記憶の片隅
短編です。TOKIシリーズですがまったく別物として読めます。
今回も学校の裏に住んでいる稲荷神と民家を守る神であるヤモリが小さく動くお話。とるにたらないお話です。
昔からある古い学校の裏に稲荷神が祭られていた。ここは山の奥深くにある村で、生活している人々は車を持っていないとどこに行くにも不便だ。
まわりは山と舗装されていない道路が続いていてその周辺にまばらに昔ながらの一軒家が建っていた。そんな村の中にある唯一の小学校。
高梅山分校。この学校はいつ廃校になるかわからないギリギリを彷徨っている学校だ。
この学校の裏に住んでいる呑気な神様、稲荷神のイナは神社が小学校の近くにあるからか何故か幼女の姿だ。元々きつねだったイナは人型になるのが苦手らしく、少しだけ変化が下手くそだった。
服装は巾着袋のような帽子をかぶり、羽織袴である。黒い髪は肩先で切りそろえられていてもみあげを紐で可愛らしく結んでいた。
「イーナ!暇だから遊びにきたよー?」
本格的な春が訪れた頃、イナの神社に民家を守る神、ヤモリが遊びに来た。ヤモリはつばの広い帽子を被っており、上はピンクのシャツ、下はオレンジのスカートを履いていた。
彼女は民家を守る神という称号の他、龍神の称号も持っている。しかし、他の龍神に比べ地味なため、まわりの神々からは地味子と呼ばれていた。
「……ん?地味子?」
イナはポカポカと暖かい日差しの中、木造建築の小学校の屋根の上でお昼寝をしていた。
「地味……、ヤモリだって言ってるでしょ……。ていうか君、いつもお昼寝しているみたいだけどお昼寝以外にする事ないの?」
ヤモリはため息をつきながら校庭を横切り、校舎の所までやってきた。時刻は二時過ぎか。
今日は始業式なため、子供達はもう皆家に帰ってしまっている。この学校にはおそらく今、誰もいない。
「こんなにポカポカしてていいお天気なのにお昼寝しないなんて考えられないよ。」
イナはゆっくり体を起こすとあきれ顔のヤモリを屋根から見つめた。
「せっかく晴れているのにお花見にも行かないなんて……。」
「お花見は今度行くからいい。で?何して遊ぶー?」
イナは屋根から地面に向かい飛び降りた。スタッと軽やかな音でイナはヤモリの前に着地した。
「あのね、さっきそこでピンポン球拾ったんだけど卓球でもやらない?」
ヤモリはイナの顔にドロドロのピンポン球を近づけた。
「ドロドロだね。ずっと校庭に落ちてたのかなあ。卓球ってラケットもないとできないよ。」
イナは茶色くなっているピンポン球を見ながらラケットで打つふりをしている。
「そうね……。ラケットがなかった。ついでに言うと台もない。卓球できないねえ……。」
ヤモリは残念そうにうつむいた。
二神が別の遊びを考えているとふと若い男の声がした。
「おい!おたくら、何してんだ?」
「ん?」
イナとヤモリは声のした方を向いた。目線の先にキツネ耳をはやした青い目の男が立っていた。赤いちゃんちゃんこに白い袴を履いている。
「あー……えーと、穀物の神、日穀信智神、実りの神、ミノさんだっけ?」
イナが思い出すように一言一言言葉を発した。
「そうそう。イナに地味子か。俺もたまたま、ここに来たんだがおたくらは何しにここに来たんだ?」
実りの神、ミノさんは青い目をイナ達に向け微笑んだ。
「何しにって……この裏が私の神社なんだけど……。」
イナはため息交じりに声を発した。
「……地味子って……。まあ、私は遊びに来ただけだよ。君は何しに来たのかな?」
ヤモリもミノさんに向け微笑んだ。
「花見のついでにこの辺に寄っただけだぜ。俺の神社、この辺にあったんだよ。今は別の所に神社が再建されたんだけどな。まだ、この学校はあんのか。驚いたぜ。」
ミノさんがなつかしむように学校を眺めた。
「ん?ちょっ……君、それ卓球のラケット……。」
ミノさんが右手に卓球のラケットを二つ持っていたのをヤモリは発見した。
「え?ああ、これか?さっき友神と花見やってたんだがそこでビンゴをやって当たったんだぜ。つーか、わりぃけどマジいらねー……。」
ミノさんは卓球のラケットを両手に持つとパタパタと自身の顔を扇いだ。
「これで卓球ができる!」
イナはミノさんの話を最後まで聞かずに叫んだ。
「はあ?卓球?」
「イナ、ラケットがあっても台がないんだってば。」
ぽかんとしているミノさんに構わず、イナとヤモリは会話を進める。
「小学校の机を借りてやろうよ!」
「ああ、それはいいわね。」
「おたくら……このラケットほしいのか?」
二神の会話を聞き、ミノさんは卓球がしたい彼女らの為にラケットをあげる事にした。
「もらっていいの?」
「いいぜ。どうせいらないしな。」
「ありがとう!ミノさん!」
イナは目を輝かせてお礼を言った。ミノさんは戸惑いながらラケットをイナに渡した。
「じゃあ、私はちょっと学校の机、数台借りてくるわね。あ、ミノさん、外に運ぶの手伝って!」
ヤモリはミノさんを引っ張り歩き出した。
「ちょ……なんで俺が……。」
「男神なんだからちょっとくらい手伝ってよ。」
「おたく……無茶苦茶だな……。」
ミノさんはため息をつくとヤモリに従い、校舎内へと姿を消した。
しばらくして机はすぐに校庭に運ばれた。机は全部で四つ。四つの机をぴったりとつけて卓球台を作った。
「わお!これは本当にテーブルテニスだよ!」
イナが興奮気味に声を上げた。
「テーブルでやる卓球なだけだろ。これ。」
ミノさんは手伝わされて疲れてしまったのか投げやりに言葉を発した。
「さあ!やるわよ!イナ!」
「うん!」
二神は意気込んで構えた。
「まずは右下に打ち込むわよ!」
「え?何?山下?」
「右下よ!右下!誰よ、山下って……。」
お互いラケットを構え、さあ打とうとした刹那、男の怒鳴り声が聞こえた。
「ちょっとちょっと、そこのあんた!何勝手に机出して卓球やっているの!ダメだよ。」
イナとヤモリは咄嗟にミノさんを見たがミノさんは首を傾げているのでミノさんではないようだ。よく見ると遠くの方から年配の男の人が近づいて来ていた。
「えー……見つかっちゃったよ……。人間に。まだ何もやってないのに。」
イナは落ち込んだ顔をした。しかし、イナは人間には見えない。ついでに言うとミノさんも人間の目には映らない。このおじいさんが誰に向かって声をかけているのか。
「やばい!」
狼狽していたのはヤモリである。ヤモリは民家を守る神で人間と深く関わっているせいか人に見えてしまうようだった。おじいさんはヤモリをまっすぐに見据え大股でこちらに近づいてきた。
おじいさんはTシャツに長ズボンを履いていて大きな箒を手に持っていた。
「あんた、一人で何やっているの?打つ相手がいないと卓球にならないぞ。」
おじいさんはヤモリを不思議そうに見つめた。ちなみにヤモリが持っているラケットは見えるがイナが持っている卓球のラケットは人の目には映らない。人に見えない神が持った物は人には見えない。
「ま、まあ、形だけ練習ってとこですよ。」
ヤモリは頬に汗をかきながらおじいさんに笑いかけた。
「卓球の練習してんのかい?」
「ま、まあ……。」
ヤモリはおじいさんのまわりをまわっているイナにヒヤヒヤしながら曖昧に返答する。
「俺達も昔、やったなあ。先生に怒られたけどな。」
「あの、お掃除の人かなんかですか?」
ヤモリはおじいさんの格好と箒を見て会話を変えた。
「ん?ああ、そうだよ。この学校は生徒が少なすぎて掃除が間に合わないから俺がちょくちょく掃除に来てんだ。元々俺もこの学校の生徒でねェ。もうこの学校もなくなっちまいそうだが俺が生きている間くらいはきれいに保ってやりたいのよ。あんたを見て懐かしい思い出が蘇った。」
「そうなんですか。懐かしい思い出って?」
ヤモリが聞く体勢に入るとおじいさんはどことなく嬉しそうな顔をした。イナとミノさんは傍で息をひそめてヤモリとおじいさんの会話を聞いている。
「ああ、昔、いつも遊んでいた友人がいたんだ。その友人とあんたがやってたみたいな感じでよく卓球やっててねぇ。……あいつ元気してっかな。一度会いたいなあ。俺がしばらくして引っ越ししちゃってよ、そっから一度も会ってないんだ。」
おじいさんはどことなく懐かしい表情で裏山を見つめていた。