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防災訓練の秋

 あれは五十年以上前の事。

 ある一人の少年が教室の掃除用具入れの中にこそこそと隠れていた。


 「ここなら見つからねぇ。」

 少年はくすくすと笑った。


 毎年、防災訓練をサボるのが彼のイベントになり、悪乗りした子供達が点呼をとる先生をだます。


 「小西修太郎君はどこ?修太郎君!いないの?」

 校庭で点呼をとっていた女の先生は慌てて子供達を確認する。


 「せんせー、修太郎はおなか痛くて帰りましたー。」

 修太郎の友達である男の子が先生に嘘をついた。


 先生は焦りながら修太郎の親に電話をするがだいたい親が共働きなのでいない。

 そうもたもたしている間に防災訓練は終わり、子供達は教室に戻っていく。


 そこで先生は席についている修太郎を発見するのだった。

 少年はいたずら半分で友達と毎年あの手この手で先生を困らせていた。


 

 そんな風に毎年防災訓練をサボっていた少年に悲劇が襲う。

 少年、修太郎が四年生の時だった。この地域一帯に大きな地震が襲い掛かった。


 子供達は防災頭巾をかぶり訓練通りに先生の指示に従い、校外に出た。

 子供達は怯えた表情を浮かべながら先生の点呼に答えていた。


 先生は一人ひとり丁寧に点呼をとっていたが一人いない事に気が付いた。


 「修太郎君は?修太郎君!」

 先生は修太郎を探す。一人ひとり顔をしっかりみるが修太郎はいなかった。


 「まさか中に!」

 先生が校舎を仰いだ時、校舎の一部が崩れ落ちた。


 大きな音と子供達の悲鳴が重なる。


 先生はまた崩れる危険性があると判断し、子供達を校庭の真ん中へ移動させ、その場でじっとしていた。


 携帯電話がまだない時代……救急隊への連絡手段がなかった。


 一方、修太郎は教室内で倒れてきた掃除用具入れのロッカーに挟まれ、泣きながら助けを呼んでいた。


 いつも防災訓練をサボっていた彼はいざという時にどうすればいいのかわかっていなかったのだ。


 防災頭巾を被ることも机の下に隠れることもできず、誘導にもどう従えばいいのかわからず、まわりの子供よりも数秒動きが遅れた。


 たったそれだけの時間だったが彼は一人、教室に取り残されてしまった。


 「誰か助けて!」

 少年は泣き叫んだ。また大きな地震が来るかもしれないという恐怖。

 死んでしまうという未来がすぐ近くのような気がした。


 その時、何か焦げたような臭いが鼻に入ってきた。

 修太郎の教室の裏手は給食室だった。


 「まさか……給食室から火がっ……。」

 修太郎は絶望的な顔で必死に倒れてきたロッカーから抜け出そうとしたが子供の力では重すぎでどかすことはできなかった。


 「いやだ!死にたくない!誰か助けて!」

 修太郎は泣き叫んでいた。


 「いやだァ!」

 どんどん強くなる煙の臭いと熱い感覚に修太郎はパニック状態になっていた。

 


 「うう……うえええん。」

 その時、イナは校舎の裏を泣きながらウロウロしていた。


 ちょうど給食室があるところだ。給食室で火の手が上がっていたがイナにはどうすることもできなかった。


 「学校が燃えちゃうよー!怖いよー!」

 イナはその場にうずくまると燃え盛る給食室の前で震えながら耳を塞いだ。


 「おい。稲荷。そんなところにいたら危ないぞ。」

 ふとイナは橙色の髪の男に抱き上げられていた。


 「ふえ!?」

 「火は大丈夫だ。後数秒で雨が降るからな。俺も風を送るから問題ないだろ。」

 男は仮面をつけており、青色の着物を着ていた。彼はみー君である。


 みー君は今も昔も変わらぬ姿でイナを見つめていた。


 「雨?」

 イナがみー君に抱かれながら空を仰いだ。


 みー君が言った通り、空は曇天でそのうち、ぽつぽつと雨が降ってきた。


 その雨は次第に強さを増し、横殴りの豪雨へと変わった。


 みー君は片手でイナを抱くともう片方の手を前に出した。すると風がみー君のまわりを追い風のように吹き抜けた。


 「火が……。」

 風と豪雨で燃えていた給食室の火は勢いを失い、みるみる小さくなり、あっという間に消えた。


 「さて、ガキどもは無事かな。」

 みー君はイナを抱きかかえながら校舎裏から校庭の方へと向かった。

 

 「学校がちょっと崩れちゃった……。」

 イナがみー君を仰ぎ、寂しそうに言葉を発した。


 「こんなもんだったらすぐに直るだろ。だから泣くなって。」

 崩れたのはごく一部だった。給食室に向かう天井の一部が下に落ちただけだ。


 みー君はイナに優しく声をかけると校庭に出た。

 

 校庭の真ん中には子供達が固まっており、ひっそりと座っていたが先生だけは慌てて校舎の方へ走ってきていた。


 「なんだ?まだ余震があるぞ。雨風も強いしこれからまた校舎が崩れるかもしれないってのに。」

 みー君は不思議そうに焦っている女を眺めていた。


 先生は児童を校庭に集めているため、ほかの児童も見ていなくてはならず、校舎内に入っていけなかった。


 故に先生は校舎から少し距離を置いたところで少年の名前を叫んでいた。


 「修太郎君!修太郎君!どこにいるの!返事して!」

 先生の声を聴いたみー君とイナはまだ揃っていない子供がいることに気が付いた。


 「なんだ?行方不明のガキがいるのか?」

 「学校の中に取り残されているのかな?大変だ。助けなくちゃ!」


 イナはみー君から飛び降りると雨のしずくを滴らせながら校舎内へと入り込んでいった。


 「あっ!待てよ!」

 みー君も慌ててイナを追った。


 校舎内は崩れているところはなかったが物などが散乱していた。


 「もうちょっと奥の教室かな……。」

 イナが廊下を渡り、奥の教室を目指した刹那、またも地震が襲った。


 「え?やだ……やだ……怖いよぉ……。」

 先程の地震よりかは酷くはないがこちらもかなり揺れた。地面が大きく波打つような揺れを感じながらイナは再び震えた。


 「おっと。危ないな。大丈夫か。」

 みー君はふらついているイナを腕で受け止めた。


 「まっすぐ歩けないよ……。」

 「まだ揺れているからな……。」

 揺れが収まり、イナとみー君は再び歩き出した。


 廊下を挟んだもう一つの教室で男の子の声が聞こえた。みー君とイナは顔を見合わせてうなずくと教室の中に入り込んだ。


 「あっ!」


 入ってすぐに目に入ったのは倒れている掃除用具入れのロッカー。次にその下敷きになっている男の子。


 少年は胸から上は無事のようだった。うつぶせの状態で上にのしかかっているロッカーから抜け出そうと必死になっていた。


 「あの子、いつも防災訓練サボってた子だ。」


 「なるほどな。防災訓練をサボった罰がいまここで来たわけだ。厄災神(俺)をなめてたって事だな。」


 みー君はあきれた顔で少年に近づいた。少年にはイナもみー君も見えていない。


 少年、修太郎はただ助けを求めて叫んでいるだけだった。


 「しかたねぇ。ロッカーに覆いかぶさるように倒れているこの棚をどかしてやろう。」


 ロッカーの上に覆いかぶさっている棚のせいでロッカーが固定されてロッカーが少しも動かなかったようだ。


 みー君がわずかに棚を動かした。ガラガラと音だけが響く。


 「!」

 その音で修太郎は棚が動いたことに気が付いた。棚がわずかに動いたことでロッカーから体が少しずつ抜けてきた。


 「もう少しで出られそうだ。余震のおかげで上にあった棚が動いたみたいだ。」

 修太郎は余震で上の棚がわずかに動いたと思ったようだ。


 修太郎は力いっぱい動き、ロッカーから抜けた。


 「やった!抜けられた!」

 修太郎は喜んだが右足がまったく動かなかった。どうやら骨折したようだ。


 「うう……。」

 修太郎は足の痛みに呻いた。


 「こりゃあ、あの女を呼んだ方がいいな。」

 みー君は修太郎の様子を見てそう思った。


 「でも私達、人には見えないよ?どうするの?」

 「風だ。」

 みー君はイナの問いかけにそう答えた。


 「風ぇ?」

 「ちょっと見てろ。」

 みー君は得意げに笑うと指をクイッと動かした。


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