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これは二神の物語

この短編の最終話です。

イナとヤモリはたぶん、これからもずっと変わらないでしょう。

一年間、ありがとうございましたー!!

挿絵(By みてみん)


 廃校寸前の分校、高梅山分校の裏に住む幼女姿の稲荷神、イナは落ち込んだ顔でため息をついた。


 辺りは一面銀世界で非常に寒く、今も雪が降っているが空は星々が輝く明るい夜だった。


 「はあ……。もう年が変わるね……。三月から学校が廃校になっちゃうなんて……。」


 今は十二月三十一日。大晦日である。年が変わる毎に騒いでいたイナも今は暗い。

 降ってくる雪を眺めながらイナは再びため息をついた。


 ずっと見守り続けていた高梅山分校が来年三月をもって廃校となったのだ。廃校寸前ではなく、本当に廃校になってしまった。


 「イナ、そんなに落ち込まないでよ。大晦日に。」

 イナの隣にいた少女がイナを慰める。少女は季節外れの麦わら帽子にピンクのシャツ、オレンジのスカートを履いていた。


 「地味子……私なんかせつないよ~。」

 イナは少女を地味子と呼び、抱き着いた。


 「地味子じゃないってヤモリ!」

 地味子を否定した少女、ヤモリは悶々としているイナに鋭く言い放った。


 いつもならここで二三言何かあるが今回のイナはぼうっとしていた。


 「……大晦日から年明けが近いのに誰もこの神社に来てくれないよ……。」

 イナはまた小さくつぶやいた。


 「いつも来てないよね……。こんな小さな稲荷神社に初もうでに来る?」

 「来ない。」

 「でしょ。」

 イナとヤモリの会話はそこで終わった。しばらく静寂が包む。


 沈黙に耐えられなくなったヤモリは再び声をあげた。


 「あ、で、でも、高梅山分校廃校になっても古い建物が残ってね、この辺一帯の郷土資料館に生まれ変わるそうだよ!」


 「ふーん。」

 イナは興味なさそうに答えた。


 「で、子供達はスクールバスで近くの小学校へ行くんだって。」

 「ふーん。」

 またもイナはどこか抜けた返事をした。


 「イナ、元気出してよ。その近くの小学校ってね、私がいる神社、家乃守(いえのもり)神社が近いの。でね、その小学校を見守る神としてイナの分社が家乃守神社の内部にできる事になったんだよ!」


 「ふーん……え?」

 ヤモリの言葉を軽く聞き流していたイナは慌ててヤモリの話を聞く態勢になった。


 「え?じゃないよ!分社だよ!ぶんしゃ!」

 「分社?おうちが二つになるの?」

 「そうそう!だから分校裏のここを別荘にしてだね……。」

 「おお!」

 ヤモリの言葉でイナが急に元気を取り戻した。


 イナの元気が戻り、ヤモリがほっと溜息をついた刹那、階段下の学校から騒がしい声が聞こえた。


 「え?何?」

 ヤモリは鳥居付近から下を伺った。


 分校の校庭で三十人近くの人達が集まり、キャンプファイヤーをやっていた。校庭わきにはテントが張られており、温かいお味噌汁か何かを校庭に集まった人々に配っていた。


 よく見ると現在の生徒達も来ていた。


 「何かな?お祭り?大晦日なのに。」

 イナもヤモリの近くに寄り添い、階段下を眺めた。


 「行ってみる?」

 「うん!」


 ヤモリとイナは恐る恐る階段を下りて行った。分校の壁に隠れながらそっと校庭を覗くと大人達が楽しそうにお酒を飲み、語り合っていた。

 ふとテント前の看板が目に入った。


 看板には『いままでありがとう。高梅山分校!』と書いてあった。


 「あらら……廃校は三月なのにもうこんな事やっているの?」

 ヤモリは呆れた表情でイナを見た。


 「うう……ありがとう!高梅山分校!」

 イナは感極まってしまったのか突然、泣き始めた。


 「いやいや、君、まだ早いから……。ま、まあでも、ちゃんと廃校の区切りみたいなものがあって良かったね。このまま事務的に通知だけとかじゃなくて良かったよ。」


 「そうだね……そうだねぇ!」

 ヤモリの言葉に反応しながらもイナのテンションは変な方向に高かった。


 「イナ、味噌汁貰ってこようか?」

 ヤモリがイナを心配し、気を回した。


 「おお!」

 イナは飛び上がって喜び、テントへと走って行った。


 「イナ、あんたは人に見えないんだから行っても意味ないんだけど……。まあ、いいか。」

 イナは人間に見えない神だがヤモリは人間に見えてしまう珍しい神だった。


 イナが横でニコニコしている中、ヤモリはテントの前で列に並び、味噌汁を受け取った。


 「あら、あなた、よくこの辺にいらっしゃる方よね?」

 ふとヤモリの後ろからおばあさんが声をかけてきた。


 「……え、ええと……ま、まあそうですね。散歩コースで。」

 ヤモリは動揺しながら小さく答えた。隣にいるイナはおばあさんには見えていないが元気に挨拶をしていた。


 「あなたを知っている方達から色々とお話を聞いたのですけれど、あなたと関わると不思議な事が起こるってちょっと評判になっていましてね。」


 おばあさんは楽しそうに笑っていた。


 「ふっ……不思議な事……。」


 ヤモリは心当たりが多すぎて困惑していたが隣にいたイナは「沢山人助けしたもんねっ!」と心底嬉しそうに言っていた。


 「それで面白かったので記事にしちゃいました。あ、私、この村の広報をやっていましてね。この何もない村ではほんの小さなことでも事件になるんですよ。皆幸せになっている事件なので取り上げると子供も大人も楽しそうに読んでくれるんです。」


 「そ、そうですか。それは良かったです。ですが、私は今年をもって引っ越しをすることになりましてもう、あまりここには来ないかもしれないんですけど高梅山小学校近くの家乃守神社付近に住んでいるんで。」


 面倒ごとはごめんだったがイナと人助けをしている内にそれが楽しいと知らぬ間に感じていた。


 自分達が起こした人助けを色々な人に知ってもらって、その記事を読んだ人が幸せな気分になるならとてもいいことじゃないかと思い、本当に自分が住んでいる場所を言ってしまった。


 「あら、そうなの?あなたがいらっしゃるところには何かありそうですわね。今度からそちらも取材したいと思いますわ。まあ、私は趣味で広報をやっているんですけどね。」


 「そうなんですか。」


 「ええ。もしよろしければ記事を読んでみてくださいね。」

 おばあさんはそう言ってほほ笑むと子供達がわいわい騒いでいる所へと歩いて行った。


 「ん?ヤモリ、なんだか嬉しそうだねぇ!」

 イナにそう問われ、ヤモリは顔を若干赤くして味噌汁を一口飲んだ。


 ……おいしい……。


 ヤモリは味噌汁の温かさがここの人々の温かさにつながり、こんなおいしい味噌汁へと生まれ変わるのだと意味の分からない事を思いながら嬉しそうにしているイナに目を向けた。


 「イナ、神社でのんびりしようか。」

 「そうだねっ!寒いし。」

 なんだか輝かんばかりの表情をしているイナを連れ、ヤモリは神社の階段付近まで歩いた。


 「!」


 階段を上っている最中に今まで会った人たちが列になって並んでいるのが見えた。


 「イナ、イナ……。」

 イナは校庭のキャンプファイヤーを見つめながら階段を上っていた。つまり、よそ見をしていた。


 「イナ……。」

 ヤモリはもう一度、イナに声をかけた。


 「ん?」

 イナが首を傾げてヤモリの方を向いた。


 「あっ!」


 人が並んでいる列にイナも気が付き、咄嗟にヤモリの背に隠れた。見覚えのある人々はヤモリとイナが「小さかった出来事を少し大きくしてしまった」時に関係した人達だった。


 村人同士で何かを話していたのでイナとヤモリはそっと耳を傾けた。


 「ここの稲荷神様に友達を探してもらったことがあるんだ。俺の友達はもう死んでたがそれが知れただけでもなあ……。」

 並んでいるおじいさんが幸せそうに笑っていた。


 「僕は恋を実らせてもらいましたよ。」

 落ち込んでいた若い男性も今は楽しそうだった。


 「私はずっと出会えなかった男性に……敬三さんに会わせてもらったんですよ。」

 杖をついていたおばあさんの手にはもう杖がなかった。


 「俺はガキの頃に失くしちまった帽子を見つけてもらったんだ。あんときはアイス最中(もなか)が二つも急になくなってビビっちまったよ。」


 駄菓子屋のおじいさんも列に並んでいた。賽銭箱にお金を入れ、皆、お礼を言っている。


 「イナ……。君がさ、あの人達を助けてあげてよって言ってくれなかったらさ、こんな幸せな気持ちにならなかったよ。君は本当にすごいね……イナ。」


 ヤモリが目を潤ませてイナにほほ笑みかけた。


 「何言ってんの?私は何にもやってないよ。やったのはヤモリだよ。私はヤモリに頼りきってたもん。ありがと!ヤモリ。」

 イナはヤモリの尻を思い切り叩き、笑った。


 「痛いよっ!イナ。来年から私の神社内で働くんだから頑張ってよ。」


 ヤモリは、満面の笑みを浮かべているイナの方は向かず、照れ隠しにそっぽを向いた。


***


 あれからしばらく経ち、辺りは桜の季節である四月をむかえた。イナは無事にヤモリが住む家乃守神社に移り、神社の広い境内でテンション高く走り回っていた。


 「すっごい!ひろーい!やーもーりー!」


 もうすっかり寒さも遠のき、いい感じのお昼寝日和が続いた。桜が舞う神社の境内でイナはヤモリを呼んだ。イナとヤモリは今日、この近くを散歩することにしていた。


 「あー。君ね、今何時だと思っているの?まだ午前六時だよ!早すぎるよ!」

 ヤモリは寝ぼけた顔のままイナの前に現れた。


 「さあ。行こう!」

 イナは半ば強引にヤモリを引っ張り神社の鳥居を潜り、外へ出た。


 今日はちょうど入学式だったらしく、まだ午前六時半だというのにもうピカピカの小学生が登校していた。


 たった一人で道を歩いている小学一年生の女の子はどこか寂しげで足取りも重かった。


 「ねえねえ。ヤモリ、あの子さ、なんだか寂しそうだよ?今日から新学期なのにさー。」

 イナが小学生を指差しながら、ヤモリを見上げた。


 「指差さないの。確かにそうだね。入学式が嫌なのかな……。独りで歩いているし……。」


 ヤモリもあくびをしつつ、心配そうにその女の子を見つめた。


 「ヤモリ!」


 「うっ……。わ、わかったよ……。なんで寂しそうなのか聞いてくるよ……。」

 ヤモリはいつものイナのごり押しに困りながら恐る恐る少女に近づいて行った。


 「ね、ねえ、君、どうしたの?今日、高梅山小学校の入学式だよね?」

 ヤモリが尋ねた刹那、抑えていたらしい感情が爆発したのか少女が泣き出した。


 「うっ……うう。あのね。あのね……。迷子になっちゃったの……。今日から一年生だから一人で学校まで行くって勝手に飛び出してきたんだけど……学校の道がわかんなくて……。」


 少女の言葉を聞き、ヤモリは少し笑いたくなったが少女がこの世の終わりみたいな顔をしているので優しく頭を撫でてやった。


 頭を撫でてやっているとイナが突然横に現れた。


 「で?何?」


 「うわっ!びっくりした。いきなり現れないでよ。ああ、迷子だって。これ、親御さん心配しているだろうなあ……。とりあえず、まだ早いし、一回おうちに連れて行こうか……。あ、でもこの子のおうちわからないや。」


 ヤモリが困った顔でイナを見つめた。


 「大丈夫!私は縁結びの神!イナだよ!きっと大丈夫!ついてきてー!」


 イナは真剣な顔で頷き、ヤモリの手を引くと走り出した。ヤモリは慌てて少女の手も握る。


 「ちょっと走らなくても……イナ!危ないって!」

 ヤモリが騒いでいる横で少女はもっと怯えていた。


 「わああ!」


 少女にはヤモリが突然走り出したように見えているので驚きながら手を引かれていた。


 ……ていうか、この子が一人歩いていたら誰かが交番に連れていくよね……。私達がわざわざやらなくても……。


 そんな気もしたがまあ、これも悪くないだろうとヤモリは黙ってイナに手を引かれたのだった。


 こうして黙っていれば何とかなるようなことをわざわざ助けてしまうこの神々の周りにはいつも何かしらで人が集まっている。


 稲荷神と噂されている謎の少女の言い伝えは後世にもずっと伝えられ知らぬ間に昔話化していたのであった。


人には見えない神であるイナは人間に知られることはなく、人に見える神であるヤモリが稲荷神化していたが本当は稲荷神の少女と民家を守る神である少女、二神が頑張っていたのである。


しかし、その事を知る人間は一人もいない。


少し、イナにとっては悲しい話だったが別にイナはそんな事、気にもしていなかった。


ただ、イナは今も昔も特に変わらずにヤモリを巻き込み事態を少し大きくするだけであった。おわり。


ちなみにヤモリさんはTOKIの話本編のかわたれ時…の二話目に登場しています。よろしければ読んでくださいねっ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最終話「これは二神の物語」読みました! 今まで助けた人達がたくさん出てきて、物語の集大成って感じがしました! 長く連載を続けているとこんなにも感動するんだなーと改めて思いました。 他の…
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