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過ぎし時…

 今から六十年近く前の話である。天は遠目から幼い女の子を眺めていた。

 女の子はけん玉に夢中だった。あたりは今とさほど変わらない山奥だ。女の子の後ろには今よりも少し新しくなっている例の家が建っていた。


 「キミエ!」

 ふと誰かに呼ばれ、女の子はハッと顔を上げる。女の子の前には中学生くらいの男の子が立っていた。


 「お兄ちゃん!おかえり。」

 キミエと呼ばれた幼女は男の子の元へと走って行った。


 「何やってんだ?けん玉?」

 「うん。でも全然うまくできないの。」

 キミエはけん玉を寂しそうに見つめながら男の子に答えた。


 「ふーん。ちょっと貸してみ?」

 「うん。」

 キミエは男の子にけん玉を差し出した。


 「よっ。ほっ。」

 男の子は軽々とけん玉の日本一周をやってみせた。


 「……。」

 「ま、こんなもんだ。ほい。」

 男の子は自慢げに笑うとキミエにけん玉を返した。キミエはなんだか悔しくなりけん玉をぎゅっと握りしめる。


 「なんでけん玉なんてやっているんだ?」

 「学校で皆がやっているから。私、下手過ぎて皆に笑われるの。」


 「ふーん。ま、頑張れ。」

 男の子はキミエの肩にそっと手を置くとそのまま家に帰って行ってしまった。


 「頑張れって……教えてくれてもいいじゃない。お兄ちゃんのバカ。」


 キミエは男の子の背中に悪態をつくと気分転換に散歩をする事にした。けん玉を大事に抱えながら舗装されていない山道を下っていく。


 木々の隙間から青空がのぞき、散歩をするにはとても気持ちが良い。キミエはとりあえず場所を変えてけん玉の練習をする事に決めた。


 「やっぱり学校がいいかな……。」


 キミエは足早に学校へと向かった。坂道を下り、竹林を越えたあたりで学校が見えた。校門もない入口から学校へ入り、草の生えた小さな庭のようなグランドでキミエはけん玉の練習を始めた。


 今日は学校が休みという事もあり学校には誰もいない。ただ、抜けるような青空と心地の良い風がキミエの気持ちを穏やかにさせた。だがやはり誰もいないと静かすぎて寂しい。


 キミエがけん玉練習に精を出している時に古い木の校舎の屋根でイナは青空に抱かれながらお昼寝をしていた。イナは現在と姿形はまったく同じだ。


 「むぅ?」

 ふと誰かの気配を感じたイナは目を覚まし、起き上るとグランドに目を向けた。


 「ふん?」

 グランドのど真ん中でけん玉の練習をしているキミエが瞳に映った。


 「こんな誰もいない所で何してんのかな?あの子。ねえ?」

 イナはすぐ隣でイナと同じようにお昼寝していたヤモリを起こす。


 「んん?知らないわよ……。こんな気持ちの良い日にお昼寝しないなんて……。」

 ヤモリは眠そうな目をこすりながらゆっくり起き上る。ヤモリも現在とまったく変わっていない。


 「え?あれけん玉じゃない。私も一応流行に習って持っているけど、難しすぎてできないよ。」

 「すっごい楽しそう!ヤモリ!一緒にあの子と遊ぼうよ!」

 イナはいきなりヤモリの手をとると校舎の屋根から飛び降りた。


 「ちょ……!いやあ!」

 ヤモリは突然、イナが飛び降りたので絶叫を上げた。二神はうまく地面に足をつけた。


 「危ないでしょ!何いきなり飛んでんの!」

 「ごめんなさい。」


 イナは怒っているヤモリに素直にあやまった。ふと二神が前を向くとキミエがこちらを向いていた。


 「や、やばっ!イナは人間に見えないけど、私は人間の家を守る神で関わりが深いから人の目に映っちゃう。」


 ヤモリが焦っている中、キミエはヤモリが持っているけん玉に目がいっていた。


 「お姉さん、けん玉やるの?」

 「え?……ま、まあ……全然できないけど……。」

 キミエにはヤモリしか映っていない。イナは隣で目を輝かせたままキミエとヤモリを交互に見つめていた。


 「全然できないんだ。じゃあ、一緒に練習しよー!」

 キミエはクスクス笑いながらけん玉のけんをヤモリの前にかざした。


 「ええっ……。だってこれ難しいしできないし……。」

 「だから練習するんだよ。」

 戸惑うヤモリにキミエは満面の笑みを浮かべた。


 ヤモリは仕方なしにキミエとけん玉をする事にした。何度も練習したが玉がけんに刺さる事はなかった。


 「なかなか真ん中に刺せないね。」

 ヤモリはふうとため息をつくとキミエに目を向けた。


 「そうだね……。そういえばお姉さん、どこから来たの?まさか高梅山七不思議のこっくりさんじゃないよね……。」

 キミエは今更ながら突然現れたヤモリに恐怖を覚えていた。


 「こっくりさん?」


 「この学校の裏に神社があるんだけどそこのキツネの神様がこっくりさんって噂で……。」


 「キツネの神様は私だよー?」

 ヤモリの横で声を上げたイナだったが彼女の声はキミエには届かなかった。ヤモリはイナの声を聞き流すとキミエの話に耳を傾けた。


 「人間に交じっていつも学校に来ているんだって。外見がお姉さんと同じなんだけど……。」


 「ん?」

 キミエの言葉でヤモリは一つの考えにたどり着いた。


 ……私がイナの神社に何度も遊びに行っているのが他の子供達に見られていて知らない内に私があの神社の神様だと思われているって感じ?


 「あそこの神社の神様は私だよ……。」


 イナはヤモリの横で寂しそうに言葉を発していた。しかし、この声はキミエには届いていない。


 「私が神様?そ、それはないよ。あの神社に毎日遊びに行っているだけだよ。」

 ヤモリは動揺しながらキミエに返答した。


 「そうなんだ。まあ、いいや。とにかくできるようになるまで練習する!」


 キミエはそれ以上深く質問をしてこなかった。ヤモリはほっとした顔で再びけん玉に打ち込んだ。ヤモリとキミエは少しずつだができるようになってきていた。


 できるようになってくるとだんだんと楽しくなってくる。夢中でやっていると空が夕焼けに染まって来た。


 「もう我慢できない―!私もやりたーい!ヤモリ、それ貸して!」

 イナはしばらく玉の行方を楽しそうに見つめていたがだんだんと自分もやりたくなってきていた。


 「ちょっと、イナ!君がこれを持ったら彼女がびっくりしちゃうし……。」

 ヤモリがイナに向かい声を発した刹那、キミエの顔に再び恐怖の表情が浮かんだ。


 「ねえ、お姉さん、今、誰とお話しているの?」

 「え?あ……えっと別に。」


 ヤモリがけん玉を不自然に動かしている。キミエの目にはそう映っていたが実際は飛びついて来ているイナをヤモリがかわしているだけだ。


 夕方になってきた事と自分達以外他に誰もいない事でキミエの恐怖はどんどん増していった。


 「え……えっともう暗くなってきたから帰るね……。」

 キミエはそう言うと怯えながら走り去って行った。


 「ああ、ちょっと……。」

 ヤモリは走り去るキミエに呆然としていた。


 キミエはあまりの不気味さに妖怪か何かかと思ったらしい。このまま夜まで遊ばされて最後は食べられてしまう。子供心に何か恐怖のスイッチが入ってしまったようだ。


 「あーあー……絶対今、変だと思われた。イナのせいだよ。」

 ヤモリはため息をつくとイナにけん玉を貸してやった。イナは突然いなくなってしまったキミエに首をかしげながらけん玉で遊び始めた。



 あれからイナとヤモリはキミエに会う事はなかったがキミエはこの幼い記憶を鮮明に思い出す事ができた。


 キミエは成長し、学校の教師としてこの分校に再びやってきた。分校の七不思議はいまだに残っていた。こっくりさんのお話はキミエが少し着色をし、グランドで一人で遊ぶ子供の元に現れるという部分を追加した。


 この日、このあたりは記録的豪雨に見舞われた。あまりに雨風が凄いので学校は午前でおしまいとなり、生徒達は喜びながら帰って行った。生徒が誰もいなくなった教室でキミエは窓の外をみてぼんやりとしていた。


 ……私が小学校の時に現れたあの人をそう言えば妖怪だと思っていたっけ。優しく近づいて来て最後はぱくりと子供を食べるって。顔はよく思い出せないけど子供ながらに奇妙な体験だった。少し……ドキドキもしたし怖かったなあ。


 ……今じゃあ、そんな事思わないけど。……いいや、違う。思わなくなっちゃったのよね。


 キミエは蛙の鳴き声と激しく降る雨の音を聞きながらため息をついた。


 ……子供のように怯えたり笑ったりする事がだんだん少なくなってきているなあ。


 しばらく窓に滴る雨を眺めていたキミエだったがグランドの端の方に人影がある事に気がついた。


 ……ん?まだ学校の生徒が……。

 キミエはそう思い、人影をよく見た。


 「!」


 その人影が遠目ではっきりと映った刹那、キミエは外に向かって走っていた。


 窓の外に映っていたのは昔と変わらぬ姿のヤモリだった。キミエはヤモリの姿を見てあの時のヤモリの顔をハッキリと思い出した。慌てて校庭へ出たキミエは先程見えたヤモリの影を追うがヤモリはもうすでにそこにはいなかった。


 雨の音だけが静かにキミエの耳に入ってくる。曇り空の薄暗い校庭をもう一度見回す。


 ……あの人は……やっぱりここにいる……。今も変わらない姿で……。

 ……やっぱり裏の神社の稲荷様なんだ……。


 キミエはそう思い、大人げなく興奮した。

 それからキミエは帽子の女の子を頭の片隅に置きながら流れるように月日を過ごした。


 転勤になり別の学校へ行ったり、子供ができたりと目まぐるしく時間は過ぎて行った。


 キミエが再びこの土地に戻ってきた時、キミエはとても老いていた。


 ……ああ、私、歳を取ったんだなあ。でもこの辺は何も変わっていない。心配なのはあの学校。あの学校がなくなってしまったらあの学校にいるあの子はどうなってしまうの。


 キミエは分校が廃校になってしまう事を少し恐れていた。


 ……あの子もきっと学校がなくなる事を寂しがっているに違いない。学校がなくなってさみしく思う人はあなただけではないよって事をあの神社に伝えに行こう。

 キミエはそう思い立ち、学校の裏にある神社に向かったのだった。



 「あれ?そんな事あったっけ?」

 「だから稲荷神は私なんだってばー。」

 天の話を一通り聞いたヤモリとイナはそれぞれの感想を言った。


 「お前さん達にとって取るに足らない事でも人間からしたら不思議な体験である。そして人間の生はとても短い。ワタシは彼女を遠目でずっと見ていたがやはり短い。」


 「……。」

 天の言葉にヤモリとイナは黙り込んだ。刹那、おばあさんが再び外へと出てきた。


 「うわっ!やばっ!」

 人間に見えるのはヤモリだけである。ヤモリは慌てて隠れる場所を探したがおばあさんの視界に映ってしまった。


 「あなたは……。」

 おばあさんはヤモリを驚きの表情で見つめた。


 「えっと……その……。」

 おばあさんはヤモリが持っているけん玉に目を向けた。


 「やっぱりあの時の……。」

 「……。」

 ヤモリは額に汗を浮かべながらはにかんだ。


 「けん玉はうまくなった?」

 おばあさんは微笑みながらヤモリに言葉を発した。


 「け、けん玉?う、うん。うまくなったよ。ほら。」

 ヤモリはおばあさんに日本一周をやってみせた。


 「凄い!実は私もあれからうまくなったのよ。」

 ヤモリはおばあさんの笑顔を見、幼い時の彼女の笑顔を唐突に思い出した。


 ……思い出した……。あの時の女の子か……。


 ヤモリは先程の天の言葉を思い出した。


 ……人間の生はとても短い……。


 ヤモリもイナも未だに外見は変わらない。だが人間の時は川の流れのように早い。

 イナもそれを実感していた。


 ……もう六十年くらい前なのかあ……。やっぱりあの学校……なくなんないでほしいなあ。


 イナがそんな事を思った時、おばあさんが興奮気味に声を上げた。


 「私もけん玉うまくなったから見てちょうだい。」

 おばあさんはそう言うと足早に家の中へ入って行った。けん玉を取りに行ったようだ。


 「いまだ!隠れよう!」

 ヤモリはイナを連れておばあさんの家から逃げるように走り去った。


 「えー?けん玉みてあげよーよ。」

 「ダメダメ。また関わったら驚かしちゃうし。」

 二神の会話を遠くで聞きながら天は再びおばあさんの家の屋根にカラスになりとまった。


 ……お前さん達はそれでいいのである。心配ない。ワタシがここの主の一生をずっとみていてあげるのである。あの分校はいずれなくなる。それは人の生と同じ、儚いものである。


 ……キミエさんもそれがわかっていてあえて祈りに行ったのだ。


 ……分校もいずれなくなる。キミエさんもいずれなくなる。ワタシもいずれなくなる。これは遠目で見れば大きな時の流れ……仕方の無い事なのである。だからワタシは今ある時を大事にしようと思っているのである。キミエさんもきっとそう思っている。


 天がそう心の中でつぶやいた時、おばあさんがけん玉を持って外に出てきた。しばらくヤモリを探していたがいなくなってしまったとわかると


 「やっぱり夢だったのかしら?凄く不思議な体験。久しぶりにワクワクしちゃう。」


 とつぶやき、一人幸せそうに微笑んだ。

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[良い点] 〉少し……ドキドキもしたし怖かったなあ。  ……今じゃあ、そんな事思わないけど。……いいや、違う。思わなくなっちゃったのよね。 こういった細かい描写から、おばあさんの老いや成長を実感でき…
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