記憶の片隅
「ふーん。」
「ねえ、ねえ、その人に会わせてあげよーよ!」
ヤモリが相槌をうった時、隣でイナが騒ぎ出した。
しかし、イナの声はおじいさんには届いていない。
「おいおい。おたく……。どこにいるかもわかんないんだぜ?どうすんだ?」
ミノさんがイナの横で呆れた声を上げた。
「ミノさんならわかるでしょ。昔ここに住んでいたなら覚えてるでしょー。」
イナは頬を膨らませてミノさんを仰いだ。
「わかんねぇよ!何十年前だよ!ん?待てよ……。」
一度は叫んだミノさんだったが何か思いついたようだ。
「どうしたの?」
「ああ。俺は人々の縁も見守る神らしいからよ。もしかしたら導けるかもしれない。」
ミノさんは穀物の神だが人との縁を結ぶ神としても祭られているらしい。
「じゃあ、さっそくやってみよー!」
「あのなあ……。」
イナはやる気満々でミノさんに微笑んだが隣にいるヤモリはため息をついていた。
「まあ、とにかくここで卓球はやめなさいな。机も戻して。」
何も知らないおじいさんは呆れた顔でヤモリを見ると自分で校内に机を運び入れてしまった。
「ああ!机……。でもダメなら仕方ないかあ……。」
ヤモリがボンヤリと校内に入って行くおじいさんを見つめる。
「ん!」
突然、イナの隣にいたミノさんが声を上げた。
「ミノさん?どうしたよ?」
イナがきょとんとした顔でミノさんを見上げた。
「思い出したぜ。あのじいさん。あのじいさんとその友達とやらは一度、俺の神社に来た事がある。間違いねぇ。心の波形が同じだ。」
ミノさんは人々を外見で認知しているわけではなかった。縁を糧としている神は人々を心で判断する。
だからミノさんは外見が昔と変わっていても心の色、波形で思い出す事ができた。
「一緒にいた友達も思い出したの?」
ヤモリもミノさんに目を向けた。今、おじいさんは校内にいる。ヤモリも今は彼らの存在を隠さなくて済んだ。
「友達はその場にいないから思い出せないが、あのじいさんの縁が俺を導いている。その友達のいる場所はわかるぜ。なんとなくな。」
「すっごいよ!ミノさん!」
イナはミノさんの腰をバシバシ叩きながら感動をミノさんに伝えた。
「イテェ!その例の探し人は近くにいるみたいだぜ。」
ミノさんは腰をさすりながらヤモリとイナに目を向けた。
「ヤモリ!とりあえず、おじいさんに会いに行こう!ってうまく言ってよ。」
「んん……わかったわよ。でもいきなりその人知っています!とか言ったら戸惑わない?」
ヤモリはイナに救いの目を向けるがイナは目を輝かせて頷いた。
「大丈夫!」
「大丈夫じゃないけど……とりあえず言ってみるわ。」
イナは言いだしたら聞かない。ヤモリは仕方なしにうまく言ってみる事にした。しばらくしておじいさんが戻ってきた。
「ふぃー……腰が痛い。」
「ごめんなさい。全部しまわせてしまって……。」
ヤモリは腰を叩いているおじいさんにバツが悪そうにあやまった。
「いいよ。もうしないでおくれよ。」
「は、はい……。あ……あの……さっき言っていた友達の件なんですが……私、その人知っているかもしれないです。」
色々と前フリをつけて話そうと思っていたヤモリだったが何も思いつかなかったのでストレートに話してしまった。
「ん?」
当然のことながらおじいさんはとても驚いていた。
「あ……その……えーと……私、その友達の居場所知っています!」
「なんで今あったばかりのあんたが俺の友達を知っているんだ?」
「そ、そうですよねー。確かになんで知ってんだって感じですよねー……。」
おじいさんは怪訝な顔をしていた。焦っているヤモリの横でミノさんが「あーあー」とため息をついていた。
「と、とにかく知っているんです。こっちです!来てください!……ちょっとミノさん、案内!」
ヤモリは強引におじいさんを引っ張ると隣にいるミノさんに小声で案内するように命令した。
「強引だな……。まあ、いいけどよ……。」
ミノさんは慌ててヤモリ達の前を歩き出した。ヤモリ達を追い、イナも楽しそうについていった。
おじいさんは戸惑いながらヤモリに引っ張られていた。校庭を抜け、竹藪を抜け、山道を登り歩く。
「ミノさん!どこまでいくのー?」
イナが山道の中腹あたりでミノさんに声をかけた。イナは歩くことに疲れてしまったらしい。
「もう少しだ。我慢しろ。」
ミノさんもため息をつきながら山道を登る。
「ぜえ……ぜえ……。」
ヤモリは話す事もままならないくらいに息が上がっていた。引っ張られているおじいさんの方がヤモリを心配している。
山道の中、手入れがされていない好き放題伸びた桜がよく見ると沢山あった。どの桜も満開だ。風で花びらが舞う。ここの桜ももう長くはもたないだろう。
「桜はきれいだけど今は花見している暇はないくらいに疲れているわ……。」
ヤモリが息を切らしながら小さくつぶやいた。
「もう少しだ。もう少し。」
ミノさんが小声でヤモリを励ます。ヤモリは小さく頷くとミノさんの背中を追って重い足を上げた。
しばらく歩いた後、ミノさんはぴたりと立ち止った。
「ここ……だな。」
「ここだなって……。」
ミノさんが戸惑った表情でヤモリとイナを見た。ヤモリとイナも動揺した顔でミノさんを見返した。
ミノさんが立ち止ったのは墓地の中にある一つのお墓の前だった。
「ねえ、冗談だよね……?ミノさん。友達に会わせてあげてって言ったんだけど。」
イナは呆れた顔でミノさんを仰いだがミノさんの表情はどこか悲しげだった。
「冗談なんて言ってないぜ、俺。このじいさんの友達とやらはここにいる。この墓ん中にな。」
「ちょっと……私はおじいさんになんて説明したらいいの?」
ヤモリが冷や汗をかきながらこっそりミノさんに話しかける。
「知らねぇよ。俺は導いただけだ。」
ミノさんも同様に焦った声を上げていた。ヤモリ達が顔を青くしている中、おじいさんは一人冷静につぶやいていた。
「……名前が一緒だ。生年月日も一緒だ。間違いないな。」
「え?」
おじいさんの冷静な声にヤモリは咄嗟におじいさんの方を見た。おじいさんは笑っていた。
「……お前は俺より先に逝っちまっていたのか。」
もう一言、おじいさんはぼそりとつぶやくと一つの墓の前でそっと手を合わせた。
「じゃ、じゃあ、これでとりあえず会ってもらったから……わ、私は帰りますね。」
ヤモリはなんだか耐えきれなくなりおじいさんに言葉を発した。
「ああ。ありがとうな。俺はもう少しここにいるよ。」
おじいさんは手を合わせながらヤモリに背中越しで返答した。それを一瞥し、ヤモリは逃げるように墓地の外へと歩き出した。
「あーっ!待ってよ!これでいいの?」
イナがヤモリに纏わりついて来た。
「いいんじゃないの?おじいさん、微笑んでたもの。本当は生きている友達に会わせてあげたかったけど、こればっかりはしょうがないよ。ねぇ?なんか気まずい。」
ヤモリはため息をつきながらミノさんを仰いだ。
「俺を見んなよ……。しょうがねぇんだから。」
ミノさんもなんだか釈然としない顔で歩き出した。
「そうよねぇ……。」
ヤモリとイナ、ミノさんは墓地を後にし、先程の桜の場所まで戻ってきた。三神に会話はほとんどなかったが別に落胆していたわけではなかった。こういう事はよくある事なのだ。
「見て!桜ってやっぱきれいだよねー!」
イナが儚く散っている桜を指差しながら笑った。
風に吹かれ花弁は散っていく。美しいものは長くはもたない。だが美しいと思った桜の花は心の中では色褪せる事はない。楽しいその時間はなくなってしまうが楽しいと感じていた記憶はずっと心に残る。
だからおじいさんは微笑んでいたのだろう。
イナとヤモリがそんな事を考えながらぼんやりと桜を眺めているとミノさんが謎の俳句を読みはじめた。
「花吹雪 散るは時間の サダメかな。」
「うわっ……センスない……。なさすぎる。」
自慢げに俳句を読むミノさんにイナはぼそりとつぶやいた。
その反応を見、ヤモリはクスクスと楽しそうに笑い、
「しかも意味わからない。」
と付け加えた。
「うるせぇな。意味はわかんだろ!美しいもんは儚く散るがそれは流れる時のサダメだって事だ!」
ミノさんはむきになって笑っているイナとヤモリに叫んだ。
「ごめーん!ほんとにわかんない!」
「いきなり変な呪文言うのやめてよー。ミノさん……。」
「呪文だと!」
ミノさんはさらにむきになって俳句の解説をしたがヤモリとイナは始終笑いっぱなしだった。
おじいさんは長い事手を合わせていたがやがて立ち上がった。
……しかし、あの子は誰だったんだろう?俺の友人を知っているみたいだったが……。
……まさか学校の裏にある神社の稲荷神様か?
……ってそんなわけねぇか。
おじいさんは再び「ふっ」と微笑むと
「さあて。学校に戻って掃除でも続けるか。」
とどこかスッキリとした顔で大きく伸びをした。