇじゃん。ここしか遊ぶとこないし。」
「あ、俺さ、もう一カ所遊べる所知ってるぜ!そっちのが広いしそっちいかね?」
「あ!行く行く!行こう!」
男の子達はボールを素早く持つとさっさと去って行ってしまった。
天気は快晴。五月晴れで少し蒸し暑い。時刻は午後二時くらいか。
「うー……。」
社の裏から不機嫌そうな女の子が顔を出した。稲荷神のイナである。
「なんだよ!もう!汚いとか雑草だらけとか!失礼だよ!し・つ・れ・い!ちゃんと村の人が掃除に来てくれるもん!ふん!」
イナは怒っていた。鼻息荒く賽銭箱に腰かける。
だがだんだん雑草だらけの神社内を見ていたらため息が漏れてきた。
……汚い……掃除しよ……。
イナは心でつぶやくと近くにあった雑草からぶちぶちと抜いていった。
……ああ、暑いよ~。疲れたよ~……。
まだ少ししか経っていないのだがイナは疲れてしまった。半泣きで雑草をむしっていると麦わら帽子を被った少女がやってきた。
「あらら?今日は寝てないんだ。君、何しているの?草むしり?偉い!」
少女はピンクのシャツにオレンジ色のスカートを履いている少し地味な少女だった。
「地味子ぉ……。」
「だから、地味子じゃないって言ってるでしょ!ヤモリ!ヤモリ!」
イナの言葉に少女は叫んだ。この少女、実は龍神なのだがあまりに地味すぎるので周りの神からは地味子とあだ名で呼ばれている。龍神の力も持ちながら民家を守る神、ヤモリとして信仰を得ている神だ。
「ごめんごめん。ヤモリさん。ちょうど良かった。私疲れちゃったからモナカアイス食べたい!買って来てよ!」
イナは手で顔を扇ぎながら社の階段に座り込んだ。
「はあ?何?私をパシリに使うの?ちょっと……君ねぇ……。」
ヤモリは深いため息をついた。
「すぐそこの駄菓子屋に売ってるから行って来てよォ……。私は人に見えないけどヤモリは見えるからもうヤモリに頼るしかないんだよぉ……。」
イナは弱々しい声でヤモリを見上げた。
「買ってきてもいいけど一人で駄菓子屋まで行くのはなんか負けたような気がするから君も来てよ。」
「ええ~。」
ヤモリの言葉にイナはあからさまに嫌そうな顔をした。
「じゃあ、私は買いにいきません!」
「うう……わかったよ……。私も行くよ……。」
ヤモリがプイとそっぽを向いたのでイナは慌てて声を上げた。
「よし。じゃあ行こう?」
ヤモリは勝ち誇った顔で頷き、イナを引っ張り神社の階段を降りて行った。
学校の裏へ降りるとよくわからないが大きなトラックがグランドの砂を運び出していた。
おそらくグランドの砂を変えるのだろう。そのせいで子供達はグランドで遊べないようだ。ヤモリとイナはヘルメットをかぶった男の人達を横目で見ながら不思議そうな顔でグランドを通り過ぎた。まだ五月だが太陽は真夏のようにギラギラと地面を照らしている。
「暑いよ~……。」
イナはダラダラと歩きながら日陰を探して歩いていた。
「確かに夏かってくらい暑いね。ちょっとこの辺にある神社の手水場で水遊びしたいね。」
ヤモリは額の汗をハンカチでふきながらイナの後ろをぼんやりと歩く。
「神社って階段あるからやだ。だったらアイス買いに行く方が先がいいよ~。モナカアイス!」
イナは興奮気味な顔でヤモリを見た。
「わ、わかったよ。駄菓子屋には行くから。」
「あそこのモナカアイスは絶品だよ!夏しか売ってなくてね、ミルクのアイスとパリパリのチョコがふんわりしたモナカにちょうどよくて……。そろそろ売り始める頃なんだよ!」
「わかった。わかったから興奮しないでよ。暑苦しいよ……。」
ヤモリは呆れながらイナを落ち着かせる。二神は息を漏らし、汗をぬぐいながら山道を下る。学校は山の中腹にあり、駄菓子屋は山を下りた所にある。
なんとか山を下りきった二神は小さな川にかかるスノコのような橋を渡り、ちらちら見える民家を通り過ぎ、田んぼ道を黙々と歩いていった。
「もうちょっとだよね?もう……さすがに疲れたわ。」
ヤモリはフラフラしながらイナに目を向けた。
「……うん……。遠すぎだよ~。」
イナは先程からぼやいてばかりだった。イナとヤモリは唸りながら駄菓子屋に向けて足を進める。ただ黙々と田んぼ道を歩いていると上から何かが落ちてきた。
「わっ!」
イナとヤモリは同時に声を上げた。何かはモノではなく男だった。男は音もなく着地すると手に持っていたステッキをクルクルとまわし、あたりを見回した。
そしてイナとヤモリを見つけると
「シャウ!」
と謎の叫び声を上げた。
「うわあ!変な人だ!ねえ!変な人が話しかけてきた!」
イナは男を見て叫ぶと素早くヤモリの背中に隠れた。
「ちょ……ちょっと!変な人って失礼だから!ちょっと変わった人って言いなさい!」
ヤモリは慌てて男に目を向けた。男はシルクハットをかぶっておりワイシャツの上から着物を羽織っていた。下は黒い袴だ。黒髪は肩先で切りそろえられていて眼鏡をしている青年だった。パッと見てハイカラさんだ。
「うっ……。」
ヤモリは改めて男を見て言葉を詰まらせた。
「シャウ!しゃーう!お?君はどこかで見たことがあるんだナ!確か龍神だったんだナ!」
男は青い顔をしているヤモリに満面の笑みを返した。
「ね、ねえ、ヤモリ……知り合いなの?ねぇ……。」
イナはヤモリの隣で戸惑った顔をしていた。
「あ、ああ、神だね……。知り合いじゃないけど……し、知ってはいるよ……。有名な神だよ……。加茂別雷神。かなり高い神力を持っている雷神。」
「雷神!?へえ……初めて見た!」
イナは興味津々に男を眺めはじめた。
「ば、ばか!動物園の動物じゃないんだからじろじろ見るのはやめなさい!そのまま通り過ぎるよ!関わると色々と厄介だから。」
ヤモリは冷汗を流しながら男を通り過ぎようとしたが素早くまわり込まれてしまった。
「シャウ!」
「ああ……もう。」
回り込まれヤモリは頭を抱えた。
「この帽子を君にあげるんだナ!」
男はそう言うとヤモリのむぎわら帽子の上から古びた野球帽をかぶせた。
「ちょっと!何?何?」
ヤモリは帽子をかぶせられたことに気がつかず、アワアワと本来かぶっていた帽子を触っていた。
「えーと……加茂ちゃん?この野球帽なに?古そうだねえ。」
「加茂ちゃんって君!偉い神になんて言葉を……。」
普通に男と会話をしているイナにヤモリは蒼白の顔で叫んだ。
「加茂ちゃんっていいナ!シャウ!シャシャシャシャーウ!」
加茂ちゃんと呼ばれた男は楽しそうに踊り始めた。彼が「シャウ」と発言するたびに身体からビリッと電気が漏れ出ていた。
「ははは!おもしろい!シャウって言うと充電されるの?ははは!」
イナは加茂ちゃんをみて大笑いしていた。ヤモリは怖いモノ知らずのイナをヒヤヒヤしながら見つめ、帽子の上に乗っていた野球帽を取る。
「本当に古そうな野球帽だね。どうしたのですか?これは。」
ヤモリは丁寧に加茂ちゃんに声をかけた。
「シャウのじゃないんだナ!この辺に住んでいる子供の帽子みたいなんだナ!だけどもう五十年近く前だからもう子供じゃないんだナ!シャウ!」
「シャウって一人称だったんですか……。今の話だとよくわかりませんが……とりあえず、五十年前の帽子って事ですね?」
「そうなんだナ!シャウ!」
加茂ちゃんはヤモリに答えながらイナの帽子をつんつんと突いていた。つんつん突かれたイナはしゃがみこんでいる加茂ちゃんのシルクハットを突き返しながら口を開いた。
「ねーねー、じゃあ加茂ちゃんはこの帽子、どこで拾ったの?」
「シルクハットの事なのかナ?それとも野球帽?シャウ!」
加茂ちゃんは歯をみせながら笑っていた。
「野球帽だよ。古そうだからさ、そこらへんに落ちてたのを拾ったんでしょ?」
「違うんだナ!これは子供から奪ったものなんだナ!シャウ!」
「奪った!?」
加茂ちゃんの言葉にイナはムッと顔を膨らませた。
「うん。子供にいたずらしたんだナ。でも帽子を奪ったのは良かったけどその子供に返すのを忘れちゃったんだナ!で、返しに来たけどもう子供じゃないし……こんな帽子いらないかなと思ったんだナ。シャウもいらないし、だからあげるんだナ!」
加茂ちゃんは頭をポリポリかくとバツが悪そうに微笑んだ。
「でもあげるって言われても私、この帽子いらないです。」
ヤモリはため息交じりに加茂ちゃんを見た。
「今は帽子オン帽子が流行っているんだナ!麦わら帽の上から野球帽、似合うんだナ!」
加茂ちゃんはクスクスと楽しそうに笑っていた。
「そんな流行聞いた事ないですよ……。」
ため息をつくヤモリにイナは目を輝かせて頷いていた。
「いいんじゃないかな?ちょっとしばらくそのまま歩いてみてよ。意外に似合ってるって!」
「……そう?まあ、いいけど。」
ヤモリは訝しげにイナを見ると麦わら帽子の上から野球帽をかぶったままゆっくりと歩き出した。
「加茂ちゃん、これから駄菓子屋でモナカアイス買うんだ!一緒に行く?」
イナは加茂ちゃんに微笑んだ。ヤモリはそんなイナを眺めながらこっそりつぶやいた。
「加茂様は忙しいんだから誘うのはやめなさい……って。」
「お!モナカアイスなんだナ!行くんだナ!シャウは人に見えないから買ってほしいんだナ!」
「ええええ!」
加茂ちゃんは楽しそうに頷き、ヤモリに目を向けた。ヤモリは頭を抱えてため息をついた。ヤモリは諦めて加茂ちゃんと駄菓子屋に行く事にした。