気づく想い
「……あ、あの、そのことを今、気が付けて良かったと思いますよ。このままずっと続いていたらズルズル行くところですよ。早めに気づけて良かったんです!またきっと素敵な出会いがありますよ。焦らないでください。」
「ありがとうございます……。」
ヤモリの励ましの言葉に女は肩を震わせて泣いていた。よほど男にフラれたのがショックだったらしい。
自分の事を好きであると思い込んでいたために余計にむなしい気持ちになっていたのかもしれなかった。
「でも半分はあなたのせいでもあると私は思います。次に出会った男の人には本気で頑張るべきです!」
「はい。早めにこの気持ちを捨てて新しい出会いを考えます。そうですよね。早めに気づいて良かったのかもしれないです。」
女はヤモリの励ましで少し元気が出てきたようだった。ヤモリの隣で女の横顔をじっと見つめていたイナはなぜか大きく頷いていた。イドさんはイナの行動を不思議そうに眺めていた。
「……イナちゃん?そんなに大きく頷いて……どうしましたか?」
「この人にはまたすぐにいい男の人が現れるよ。縁結びの神、イナが言っているんだから間違いないよ!あとはチャンスを逃さない事!お誘いを断っちゃうとちょっとねぇ。」
不思議そうな顔をしているイドさんにイナは自信満々に言い放った。
その時、おばあさんが飲み物と食べ物を運んできた。
「……あら?」
「あ、えっと……なんだか泣いていらしてかわいそうだったのでお話聞いていたんです。」
一瞬動きが止まったおばあさんにヤモリは苦笑しながら答えた。
「あら、そうでしたか。美紀ちゃん、どうしたの?健君は?」
おばあさんは女の事を美紀ちゃんと呼んだ。
「え?お知り合いですか?」
「ええ。このあたりに住んでいる方はもう家族のようなものですからね。」
驚いたヤモリにおばあさんはくすくすとほほ笑んだ。
「おばあちゃん……健にフラれた……。」
女、美紀は目に涙を浮かべながらおばあさんを見上げていた。
「あらあら……健君と美紀ちゃん付き合っていると思っていたんだけど違ったのね?」
「……私が勝手に両想いだって思ってただけだった。」
切なげに笑った美紀をそっと見つめながらおばあさんはテーブルに先程注文したものを置きはじめた。
注文したものをすべてテーブルに置いてからおばあさんは美紀に真剣な顔を向けた。
「あのね、美紀ちゃん、高梅山分校の裏にある稲荷神様が祭られている神社がね、実は縁結びの神社らしいのよ。
それでね、美紀ちゃんと同級生の慶介……うちの孫なんだけど、あの神社に彼女ができますようにって願いに行っていてね……。
美紀ちゃんにとっては嬉しい話じゃないかもしれないんだけど、なんだか私は運命を感じてね。うちの孫と一度……会ってみない?もしかしたら波長が合うかもしれないし。」
おばあさんは緊張した面持ちで美紀の反応を見ていた。ヤモリは先程、イナが言った言葉を思い出した。
……いい男の人が現れる。チャンスを逃がさない事。お誘いを断っちゃうとちょっとね……。
「あの……せっかく誘ってもらってあれなんだけど……。」
美紀が否定的に声を発したのでヤモリは慌てて声をかぶせた。
「ちょ、ちょっと待ってください!一度会ってみてもいいと思います!さっきの男の人を忘れられないのかもしれないけど一歩を踏み出さないと!おばあさんのお孫さん、すごくいい方のようですから!」
ヤモリの言葉に美紀は渋っていたが前に進みたいという気持ちの方が強かったようだった。
「……うーん……。わかりました。一度会ってみます。」
美紀は少し前向きに考える事にしたのか、そうおばあさんに答えた。
「そう。良かった。じゃあ、来週の土曜日にでも一緒にお食事しましょうか。」
「うん。」
おばあさんは心底嬉しそうに美紀を見つめ、ごゆっくりどうぞとにこやかな笑みを向けて厨房へと去って行った。
「あの、一緒に食べましょうか?遠慮しないでいいですよ。」
ヤモリが美紀に笑いかけ、大きなマロンパフェを真ん中に置いた。
「いいんですか?じゃあ、ちょっといただきますね。」
美紀もヤモリに笑いかけた。その隣でイナがおいしそうにアイスミルクとチーズケーキを頬張っていたが美紀は手品のように消えていくケーキに気が付いていないようだった。
「あのですね……そのパフェは僕が頼んだもので……。」
イドさんがスプーンを構えながらヤモリに戸惑った顔を向けていた。
「でも払うのは私だからね。文句言わないでみんなで食べようよ。」
ヤモリが頬を膨らませながら小声でイドさんにささやいた。
「うう……わかりました。少しは食べさせてくださいよ。」
「はいはい。」
イドさんの言葉にヤモリはてきとうに返事をした。
「あ、あの、先程から誰とお話しているのですか?」
美紀は訝しげな顔でヤモリを見ていた。
「え?いや、誰とも話していませんけど。」
焦ったヤモリがそう言ってごまかした刹那、喫茶店のドアが勢いよく開いた。美紀はびくっと肩を震わせ、ドアを見つめていた。
「え?何?なんでいきなり開いたの?誰もいないんだけど……。」
美紀は突然開いたドアを不気味に思い、顔色を悪くした。
しかし、ヤモリを含めた神々にははっきりと入ってきた者が見えていた。
「ヒメちゃん!」
最初に反応したのはイドさんだった。
「イド殿!遅いのじゃ。湖のお魚を眺めるのももう疲れたぞい。」
店内に入り込んできたのは赤い着物に黒い髪の幼女だった。
「ヒメちゃん?誰それ?」
イナは自分と同じくらいの外見の少女をアイスミルクを飲みながら不思議そうに見つめた。
「流史記姫神だよ。イナ。よくわかんないけどいつもイドさんと一緒にいてね。イドさんが一方的にヒメちゃんについてまわっているとかでイドさん、ロリコンなんじゃないか説が出ているんだけど……。」
ヤモリはイナに説明している最中にあることに気が付いてしまった。
……あ……まさか……。
「ロリコン?僕はロリコンじゃありません。……ああ、ヒメちゃん。今行きます。イドさんはちょっと寒くてヒメちゃんみたいに元気いっぱいにお外で遊べないんですよ。」
イドさんはヤモリの発言をビシッと否定するとほころんだ顔で黒髪の少女の元へと走って行った。
「さっさといくぞよ。イド殿が誘ってきたのじゃろ?現世観光はまだまだ終わっていないのじゃ!」
「ヒメちゃん……僕が誘っておいてあれなんですけど……僕もう疲れてしまいましたよ~。」
ヒメちゃんと呼ばれた黒髪の少女は疲れを前面に押し出しているイドさんを引っ張りながら元気よく喫茶店から出て行った。
「なんだったんだろ……?」
イナはぽかんとしながら余ったスプーンでマロンパフェのつまみ食いを始めていた。
「……なるほどね……。彼女がイドさんの娘か。」
……汚名がいかないようにずっと縁を切っていたけど切り切れなかったって事。
イドさんは影でこそこそ娘にかかわるのではなくて堂々とかかわることにしたって事ね。堂々とかかわる方がプラスになると気が付いたわけ。
……肝心のヒメの方は父親だって気が付いていないみたいだけど。
ヤモリは深くため息をつくとパフェの上に乗っているマロンアイスをおいしそうに頬張った。
美紀はまたも勝手にドアが開いたことでしばらく怯え、平然とパフェを食べているヤモリを青い顔で見つめていた。
あれからしばらくして美紀が一人の男と手を繋ぎ、分校裏のイナの神社へとやってきた。
二人は小さな賽銭箱にお金を入れると
……健への想いを終わらせたら……大切な人ができました。これからも見守ってください。私は今の彼を全力で愛します。愛していきます。終わっていた想いに気づかせてくれてありがとう。
とつぶやき、優しい笑みを浮かべている男と手を繋いで幸せそうに去って行ったという。
残念ながらこの時、喫茶店通いがブームになっていたイナとヤモリは喫茶店に入りびたり、ほとんど神社にいなかったらしい。
だが報告がイナに届いていなくても美紀はこの縁を結んでくれたのは稲荷神であるとどこかで感じていたのだった。
……まあ、その稲荷神は何もしていなかったのだが。




