草花の記録
TOKIシリーズですがまったく関係ない短編です。
ここからでも読めます。
稲荷神のイナと民家を守る神ヤモリが小さいことを少し大きくするお話。
今回は外を歩いていてチューリップがきれいだったのでチューリップのお話にしました。
緑が覆い茂る田舎町よりさらに先、遠すぎて小学校に行く事ができない子供達が行く学校、高梅山分校があった。
分校のまわりに住んでいるのはお年寄りばかりで子供はほとんどいない。だが、ここの子供達は人数の少なさ関係なく、わんぱくで楽しそうだった。
その元気な子供達が通う高梅山分校はかなりの歴史があり、校舎はいまだに木で作られている。もう子供もいなくなるという事で修復はされておらず、ただ廃校を待つだけの学校だった。
その学校の裏にある神社に住む、稲荷神のイナは学校の存亡の危機だというのにも関わらず校舎の屋根でお昼寝をしていた。
イナは外見少女で肩先までの髪に巾着のような帽子をかぶっている。下は赤い着物に白い袴だ。
「むぅ……。太陽が暑くなってきたなあ。」
イナは寝返りをうちながら独り言をもらした。
「あらら……君はまた寝ているのかな?」
イナがゴロゴロしていると下の方で声が聞こえた。イナは寝ぼけ眼で屋根から下を覗く。目線下で麦わら帽子を被った女があきれた顔をしていた。
「地味子?」
「地味子じゃないってば……。家守龍神!ヤモリだってば。」
女はイナに向かって怒りの声を上げた。ヤモリと名乗った女はピンク色のシャツにオレンジのスカートを履いていた。髪は黒髪で肩先までで切りそろえてある。
見た感じだと少し地味のようだ。
「ええと……地味……じゃなくてヤモリ、どうしたの?遊びに来たの?」
イナは屋根から飛び降り、ヤモリの前にスタッと降り立つと微笑んだ。
「まあ、ちょっと遊びにきたんだけどね~。新緑の季節でもゴロゴロしているとは思わなかったけど。」
ヤモリはイナを眺めながらため息をついた。今は新緑の季節だ。桜はもう皆散ってしまっている。気温は少し高い。学校の周りは濃い緑色に染まっていた。
「だってこの時期は昼寝が気持ちいいよ。昼寝にかぎるよ。」
「まあ、わかんなくもないけどさ。」
「で?何して遊ぶ?何する?」
イナは目を輝かせて呆れているヤモリを見た。
「な、何するって……何にも決めてないけど……。……ん?」
ヤモリがやる事を探していた時、ふと横にあった花壇に目がいった。花壇にはチューリップが植えられている。花は全部きれいに咲いており、柔らかい風に押され、重たそうに花を揺らしていた。
「これ、チューリップだね。きれいだね……。チューリップにはいろんな種類があるんだってね。クイーンオブナイトとかピーチブロッサムとか。」
ヤモリはチューリップの花弁を優しく触りながらつぶやく。
「ふーん。私はユリ科って事しかわかんないや。」
イナは興味があまりなさそうだ。チューリップを眺めながら首を傾げていた。
「このチューリップはこの分校に通う子供達が植えたものだ。」
ふとイナとヤモリの後ろから男の声が聞こえた。イナとヤモリはギョッと顔を強張らせ、青い顔で後ろを振り向いた。
イナとヤモリの背後に緑の髪の若い男が立っていた。髪は腰あたりまであり、髪というよりも草花のツルのようにも見える。緑の目には高貴な神力が漂い、水色の浴衣に包まれた身体からは力強さと優しさを感じだ。
「!」
「ああ、すまない。驚かせてしまったかな。僕はイソタケル神。木種の神だ。」
「ぎょっ!」
男の自己紹介でヤモリの顔色がさらに悪くなった。
「ね、ねえ、ヤモリ、あの神、誰か知っているの?」
イナが若干怯えながらヤモリの耳元でささやいた。
「ば、バカ!知らないの?イソタケル神って言ったら超超有名な神様でしょうが!偉い神様だよ!植物を作ったっていう神様!」
ヤモリは小声でイナに叫んだ。
「植物を作った!?すっごい!ねえ、ねえ!植物作ったって本当?どうやってやったの?」
イナは怯えているヤモリをよそに急に目を輝かせた。そしてそのまま、イソタケル神に向かい元気よく声を発した。
「ねぇねぇ!植物どうやって作るの?ねえ!」
「ば、バカ!敬語使いなさい!敬語!」
「イタっ!」
ヤモリはイナの頭をポカッと叩いた。イナは頭を押さえてうずくまった。
「おいおい。いきなり頭を叩いてはいけない。いじめはよくない。」
イソタケル神はヤモリに諭すように言うとイナの頭を撫でてやっていた。
「制裁です。お気になさらずに。」
ヤモリは無理やりイソタケル神に笑顔を向ける。
「ところで君達はここに住んでいる神かな?」
イソタケル神はヤモリとイナを交互に見ると質問をした。
「あ、私はここに住んでいるよ!」
イナはぴょんぴょん飛び跳ねながらイソタケル神に笑顔で答えた。
「私はただ遊びに来ただけです。」
ヤモリは顔色が青いまま、イソタケル神に震える声で返答した。
「そうか。」
イソタケル神はイナとヤモリにそっと微笑んだ。
「あ、あの……タケル様は何をなさりにいらしたのでしょうか……。」
ヤモリが引きつった笑顔でイソタケル神に尋ねた。
「ああ、僕はこの花壇の中の一つのチューリップに用があって来たんだ。」
イソタケル神は真っ赤なチューリップの前にしゃがみこんだ。
「赤いプロミネンス……。赤いチューリップの花言葉は愛の宣言とか愛の告白とか……ですよね。」
ヤモリは恐る恐る返答をした。
「そのようだ。僕にはよくわからないが、この昔から植えられている赤いチューリップだけずっと何かを待っているように思えるのだ。」
イソタケル神は様々な色のチューリップが咲く中で赤いチューリップの花弁のみをそっと撫でた。
「何かを待っている?なーんだろ。長い間待っているならかわいそう。」
イナもイソタケル神の横にしゃがみ、赤いチューリップの花弁をそっと撫でた。
「なんでしょうか。私には何も感じませんが……。」
ヤモリもイソタケル神に習いチューリップを見つめるが何も感じなかった。
「まあ、僕は草木の神だから人の想いを受け継いだ草花はすぐにわかるだけだ。一体何を待っているのかなと思ってな。」
イソタケル神は微笑みながらヤモリを見上げるとすっと立ち上がった。
「はあ……。」
かなりの神格を持ったイソタケル神がこんなちっぽけなチューリップを気にかけてわざわざここまで来たのかとヤモリは拍子抜けした。
「ねえねえ!何待っているの?ねぇねぇ!」
イナは先程からずっと赤いチューリップに声をかけている。チューリップが何か話すわけがなかった。
「んん……。……ん?」
熱心に話しかけているイナに呆れながらヤモリは大きく伸びをした。伸びをしている最中、視界に人影が映った。校庭の端からこちらに向かって一人のおばあさんが杖をつきながら歩いて来ていた。
「足が悪いのか?転ばないか心配だ。」
イソタケル神は緑の瞳で心配そうにおばあさんを眺めた。
「……あらあら……こんにちは。」
おばあさんは危なげな足取りでこちらを見ながらあいさつをしてきた。
「こ……こんにちは……。」
「こんちはーっ!」
ヤモリとイナはそれぞれあいさつを返し、イソタケル神は深く頭を下げた。おばあさんはヤモリだけしか視界に入れていない。
人の目には通常の神は映らない。ただ、ヤモリだけは民家を守る神という事で人間に見えるようだった。つまり、あいさつはヤモリのあいさつしかおばあさんに届いていなかった。
「あなた、この辺の方?ここのチューリップ、きれいでしょ?」
「は、はい。とても。」
ヤモリはあまり人間と話す事に慣れていないため、声が少し動揺していた。
「特に……この赤いチューリップ……。あたしはこのチューリップを見るとなんだか大切な事を思い出しそうな感じになるの。でも見に来ても結局はわからない。今日はなんだか不思議な感じがするわ。この花壇。」
おばあさんはヤモリにため息交じりに言葉を紡いだ。
……そりゃあ、私の隣にイソタケル神がいるからね……。不思議でしょう。不思議でしょう。
ヤモリはそう思ったが声に出す事はなく、おばあさんの顔を先程から覗き込んでいるイナをヒヤヒヤしながら見つめていた。
「何かを思い出しそうな感じか……。この女性はチューリップと何か関係がありそうだ。」
イソタケル神はイナにつぶやき、おばあさんとチューリップを眺めていた。
「……はっ!電車!電車!敬三さん……。」
イナが突然、意味不明な言葉を発し始めた。
「ん?いきなりどうした?稲荷神。」
「わかんない。いきなり言葉が出てきた。」
イナの言葉にイソタケル神はしばらく何かを考えていたがふと顔を上げた。
「そうか。稲荷神、君は恋愛方面の神でもあったな。このチューリップが持っている人の感情は愛情か恋情という事か。
稲荷神はこのチューリップの中に眠っている人の心を読み取ったのかそれともチューリップをみている女性の眠っている記憶をみたのか……おそらくそのどちらかだ。……いまならばチューリップが持つ人の記憶を引き出せるかもしれない。なるほど、恋愛方面だったのか。」
イソタケル神はイナに話しかけながら自己解決をしていた。イナは内容があまり理解できなかったが「誰かを待っているような気がする」というのが恋人だという事はわかった。
「恋人なのかなあ?」
イナはぼんやりとイソタケル神に言葉をこぼす。
「それはわからない。だが、この女性が現れた事でチューリップに隠されたものが出てきたような気がする。もしかするとこのまま、人がチューリップに刻みつけた記録を見る事ができるかもしれない。」
イナとイソタケル神が会話をしている横でヤモリはおばあさんと赤いチューリップを黙って眺めていた。
ヤモリをイナはなぜか突き始めた。ヤモリは小声でイナに「何?」と声をかけた。イナもイソタケル神もおばあさんの目には映らない。普通に会話をしてしまったら確実に怪しまれる。
「敬三さん!」
「はあ?けいぞう?」
分け隔てなく叫ぶイナにヤモリもつられて言葉を発してしまった。
「けいぞう?」
おばあさんは突然、声を上げたヤモリに驚きの目を向けた。
「あ……えっと……なんでもないです。」
「けいぞうさん……。」
ヤモリが誤魔化そうと話題を変えようとした刹那、おばあさんは戸惑いの表情で固まった。
「あ……あの……?」
ヤモリが悩んだまま固まっているおばあさんにそっと声をかけるがおばあさんには聞こえていないようだった。
「けいぞうさん……。敬三さん……。敬三君……。思い出した!」
おばあさんは突然、叫んだ。そしてそのまま、杖を放り投げて走り出した。
「ええ!ちょっ……何!」
ヤモリはありえない速さで走り去るおばあさんに唖然としながらイナとイソタケル神に目を向けた。
「あれ?あの人って足が悪かったんじゃ……。」
イナもさすがにこれは驚いたようだ。よくわからずに固まっている。
「はっ!」
気がつくと辺り一帯がセピア色に変わりつつあった。走り去って行ったおばあさんはなぜか少女の姿になっていく。
「え……ええ?何これ!」
イナとヤモリはあたりを見回しながら怯え始めた。抜けるような青空も今はセピア色になっている。揺れる木々もセピア色。
「昔に戻ったのか……いや、これはあのチューリップが見せている刻まれた記録。あの女性の心に眠っていた記憶だ。」
イソタケル神だけは冷静に言葉を発していた。