防災訓練の秋
分校裏に住んでいる稲荷神のイナと民家を守る神、ヤモリが卒業していった分校の生徒を思い出すお話。
短編です。一話完結。八話目ですがどこから読んでも問題ありません。
TOKIシリーズですがまったく関係ありません。
今回は九月なので防災訓練のお話にしました。
昔からある古い学校の裏に稲荷神が祭られていた。ここは山の奥深くにある村で、生活している人々は車を持っていないとどこに行くにも不便だ。
まわりは山と舗装されていない道路が続いていてその周辺にまばらに昔ながらの一軒家が建っていた。
そんな村の中にある唯一の小学校。高梅山分校。この学校はいつ廃校になるかわからないギリギリを彷徨っている学校だ。
この学校の裏に住んでいる呑気な神様、稲荷神のイナは神社が小学校の近くにあるからか何故か幼女の姿だ。
元々きつねだったイナは人型になるのが苦手らしく、少しだけ変化が下手くそだった。服装は巾着袋のような帽子をかぶり、羽織袴である。
黒い髪は肩先で切りそろえられていてもみあげを紐で可愛らしく結んでいた。
「防災訓練!稲荷神のイナちゃーん!はーい!」
イナは自問自答で大きな声で返事をした。
分校の生徒達に交じって素早く手を挙げる。しかし、イナの声はグランドに並んでいる生徒達に聞こえる様子もなく、姿も見えていないようだ。
今日はイナが毎年お祭りのように思っている分校の防災訓練の日だった。
生徒達は放課後を潰され、皆不機嫌そうに並んでいる。
天気には恵まれ、高い空が鱗雲を作り、やや冷たい風が頬を通り過ぎていった。
まだ暑いが夏と比べると風が心地よい、そんな時期である。
「はい。皆さんそろったようなのでここで消防署の方からお話があります。」
点呼を取り終わり、一安心していた学校の先生が手伝いに来てくれた年配の男をちらりと見た。
「はいはい。消防署の小西です。皆、この訓練は意味がないと思っているかい?だがな、訓練の積み重ねが自分自身を災害から守る大切な手助けになる。……」
男の話がはじまった刹那、イナはつまんなくなってしまったのか他の生徒が話を聞いている中、ひとりこっそりとグランドから離れた。
近くの茂みに入り込んだとき、女の声がした。
「君ねぇ……。ちゃんと防災訓練する気あるの?」
「あっ!地味子!あるよ!あるある!」
イナはふと現れた黒髪の女に笑顔を向けた。
「地味子じゃないってば!ヤモリ!」
「ああ、そうだった。ごめんなさーい。」
イナは楽しそうに笑いながらヤモリと呼ばれた女を見上げる。
ヤモリは頭に麦わら帽子をかぶっており、ピンク色のシャツにオレンジのスカートを履いている。
彼女は龍神の神格も持っているが今は民家を守る神、ヤモリとして神格を高めている。
しかし、他の龍神に比べ地味なので一般的には地味子とあだ名で呼ばれることもあった。
「じゃあちゃんと小西さんのお話し聞かないとさ。」
ヤモリはため息をつきながらグランドを指さす。消防署の小西さんは子供達に防災の大切さを一生懸命に説明していた。
「うーん。なんかもういいやっていうか……。」
イナは近くの雑草を触りながらヤモリを見上げた。
「良くないよ。お祭りじゃないんだよ。防災訓練は!」
ヤモリはびしっとイナに言い放つ。
イナは唸りながら小西さんを見つめた。しばらく小西さんを眺めていると近くで男の声がした。イナとヤモリは目を見開いて後ろを振り返った。
「よう!地味子に学校上の稲荷神。」
「うっ……み、みー君。」
ヤモリは端正な顔立ちをしている青年を怯えながら仰いだ。
男は橙の長い髪をなびかせて頭に縁日に売っているようなお面をしていた。
目は鋭く、服装は着流しに袴。畏怖を感じさせる男だった。
「うう……なんか怖い。ヤモリ~。」
イナはみー君と呼ばれた男に怯え、ヤモリの影にそっと隠れた。
「イナ……私だって怖いんだから……。厄災の神が防災訓練になんのようなの……。」
「おっと、悪い。神力が漏れていたか。」
みー君はイナとヤモリの反応を見、慌てて仮面をつけた。みー君はかなり上の神格を持つので仮面をして神力をコントロールしているようだ。
「あのね、もう一度言うけど、厄災の神が防災訓練に何のようなの?えっと、天御柱神。」
ヤモリは怯えながらみー君に質問した。
「何かしこまってんだよ。地味子。もうみー君でいいぜ。かたっ苦しい。で?防災訓練に何の用かって?
ああ、たまたま寄ったんだよ。
ちょうど良かった地味子、ちょっと色々あってな、アイスを八神分買ってこないとならないんだ。お前、人間に見えた神だよな?
ちょっくら買ってきてくれないか?俺、人に見えない神なんでな。」
みー君はお面の奥で軽く笑ったようだ。少しだけ雰囲気は柔らかくなった。
「え?私は人には見えるから別に買ってきてもいいけどなんで?」
ヤモリはいぶかしげにみー君を見つめた。
「あ……いや、別に大したことじゃない。近くにある運命神の神社で丁半博打大会があったんだが俺が一番負けちまって……全員分のアイスを買ってくることになってしまったんだ。」
「小さい!博打なのに小さいね。アイス買ってくるとか小学生?」
頭をポリポリとかくみー君を眺めながらヤモリはあきれた声を上げた。
「言っておくが……人間みたいにそんなデカい賭けはやらないぞ。俺達は運を試しているだけだからな。別に金は賭けない。」
「ふーん。私にはよくわかんないけどお金渡してくれるなら買ってきてあげてもいいよ。」
「おう!じゃ、頼む!」
みー君はヤモリに千円を渡した。
「せ、千円?八神分でしょ?安いアイスでいいの?」
「ああ。もうそれでいい。」
みー君は首をかしげているヤモリに向かい適当に返事をした。
「まあ、君がいいならいいけど。」
ヤモリがそうつぶやいた時、遠くで消防署の小西さんの声が聞こえた。
「コラ!あくびをしないでちゃんと聞く!」
小西さんはあくびをした子供を叱ったようだ。
「ん~、あの人、やたらと真剣だね。」
「そりゃあ、消防署の人なんだからそうでしょ。」
イナのつぶやきにヤモリはため息交じりに答えた。
「ん?あの男は……。」
「どうしたの?みー君。」
イナが戸惑った顔をしているみー君を不思議そうに見つめた。
「ああ、あの男がガキの時にこの学校が地震で半壊したことがあってな……。その時に一人学校内に取り残されたあの男を俺が助けた事がある。稲荷神、お前もいたよな?」
「地震で半壊?ああ!あった!あった!」
みー君に問いかけられてイナはある記憶を思い出した。
「え……!この学校が半壊した事があるの!?」
ヤモリはイナとみー君の会話についていけず、とりあえず驚いた顔をしていた。
「ああ、あれはビビったな。地震で半壊した建物の中に子供が一人いるって騒いでいたから焦ったぜ。あの男はいつも防災訓練をサボっていたんだっけな?稲荷。」
みー君はイナに確認をとる。
「そうそう!毎回サボって教室に隠れてた。先生にいつも怒られてたよ。」
「悪い子だね……。」
ヤモリはあきれた声を上げた。
「あの時はあのガキを助けるのに必死だったなあ。」
みー君はひとり物思いにふけり始めた。




