過ぎし時…
話は一つ一つ終わっている短編ですが登場神物はイナとヤモリです。
後、ゲストとして長編TOKIの世界書シリーズから毎回一神出ています。
長編を知らなくても読めますのでよろしくね!
昔からある古い学校の裏に稲荷神が祭られていた。
ここは山の奥深くにある村で、生活している人々は車を持っていないとどこに行くにも不便だ。まわりは山と舗装されていない道路が続いていてその周辺にまばらに昔ながらの一軒家が建っていた。
そんな村の中にある唯一の小学校。高梅山分校。
この学校はいつ廃校になるかわからないギリギリを彷徨っている学校だ。
この学校の裏に住んでいる呑気な神様、稲荷神のイナは神社が小学校の近くにあるからか何故か幼女の姿だ。元々きつねだったイナは人型になるのが苦手らしく、少しだけ変化が下手くそだった。
服装は巾着袋のような帽子をかぶり、羽織袴である。黒い髪は肩先で切りそろえられていてもみあげを紐で可愛らしく結んでいた。
日本人形のような女の子、イナは自分が祭られている小さな神社でお昼寝をしていた。
今は桜の季節だ。今日はほどよく太陽が光り、ポカポカと暖かい。
しばらくお昼寝を満喫していたイナだったが人の足音で目を覚ました。
「……?」
イナは眠い目をこすり、社の外へ出た。社の前に置いてあるお賽銭箱の前で白髪交じりのおばあさんが無言で手を合わせていた。
「……?」
イナは首をかしげながらおばあさんを見つめていた。おばあさんの目にはイナは映らない。通常、人間の目に神様は映らないからだ。
無言のおばあさんは心で何かを祈っているようだ。お賽銭を入れた直後からイナの耳におばあさんの祈りが聞こえてきた。お賽銭は言うなれば神様との電話代だ。
お賽銭を入れれば人間の祈りはイナに聞こえるようになる。
おばあさんはこう祈っていた。
……この学校がなくなりませんように。
イナは首を傾げた。この祈りはイナの分野外だった。神々には担当している分野がある。縁結びだったら恋愛などそれぞれかなえられるモノが決まっているのだ。
……分野外だ……。残念だけどこの願いは叶わないや……。
イナは少し残念そうにおばあさんを眺めた。この祈りはイナに届いたがイナが叶える事はできない。
おばあさんはそんな事情がある事も知らず、満足な顔で神社を去って行った。
「イナ。参拝客来てたけど……。」
ふと近くで女の声がした。イナは声のした方を向く。木の陰から暗そうな女の子が現れた。
女の子は外見、十七、八で黒い短い髪につばの広い帽子を被っており、質素なシャツとスカートを履いていた。
「地味……いや、ヤモリ!」
イナの発言につばの広い帽子を被った少女はあからさまに嫌な顔をした。
「あんた、今、地味子って言いかけたよね?他の神からあだ名で地味子って呼ばれているけどそんなに地味じゃないんだからね。私は民家を守る神、家守から出世して龍神になった神だよ。家守龍神だよ!」
ヤモリと呼ばれた少女はイナに向かって叫んだ。
「ごめんなさい。」
イナは素直にあやまった。この龍神、地味だがイナよりも遥かに神格が高い。あだ名が地味子な理由は他の龍神と比べると地味だからだ。
「まあ、いいよ。で、さっき参拝客が……。」
「うん。でも分野外だったから仕方ないや。」
イナはヤモリに落ち込んだ顔を見せた。
「願いはなんだったの?」
ヤモリは懐に持っていたけん玉で遊び始めた。日本一周をやりながらイナに目を向ける。
「うーん……。学校がなくならないようにだって。」
イナはヤモリのけん玉の技に目を丸くしながら答えた。
「そりゃあ、君には無理だね。」
「うん。でも暇だからちょっとあのおばあさんについて知りたくなったよ。」
「知りにいけばいいよ。あの女の人、かなり長く生きているみたいだからこの辺にいる他の神に聞いてみたら?何か逸話とか聞けるかもよ?」
ヤモリの言葉にイナは顔を輝かせた。
「そうだ!他の神に聞きにいけばいいんだ。まずはあのおばあさんの家の近くから……。」
そこまで言ってイナはおばあさんの家を知らない事に気がついた。
「あ……。」
「いまなら走れば追いつくんじゃないかな?」
ヤモリはけん玉でやじろべえとめけんをやりながらイナに言葉を発した。
「そっか!じゃあ、一緒に行こうよ。」
イナは大きく頷くとヤモリを引っ張り走り出した。
「ちょっ……ちょっと!私はいやだってば。めんどくさい。」
ヤモリはイナに反対したがイナはそのままヤモリを連れて元気よく神社の階段から降りて行った。
おばあさんにはすぐに追いついた。おばあさんは額に汗を浮かばせながら舗装されていない山道を登っていた。
「大変そう……。転ばないかな……。」
ヤモリは後ろから心配そうにおばあさんを眺める。
「転びそうになったら私がぎゃーって行ってばーんと助けてわああっと……。」
「イナ、ちゃんと日本語にしてしゃべってよ……。」
興奮しているイナにヤモリは呆れた声をあげた。
しばらく森の中を歩くと小さな古い家が現れた。おばあさんはその小さい家の中へと入って行った。
「ここがおばあさんの家かあ。」
イナは古びた小さな家を遠目で見ていた。小学校からはたいして離れていない。
「意外に近くに住んでいたね。さて、じゃあ、この辺に住んでいる神に色々聞いてみましょ。」
ヤモリはあたりを見回した。ふと視界にカラスが映った。そのカラスはおばあさんが住んでいると思われる家の屋根にいた。
「見て、屋根の所にこの世界の道を正すと言われている天狗がいるよ。」
「じゃあ、あの神に聞いてみる。」
イナは大声で屋根の上にいるカラスを呼んだ。カラスはすぐにこちらに気がつき、羽を広げ飛んできた。
「なんであるか?そんな大声を出して。」
カラスは急に人型に変わった。天狗の面に天狗の格好をしている男になった。
「天さん、実は君がさっきとまっていたおうちに住んでいるおばあさんの事について聞きたいの。」
ヤモリは天狗の事を天さんと呼び、微笑んだ。
「ああ、ここの主人であるか?なんでまた……。」
天狗の天は怪しむようにこちらを見ていた。
「えーと、稲荷神のイナが興味を持ったんだって。」
ヤモリの横でイナが大きく頷いた。
「ふむ……。聞きたいとは何を……であるか?」
「おばあさんと関わった事とかこんな話あったよとか。」
イナは真剣なまなざしで天を見上げた。
「なぜ、そこまで興味を持ったのかはわからんがイナも地味子も会っているのではないか?」
「地味……。ま、まあ、どこかで会っているかもしれないけど忘れちゃったって。」
ヤモリはちらりとイナを視界に入れ、「ねえ?」と同意を求めた。
「うん。」
イナはヤモリに大きく頷いた。
「では、お前さん達が関わった話をしてやるのである。そうすればここの主との事を少しは思い出せる。」
天は懐かしそうに笑うと話しはじめた。